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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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2日目 2016年11月3日 仙台 鳴子温泉 新庄 肘折(ひじおり)温泉

仙台から小牛田経由で鳴子温泉へ

 少し早めの7:10過ぎ、ナインアワーズ仙台をチェックアウトした。仙台駅まで1kmほどである。

 早くチェックアウトしてよかった。仙台駅のみどりの窓口には行列ができていた。新庄までの切符を買った場合の、鳴子温泉での途中下車について尋ねてみた。仙台から小牛田経由の新庄行きは100kmを越えるらしい。ネットで確かめることもできたのだが、それが面倒くさかったので早く来てみたのだ。

 新庄行きの普通切符は途中下車前途有効となる。鳴子温泉駅で途中下車できる新庄までの普通切符を買うことにした。

 仙台8:01発 → 小牛田8:47着

 東北本線は陸前浜田駅の手前で仙石線とほとんど合流するようになる。もっとも陸前浜田駅は仙石線の駅で、東北本線の列車が停まるわけではない。そのあと仙石線には松島海岸駅があり、東北本線には松島駅がある。一度両駅間の2.5kmを歩いたことがあった。

 乗り換えのために小牛田駅で3、4回下車したことがあったが、東北本線、石巻線、陸羽東線が乗り入れる小牛田駅前を歩いたことはなかった。今日はその時間がなかったのだが、あったとしても歩かないだろう。

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 小牛田9:06発 → 鳴子温泉10:02着

 陸羽東線に乗るのは2度目である。山のなかの景色がよい路線である。気動車は平野を抜け山に分け入った。山々は赤や黄の彩りを濃くしていった。

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鳴子温泉を歩いてみた

 気動車の終点の鳴子温泉駅。外国人を含む大勢の人が下りた。駅舎のなかにあった観光案内所で地図をもらった。駅舎は改装工事中だった。駅舎を背にして左側に古川・鬼首行きのバスの発着場があった。

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 下の1枚は1999年8月30日の鳴子温泉駅の駅舎。駅前広場のカラータイルは17年前と同じである。

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 駅前の坂を少し上がるとJR陸羽東線に沿う駅前通りがあった。

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 下の1枚は1999年8月30日に撮影したもの。上の写真とほとんど同じ位置からの撮影である。何も変わっていないように思える。何度か塗り直したはずの横断歩道さえ17年前と同じである。

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 駅の付近の駅前通りには「まるぜん食堂」、「ふじや」、「ゑがほ食堂」などの食堂があった。
 
 どこで通り名が変わったのかはわからないが、仲町通りを歩いている。

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 鳴子温泉の名物はこけしと鳴子漆器である。昔、仲町通りは旅館とこけしの販売店だらけだったはずだ。

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 「大正館」は旅館ではなくカフェのようである。

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 高橋豆腐店を過ぎたところに大崎市鳴子総合支所があった。鳴子が大崎市だったことを初めて知った。鳴子温泉のところどころにあるこけしスポットの1つが支所の前にあった。NTTはこの電話ボックスを容易に取り外すことはできないだろう。

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 坂を下り陸羽東線の線路をくぐった。町並みはまだ続いていた。店もところどころにあった。

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 廃業した「ホテル湯泉樓」。

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 土産物屋の「廣島」も廃業している。

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 仙台行き高速バスの発着場があった。

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 町並みは一度途切れたように思えたが、まだ続いていた。大きなホテルが現れ始めた。

 「旅館すがわら」。

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 「鳴子湯乃里幸雲閣」。別館は使われていないようだった。

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 「鳴子パークホテル」と「ホテル亀屋」。

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 鳴子温泉駅までもどることにした。途中から雨が降ってきた。傘を差さなければならないほどの強い雨である。

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 食堂兼土産物屋の「まるぜん」までもどり南西方向に歩いた。左手に巨大な「鳴子ホテル」があった。その右側の通りはこけし通りというらしい。周辺にはこけしの店が4、5軒ほどあった。こけしの「桜井」は内閣総理大臣賞、文部大臣賞など4つの賞を受賞している巧である。

