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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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なぜ名古屋はおもしろくないのか! 名古屋のおもしろいエリアはどこなのか!

5日目  2016年3月24日 名古屋(柳橋 堀川沿い 大須 金山 駅西銀座)   

 10:00頃、ニュー松竹梅ホテルを出て名古屋駅に向かった。

 昨夜、名古屋でモーニングセットが充実したカフェ、喫茶店をネットで検索した。「名古屋のモーニング15選」「名駅モーニングの一覧」といった類のサイトはいくつもあった。15年ほど前の月曜日の朝、古い喫茶店でモーニングセットを食べながら通勤客を眺めていたことがあった。

 いつの間にか名古屋のモーニングセットは全国区になった。

 名古屋のモーニングセットはレトロなタイプの喫茶店だけにしかないと思っていたのは間違いだった。名古屋のあらゆるカフェ、喫茶店が朝の戦いに参戦している。サブウェイもコメダも朝メニューを用意している。戦いはつばぜり合いのようである。さすがは成熟社会日本。洗濯機もヨーグルトも名古屋のモーニングセットもウルトラスーパー級の商品を投入し新しい市場を創造しようというよりは、適度な料金のなかで小さな差異で勝負し、市場を勝ち抜こうという箱庭的戦術を展開していた。

 昨夜Naさんに「喫茶マウンテン」のことを聞いていたが、緑やピンクや焦げ茶色のスパゲティは食欲を減退させた。ここは、村上春樹が「東京するめクラブ 地球のはぐれ方」で取り上げたところである。他には、小倉トーストや美宝堂が取り上げられていた。半ばお遊びで出版されたような本だったが、この頃(2004年)、名古屋はおもしろい都市として扱われていた。

 ところが小説「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(2013年)では、名古屋を否定的に扱った。「文化的な面をとりあげれば、東京に比べてうすらでかい地方都市という印象は否めない」といった具合に。具体的な名古屋の描写がなかったので、印象論が中心になってしまっていたのだが、結果としては名古屋に興味を持った人は多かったと思う。「海辺のカフカ」で四国に行こうと思った人は多くないだろう(推測です)というのとは対照的である。ところがファンの情熱はすさまじい。作品のなかの「名古屋市の郊外にある高校」が架空の高校であるにもかかわらず、(作品内の)いくつもの条件から推論し「愛知県立瑞陵高校(名古屋市瑞穂区)」がその高校ではないかと提示した人がいた。私は怖くてどういう高校か調べることができずに現在に至っているが、こうなったらこの高校の文化祭で、ミスター多崎つくるクンを選ぶイベントくらいはしてほしいと思っている。村上春樹はそのイベントの招待を受けないだろうけれど、審査員としてやってくる評論家はいるだろう。

 ついでに書いておく。小説「ドライブ・マイ・カー」のなかで、たばこのポイ捨て表現がよろしくないと中頓別町(北海道)の町会議員がクレームを付けた。「ポイ捨てが多いというのは事実に反する」と出版元の文芸春秋に質問状を送った町会議員の頑迷さは、ダイヤモンドを真っ二つにできないものの、硬度9のコランダムを砕くだろう。まったく。芸能人や著名人のブログの炎上に何の関心もないが、この町議のブログと中頓別町のHPが炎上したことについては仕方がないと思っている。そんな暇があったら、ポイ捨て対策の条例をさっさと作って、北海道警察とともに対策を強化すればいい。“めざせ!ポイ捨てゼロの町”“吸わない捨てない捨てさせない”のポスターを500枚ぐらいは貼ったほうがいい。それが仕事というものだ。「単行本にするときには別の町名に変える」と一歩引いた村上春樹は中頓別を何度も訪れていた。好きな町だったと言っていた。残念な結果である。

 「喫茶マウンテン」は地下鉄名城線八事日赤駅から徒歩8分だった。こんなに遠くては行けないな。遠くてよかった。

 名古屋駅に着くまで2つほどのカフェをやり過ごした。太閤通口から名古屋駅を抜け、スターバックスコーヒーのところまで来た。近くにあるはずの地下街サンロードを探すのに手間取った。カトレア・サンロード店に入った。ベスト10の何位かに入っていたわりに普通のモーニングセットだった。

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 桜通を東に歩いた。柳橋中央市場の店に売り物はほとんどなかった。仕方がない、すでに12:00前だった。店で片付けをしている人に尋ねてみた。市場が開くのは4:00頃。8:30頃から一般客も買いに来るらしい。10:00頃には売り切れになり店仕舞いになるそうだ。このエリアの至るところに海鮮料理店があった。柳橋中央市場は名古屋であるが、福岡は柳橋連合市場である。

