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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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札幌を歩く

6日目 2016年9月7日  札幌(狸小路商店街 赤レンガテラス 札幌ラーメン共和国 そらのガーデン さっぽろ羊ヶ丘展望台 札幌ドーム 他)

カプセル・イン札幌の朝ご飯(マクドナルド)

 カプセル・イン札幌には少し変わった朝ご飯のサービスがあった。マクドナルド、ミスタードーナツ、吉野家のなかから好きなところを選んで朝ご飯を食べることができるというものである。地元の食堂ではなく全国チェーンの店を選べるというのは珍しい。希望の朝食券を前日の夜には伝えておく必要がある。

 朝食券を受け取りマクドナルドに入った。メニューは限られていたが、もっと食べたい人は追加料金を払えばいいらしい。

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 12:00頃まで旅日記を書いていた。

 久しぶりに札幌を歩くことにした。札幌駅前通を北に向かって歩く。つまりすすきのから札幌駅のほうに歩いていく。ところどころで左右の通りに入ることになるだろう。


狸小路商店街

 狸小路商店街に入ってみた。900mに200軒の商店があるらしい。長い歴史(130年以上)を持ちながらそれほど古くなっていないということは街を歩くにはつまらないという解釈もできるが、事業としては成功しているということである。リニューアルに継ぐリニューアルを重ね今を生きている。だから古くない。規模も客層も異なる(独立)店舗の統率は企業内統治より難しい。しかしそういった状況を克服し結果を出してきたということは評価されていい。

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札幌市電

 LRT型の車両が導入された札幌市電であるが、古いタイプもまだ走っていた。

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さっぽろテレビ塔

 大通公園の東の端にさっぽろテレビ塔がある。高さ147.2mは低くはないが、やや中途半端である。展望台のある高さ90mはさらに中途半端である。公園の奥にあるので見通しがよいということは、テレビ塔からの眺めもよいということである。もっともそれがうつくしい風景を保証するものではない。

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 下の写真は1978年9月のさっぽろテレビ塔からの眺め。

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北洋銀行

 北洋銀行があった。北海道の主な町のどこにでも支店はあるが、大通公園の北にあるのは本店である。稚内支店ではルーブル(ロシア通貨)がある程度まで用意されていて、前もって電話をして必要(ルーブル)金額を伝えておく必要がなかった。同じように大通公園に本店がある北海道銀行はまったく融通が効かなかった。

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札幌時計台

 日本最古の時計台でみんな写真を撮っていた。国内のがっかり名所に選ばれることはあるが、私は陳腐な場所だとは思っていない。はりまや橋(高知)よりはましである。元々は旧札幌農学校演武場だった。生徒の兵式訓練の場で、入学式などを行う中央講堂でもあった。演武場跡碑は時計台の北側にある。札幌農学校の校舎は今の北海道大学の場所に移転し、演武場は札幌市が譲り受けたのちに「時計台」と呼ばれるようになった。しかし「時計台」という名称が軽く見られる遠因になっている気がする。札幌農学校演武場としての名称しか使わないようにしておけば、国指定重要文化財として箔が付くかもしれない。

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赤レンガテラス

 昨日歩いたときに入らなかった赤レンガテラスに入ってみた。2014年8月に三井不動産が開発した札幌の新しい商業施設である。札幌の新名所となっている。

 それなりに期待していたが、やや残念である。斬新さが足りない。尖がっていない。スペースの狭さがネックになっているのだろう。先進的なエッジを効かせそれを多くの人に受け入れてもらうにはそれを吸収し一般化する空間の広さが必要である。そのスペースを確保できない状態で下手に尖がってしまえばキッチュに終わる。他のどの都市よりも空間スペースを確保できるはずの札幌においてそれができなかったのは残念である。空間デザインの工夫は入り口と2階の吹き抜けにしかない。100点満点ではなく80点満点にしたうえで、70点といったところである。札幌は先進的な都市空間を生み出せる都市にはなっていない。六本木ヒルズや天王洲アイルにはまだ遠い。

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札幌ラーメン共和国

 札幌駅南口にあるエスタJRタワーに入った。ビッグカメラのあるビルである。10階にあるレストラン街の一画に「札幌らーめん共和国」がある。北海道の実力ラーメン店が8店入っている。腕に覚えのある8店を揃えているところがここの強みである。「らーめん吉山商店」に入った。札幌ラーメンの店である。「焙煎ごまみそ 炙りとろ旨チャーシューめん」を注文してみた。今まで食べたラーメンのなかで一番うまかったかもしれない。チャーシューめんは歯ごたえを感じないやわらかさだった。十分な量の具の半分を汁の下に隠していた。味、量ともに十分な商品である。なかったのは素朴さであるが、そんなものはここでは必要ない。毎日競争にさらされながら多くの人を呼び込める商品というのはこういうのを指すのだろう、そういう商品である。