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 鳴子温泉には共同湯がいくつかあるらしいが、観光局で教えてもらったのは2つである。1つは「早稲田桟敷湯」(1948年に早稲田大学の学生が掘り当てた)であり、もう1つが「滝の湯」である。「鳴子ホテル」の北側にある、これも大きな「鳴子観光ホテル」の横を歩き「滝の湯」に着いた。

 150円を払い「滝の湯」に入った。外観は改装されていたが、内側は古いままだった。古ぼけているといっていい。地元の人に加え旅行者が続々と入ってきた。湯船も脱衣所も狭くゆっくり湯につかるというわけにはいかなかった。
 
 無色透明/酸味/硫化水素臭

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 「滝の湯」を出たとき空の一角が開いた。空はまだ雨滴を垂らすことを止めていなかったが、冬の青が鳴子温泉の空に広がりそうな気配があった。温泉街をもう少し歩いてみた。「滝の湯」の裏側の高台には鳴子温泉神社があった。

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 湯めぐり広場内には湯めぐり回廊施設(手湯休憩所)、足湯施設、イベント広場などがあった。

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 店頭表示にあった山菜きのことろろそばを、鳴子温泉駅近くの「ふじや」で食べた。なめこ、たけのこ、わらび、しめじ、舞たけ、鶏肉の入った鳴子温泉の名物である。一番人気は“とろろぬき”であることを食べている最中に知った。隣りのテーブルの人たちがそう話していた。“冷やし”のほうにはラジウム卵が入っていることを知ったのは食後である。ラジウム卵については残念な気がした。

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 下の写真は1997年5月4日、国道108号(羽後街道)側から撮った鳴子温泉駅方面。ちなみに鳴子駅が鳴子温泉駅に改称されたのは1997年3月22日である(下の写真の43日前ということになる)。鳴子温泉には1度行っただけだと思っていたが、2度行っていたことを写真を整理していて知った。

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 このときは鳴子温泉から北に車で20分ほどのところにある間欠泉のある鬼首温泉に立ち寄った。下の写真は1997年5月4日の鬼首温泉。

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 鳴子温泉駅にもどった。

 鳴子温泉13:05発 →  新庄14:09着

 鳴子温泉駅を出て少し走ったところで気動車は停まった。観光客のための鳴子峡での停止である。

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 下の写真は1997年5月4日の鳴子峡。深い渓谷は紅葉のときでなくても美しい。

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 列車は遅れていなかった。それどころか1分ほど早く新庄駅に到着する気配だった。


新庄経由で肘折温泉へ

 降車ホームから駅舎まで少し距離があったが、路線橋を渡る必要はなかった。大急ぎで改札を抜けた。新庄駅前のロータリーにバスが1台停まっていた。バスに駆け寄ってみた。肘折温泉に行く山交バスだった。予定していたのは新庄駅バス停15:50発、肘折待合所バス停16:45着のバスであるが、列車の到着時刻の1分後に発車する14:10発の肘折待合所行きのバスに間に合ってしまった。乗るかどうかを一瞬迷ったが、つい乗ってしまった。

 新庄14:10発 → 肘折待合所15:05着

 乗車後、間髪を入れずにバスは発車した。乗ったことをすぐに後悔した。新庄での1時間半ほどの滞在がなくなってしまった。明日の朝、肘折温泉から再び新庄に向かうのだが、新庄で1時間半の時間を割くことは難しそうだ。車内で、明日の予定の再考を迫られた。30分ほどで修正できたけれど、新庄で行きたいところをカットせざるを得ないことがわかった。