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 柳橋をうろうろしながら堀川をめざした。

 堀川は江戸時代に物流を目的として造られた運河である。名古屋市の北を流れる庄内川が水源で、名古屋城の西側を通って南下し名古屋港に注ぐ。城の堀を流れるから堀川なのだろう。サイトにあった堀川MAPには周辺の川に架かっているものを含め33の橋が記載されていた。堀川七橋というのは、五条橋、中橋、伝馬橋、納屋橋、日置橋、古渡橋、尾頭橋である。

 桜通りを歩き、名古屋国際センターを越えたところにあったのは桜橋である。

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 桜橋の手前の北側の地名は、那古野1(四間通)である。この辺りは古い街並みが残っている。2008年に歩いた。その後の円頓寺商店街がどうなっているのか気にならないではなかったが、今日はそこに向けて歩かないことにした。 下の4枚の写真は2008年9月30日の四間通界隈である。

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 桜橋の50mほど南あるのが伝馬橋である。通りの名称は伝馬通りとなっていた。その200mほど南を東西に走る錦通りの、堀川に架かっているのは錦橋だ。実にわかりやすい。通りと橋の名称は同じだ。錦通りは名古屋の幹線の1つである。

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 ところがさらに南にある広小路通の堀川に架かる橋は納屋橋で、その南の三蔵通が堀川に架かる橋は天王崎橋となっている。通りと橋の名称は異なる。名古屋は一筋縄ではいかないらしい。通りの名称を知っておいて損はないが、橋の名称を知っていても得にはならない。

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 納屋橋は鉄筋仕様である。アーチ橋であるが、下のアーチの部分は飾りなので、なくても構造上は問題ないらしい。堀川は広い川ではないので、どの橋も標準の構造で十分なのだろう。隅田川に架かる橋が個性的であるのに対し、堀川に架かる橋はあまり特徴がない。しかし欄干のデザインは繊細である。じっくり眺めるのは悪くないが、少し退屈である。

 納屋橋より南は、天王崎橋、新洲崎橋、洲崎橋、岩井橋、日置橋、松重橋と続く。松重橋まで歩こうと考えていた。松重橋辺りでは堀川と中川運河が交わっており松重閘門があるからだ。2日前に中書島(京都)で見た三栖閘門と同じように、水位の調節をして水路同士をつなぐ水門である。1951年に水門としての機能は停止になったが、設備はそのまま残されている。

 堀川沿いの散策がつまらないということを昨夜Naさんに聞いていた。覚悟はしていたが、やはりつまらない。納屋橋付近に2、3軒のお洒落なカフェがあり、間隔を開けすぎて植樹された桜の木があったものの桜並木というにはやや貧弱である。

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 堀川沿いは全体としてメリハリがない。廃れた場所はないし、猥雑な一角もない。堀川沿いを浅田真央がジョギングをしているわけはなく、この界隈で河村たかし名古屋市長は演説をしていない。豊田章男社長は「豊田市トヨタ町一番地」にあるトヨタ自動車本社にいるのだろう。やはりつまらない。納屋橋までの600mほどを歩いただけで堀川沿いから離れることにした。

 ここまで堀川の西側を歩いていたが、東に向かう。道をジグザグしながら1.5kmほど歩き、大須観音の境内に入った。この1.5kmの街並みは堀川沿いよりつまらなかった。どういう道を辿ったかを書く気にもならない。どこを歩いてもおもしろい大阪とは異なる街である。

 大須観音はやや派手だったが、小振りでおとなしかった。華やかで艶のある京都が懐かしい。

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 大須観音のそばにある大須演芸場の建物は斬新と言えないことはない。リニューアルした銭湯のようでもある。

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 比べてみた。下の4枚は、上から順に、浅草演芸ホール(東京都台東区)、新宿末廣亭(東京都新宿区)、篠原演芸場(東京都板橋区)、三吉演芸場(横浜市南区/横浜橋商店街の奥)である。

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 大須演芸場は土地建物の賃料の支払いが滞るようになった。所有者が建物の明け渡しを通告し、名古屋地裁に強制執行を申し立てた。興行中に執行官がやってきて、興行を途中で打ち切るといったハプニングもあったようだが、2015年に営業再開にこぎつけたという歴史がある。

 大須商店街は広域に広がっている。若宮大通、伏見通、大須通、南大津通の4つの広い通りに囲まれたエリアで、所在地は大須2丁目と3丁目になる。エリア内には10の商店街がある。大須商店街は商店街の連合体といっていい。

 観音通、万松寺通、仁王門通、仁王門通、万松寺通、新天地通、大須本通などを歩いた。万松寺は修復中だった。全体としては庶民的な商店街である。一部にレトロな場所はあるが、大きな特徴はない。