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そらのガーデン

 エスタJRタワーの11階はプラニスホールそらのガーデンになっている。10階でらーめんを食べたあと屋上に移動した。札幌の高くないビル群のなかの抜けた空を見ることができる。曇り空の下に都市の乾いた寂寥感があった。雨になる天気予報は出ていなかったが、天は気まぐれだった。そらのガーデンに10ほど置かれているテーブルが濡れてきたので、15分ほどでその場を去ることになった。エスタJRタワーを降り札幌駅前に立ったとき、雨は止んでいた。

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札幌ステラプレイス

 札幌駅の1階コンコースを札幌ステラプレイスと呼ぶのだと思ったのは勘違いだった。その両側と上に積みあがった商業施設全部の名称だった。素通りしたことになってしまった。

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SAPICA

 札幌市営地下鉄のICカードがSAPICA(サピカ)であることを初めて知った。このカードはジェイ・アール北海道バスや北海道中央バスでも利用できる。一方JR北海道(鉄道)のほうはKitaka(キタカ)である。JRグループは鉄道とバスで、メインとするICカードが分かれることになってしまっている。

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地下鉄東豊線福住駅とバスターミナル

 札幌駅で札幌市営地下鉄東豊線に乗った。下車したのは終点の福住駅である。駅にはバスターミナルが併設されていた。札幌ドームと羊ケ丘公園への最寄り駅である。


さっぽろ羊ヶ丘展望台とクラーク博士

 地下鉄福住駅からの羊ケ丘展望台行きのバスは観光客で一杯だった。かってどういうルートでここに来たのかさっぱり覚えていない。

 羊ヶ丘展望台は感動を与えることのできる公園である。草原は美しくその背後にある平坦な札幌の街は銀色に輝いていた。

 近代化を急ぐ明治日本はあらゆる分野で無理を重ねた。無理を可能にしたのは雇われ外国人たちである。彼らは日本人に知識を与え、私たちの祖先はそれを貪欲に吸収した。その背景には、長く続き過ぎた江戸時代に日本人が退屈していたという理由があったといっていい。今日、一般の日本人が知っている名前はラフカディオ・ハーン(小泉八雲)とウィリアム・スミス・クラークであるが、雇われ外国人が活躍したのは近代化を必要としていたすべての分野だった。昨日行った三笠では、アメリカ人鉄道技術者ジョセフ・ユリー・クロフォードが公園の名称になっていた。当時、帝国大学では外国語による授業が行われていた。日本人の教授による日本語の授業が行われ始めたのはたとえば倫敦から帰国した英文学の夏目金之助(漱石)がラフカディオ・ハーンに取って代わった辺りからである。それまで雇われ外国人たちは明治日本を牽引した。彼らの多くはコスモポリタン気質を持っていたと思われる。母国を追われた人もいたはずである。当時の日本は未開の国であり、政治制度は彼らの本国に比べ著しく遅れ、経済は資本の蓄積を始めたばかりだった。彼らはそんな日本で与えられた役目を果たしたと同時におそらく日本人を愛したのだろう。

 38年振りにクラーク博士の前に立った。背筋は伸び、指さす方向が未来であることが感じられる像だった。世界各地にある共産主義国の権力者の銅像もある方向を指さしていた。しかしクラーク博士の指さす未来には、つまり“Boys,be ambitious”という言葉には「個人の自由」という意味が含まれている。そうでなくてこの爽快さは出てこない。

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一匹もいなかった羊と羊ヶ丘展望台

 残念なことに羊ヶ丘公園に羊はいなかった。一匹もいないのだ。落胆した。今日はたまたまいないのか、もう放牧されていないのかわからなかった。仕方がない、羊ヶ丘公園オリジナルアイスクリームを食べて気を紛らわせた。

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羊の写真と私の『羊をめぐる冒険』
 
「これは君の雑誌に載った羊の写真だ」
 ・・・・・・
「我々の調査によれば、この六ヶ月以内に、完全なアマチュアによって撮られた写真だ・・」
 ・・・・・・
「偶蹄目。草食、群居性。たしか明治初期に日本に輸入されたはずです・・・・」『羊をめぐる冒険』(村上春樹)