 曇り空の下、バスはしばらく都市と田舎が混じった郊外の風景のなかを走っていた。10人ほどの乗客はいつの間にか3人になった。

 バスが山を登り始めた辺りから雲が黒くなりすぐに雨になった。強い雨がバスを叩き始めた。鳴子温泉で雲の一角を押しのけた青はとうになかった。

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肘折温泉を歩いてみた

 灰色がかった紅葉のなかをバスは走った。かなり高度を上げたあとバスは山の上からループ状の橋を下った。肘折温泉に入ったようだ。山のなかにある隠れ里である。

 バスが速度を緩め温泉街に入ったところで10分ほどの渋滞をした。消防訓練があったらしい。

 「西本屋旅館」はすぐに見つかった。終点である肘折待合所バス停から「西本屋旅館」までは30mほどの距離だった。伝えてあった到着時刻より1時間ほど早くチェックインすることができた。館内の風呂の説明を受け共同湯の場所を教えてもらった。

 雨は止みそうになかった。傘を差して寒い温泉街を歩くことにした。温泉街の中心の通りには木造3階建ての旅館が連なっていた。土産物屋は地元の人たち向けの商品も売っていた。

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 旧肘折郵便局はレトロなよい感じの建物だった。残念なことに閉まっていた。

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 温泉街の北東方向に河原湯があった。川沿いの湯であるので「河原湯」である、おそらく。

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 温泉街の中心までもどり南西方向にも歩いた。

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 初恋足湯。凝ったわりにはイマイチのネーミングである、キッチュであるけれど。

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 人口の滝の近くに足湯があったが、この時期には使われていないようだ。

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 肘折温泉には共同湯が3つある。川のそばにあった河原湯、若松屋村井六助の裏にある疝氣湯、そして上の湯である。

 広くない温泉街を一通り歩いたあと「西本屋旅館」にもどった。旅館のサンダルを履きタオルだけを持って共同湯「上の湯」に向かった。「西本屋旅館」の隣の「丸屋旅館」の目の前に共同湯「上の湯」がある。西本屋旅館からの距離は30mほどである。

 「上の湯」は湯治の温泉街にふさわしかった。ひなびた感がたっぷりだったという意味である。

 泉質/ナトリウム・塩化物-炭酸水素塩泉

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 肘折温泉は山形県きっての“ひなびた系温泉”である。湯治の温泉はいつまでも残ってほしいと思う。

 その手段として肘折温泉が行っているのは4つのイベントである。どれも見たことはないが、「なめこ・こけし祭り」は晩秋の一大イベントらしい。

 東北芸術工科大学との灯籠絵展示会「ひじおりの灯」は肘折温泉のイメージを強化するものになっているのだろう。今年は、肘折の情景、民話、地蔵信仰などを描いた44の灯籠絵が揃ったそうである。レトロモダン風の催しを一度見てみたい。

 「ほたる灯コンサート」は肘折温泉から10kmほど西にある四ヶ村の棚田で行われる。肘折温泉のイベントとはやや趣が異なる。

 「仮装コスプレ盆踊り大会」も開催されている。活性化の一助として必要なのだろう。他の地域の者に反対する資格はない。どこの地方でもやっている。コスプレと「別の何か」の合わせ技を考えたほうがよいと思うけれど。


肘折温泉と「西本屋旅館」とつげ義春と

 18:00、部屋に食事が運ばれた。部屋で食事ができる「西本屋旅館」は1泊2食付きで5,900円という安さである。食事のグレードをアップすることもできる。

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 「西本屋旅館」は古いが清掃と手入れは十分行き届いていた。宿泊客のほとんどは湯治を目的としており、私のような1泊だけの宿泊は例外である。十分なもてなしができないかもしれないがご容赦を、とご主人に恐縮された。

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 もっともよい部屋が私に当てがわれていたと思う。「西本屋旅館」のほとんどの部屋はふすまで仕切られているようだったが(確認ができたわけではない)、私の部屋は個室の和室だった。窓のすぐ下は通りだった。私の部屋を除く2階は、廊下の窓の下が外の通りとなっていた。つまり部屋の窓から通りが眺められるのは私の部屋だけだった(と思う)。

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 つげ義春にでもなった気分だ。

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 帰ってきたあと、つげ義春の本をめくってみた。『貧困旅行記』(新潮文庫)のなかの「つげ義春・旅マップ」には肘折温泉が記載されていたが、他の著作も含め、肘折温泉について書かれた文章がなかったのは残念である。
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