 羊が日本に入ってきたのは明治時代ではなく安政年間である。平安時代に渡来したという説もあるが、仮にそうであったとしてもそれ以降は絶命してしまった。十二支のなかにも入っている比較的ポピュラーな動物であるにもかかわらず、日本人の羊にたいする意識はおそろしく低い。

「日本に存在する羊の種が全て把握されているということですね」
「そのとおり。加えるに羊は競走馬と同じで種つけがポイントだから、日本にいる羊の殆んどは何代も以前にまで簡単にさかのぼることができる。つまり、徹底して管理された動物なんだ。・・・・」『羊をめぐる冒険』(村上春樹)


 鼠の撮った写真を鼠の意思通り、僕はある雑誌に載せた。その写真を見た男がやって来て言った「写真の羊を探せ」。写真のなかに写っている前列の右から3頭目は日本にも世界にも存在しない羊だった。背中に星形の斑紋があった。

 そして羊を探す冒険が始まった。『羊をめぐる冒険』のなかの僕は、背中に星形の斑紋の羊を探すために北海道に行き、札幌から宗谷本線に乗るのである。

『羊をめぐる冒険』の第三章のタイトルは「1978/9月」である。そのなかにうつくしい文章があった。

「羊のことよ」と彼女は言った。「たくさんの羊と一頭の羊」
「羊?」
「うん」と言って彼女は半分ほど吸った煙草を僕に渡した。僕はそれを一口吸ってから灰皿につっこんで消した。「そして冒険が始まるの」


 38年前、私はさっぽろ羊ヶ丘展望台で写真を撮った。🐑の写真である。撮影日は「1978/9月」である。この写真を写していなければ、札幌に来るたびに『羊をめぐる冒険』を持ってこなかったかもしれない。

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札幌ドーム

 コンサドーレ札幌と北海道日本ハムファイターズの本拠地である。ホヴァリングステージがある。移動式天然芝によるスタジアムである。まず野球場の人工芝とベースを取り除く。野球場の一角の、高さ14mの壁9枚と可動式可動席(外野席の一部)が取り除かれ、野球場に通り道ができる。そこからホヴァリングステージがスタジアムのなかに入ってくる。同時に三日月型の観客席もなかに入れられる。そしてフットボールスタジアムが完成する。

 インターナショナル・レスキューのサンダーバード2号を島の施設に格納するとき(救助活動から帰還して基地に入るとき)を想定するとわかりやすい(と勝手に思っているが、わかりやすいのかどうかはわからない)

 横浜スタジアムや旧国立競技場がフットボールのスタジアムとしてダメなのは観客席とフットボールのピッチの間に陸上競技のトラックがあることである。こういう広いスタジアムではピッチ上のプレーとサポーターの盛り上がりが一体化しない。


Wさんと日本ハムファイターズとファン

 福住駅から札幌ドームのほうに歩いていくと歩道橋を渡って札幌ドームの前に行くことになる。家族連れや子供を想定したアナウンスが流れていた。

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 札幌ドームへの搭乗口はもう目の前です。みなさんの応援でファイターズ勝利の後押しをよろしく・・・・

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 日本ハムファイターズのファンはさわやかで礼儀正しい。搭乗前の列の並び方はほぼ完ぺきで、適度な間隔で密集しており案内スタッフを困らせていない。この様子をビデオで撮影してトルクメニスタンやインドの駅で啓蒙用に流したいくらいである。

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 さっぽろ羊ヶ丘展望台に向かう地下鉄東豊線のなかで、フェイスブックにWさんの記事が載っていたことに気が付いた。これから羽田空港から新千歳空港に向かうというものだった。日本ハムファイターズの応援に来るらしい。羊ヶ丘展望台と札幌ドームは遠くない。札幌ドームで待ち合わせをした。

 札幌ドームの外にあるレストランで旅の話や近況などの話をした。サッポロビールクラシックを飲みながら。

 私は暇だったが、時間はあまりなかった。17:30頃、Wさんは慌ただしくスタジアムのなかに入っていった。私はホテルにもどることにした。


餃子の王将

 福住駅から地下鉄東豊線に乗り、豊水すすきの駅で下車した。地上に出たときには日が暮れていた。夜ご飯の時間である。これまでの人生で1回しか入ったことのない「餃子の王将」に入ってみた。極王チャーハンセットを注文した。うまいのかうまくないのかわからない味だった。全体的に味が薄い。あっさりと食べやすいことは確かである。別の機会にリピートしようとは思わない味ではあった。

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 昨日Aが北海道に来ていることがその日の夜にわかった。家族旅行でトマムや函館に向かうらしい。

*横長の写真はスマートフォンで撮影したものです。
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