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 緑の大仏(名古屋大仏)を見に行こうかどうか迷っていた。所在地をチェックしてきていた。地下鉄東山線と名城線の乗り換え駅である本山駅から5分のところに桃厳寺(とうがんじ)がある。そこにある大仏の、その緑色たるや、まるでサンダーバード2号かピッコロ(ドラゴンボール)か漫画「ミュータント・タートルズ」クラスの強烈さである。「喫茶マウンテン」のスパゲティの色といい、名古屋は地味なくせに、局地的には度肝を抜く派手さを見せるのだ。

 今朝、ホテルを出るのが遅かった上に、カトレア・サンロード店(モーニングセットを食べた店)に長く居すぎた。名古屋大仏を見に行くのを止めた(この日の夜、緑の大仏を見に行くべきだったと思った、今でもそう思っている)。

 大須商店街の最寄りの地下鉄駅は鶴舞線の大須観音駅と、鶴舞線と名城線の乗り換え駅である上前津駅である。上前津駅の出入り口はすぐにわかったが、地下鉄には乗らずに金山(総合)駅までの1.8kmを歩くことにした。

 金山駅までは大津通を南にほぼ一直線である。大津通は広い通りだが、車はそれほど多くはなかった。

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 上前津駅の近くにあった「ザめしや」で昼ご飯を食べた。和風カフェテリアと銘打っていた。名古屋や関西に出店しているらしい。きしめんはうまかったが、桜えびの明石風玉子、春野菜旨辛炒めは出来合いのものを選ぶようになっていたのであまりうまいとはいえなかった。

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 金山駅までの半分くらいを歩いたところに地下鉄名城線の東別院駅があった。上前津駅出入り口からここまでの大津通界隈は平凡で、交差する通りを少し入ってみようという気にはならなかった。路地らしい路地はなかった。

 金山駅が近づいてくると飲食店が増えてきたが、やはりおもしろさには欠ける。駅の北口が新しくなった感じがしたが、当たり前だ。20年ぐらいは来ていないのだから。

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 カフェドメトロでコーヒーを飲んだ。金山駅に出入りする人の流れを見るにはよい場所だった。

 金山駅から名古屋駅まではJR東海道線、名古屋鉄道名古屋本線が走っている。名古屋鉄道に乗った。中央部が2列×1列の転換クロスシートの車両だった。やるじゃないか、名鉄。

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 名古屋駅で下車した。駅の北25分のところにトヨタ産業技術記念館がある。時間があれば行こうと思っていたが、15:00というのは博物館に行くのを躊躇する微妙な時間だった。行くのを止めた。

 名古屋駅の西側を歩くことにした。いわゆる駅西銀座である。1995年頃この周辺のホテルに泊まったことがある。スターナゴヤのどれか(3軒ある)だったはずだが、当時のホテル名は違ったかもしれない(あやふやである)。この地域のことをよく知らないときで、周辺の雰囲気に驚いたことがある。2010年頃には2回チサンホテルに泊まった。きれいで機能的なホテルだが、部屋はとても狭かった。

 全体として駅西銀座周辺は随分きれいになっているような気がした。それでも開発に取り残されたような一画もあった。

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 アニメ系統の店があった。このエリアにそういう店が多いのかどうかよくわからない。東京では秋葉原、大阪では日本橋などが有名であるが、最近はいろいろな場所に散っているので、中心がないようにも思える。

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 太閤通をどんどん西に歩いていたが、引き返した。駅近くまでもどった。「みゆき」という店で味噌カツ定食を食べた。

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 名古屋はどうしてこんなにおもしろくないのか。なんとなく思っていたことを確認するため、味噌カツ定食が配膳されるまでグーグルマップを見てみた。わかった、いとも簡単に。今日歩いておもしろくなかった地域は、道路が碁盤の目に敷かれていた。見事なくらいの碁盤の目だった。おもしろいと思ったのは柳橋と駅西銀座周辺である。そしてこの2つのエリアは碁盤の目ではなかった。

 対比は際立っていた。すべての都市のシーンに適応できるとは思わないが、おもしろさとおもしろくなさを分けるものの1つは行き過ぎた都市計画なのだろう。碁盤の目のエリアに路地は発生しようがない。夜の旭川のネオンは派手である。飲み屋やバーの看板は表通りで色鮮やかに輝いている。その代わり、旭川中心部に路地はない。ソウルで1万分の1の地図を買ったことがあった。急ピッチで開発が進むソウルのところどころにまだぐにゃぐにゃと曲がった道が残っている。ソウルの街歩きが楽しいのはこういう場所である。与那原(沖縄)はおもしろいだろうと地図で当たりを付けて行ったことがあった。与那原は道の曲がり方に特徴があった。行ってみて正解だった。つまりそういうことなのだ。

 ビールを買ってニュー松竹梅ホテルにもどった。

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 旅先であるということは、ワールドカップロシア・アジア2次予選の日本・アフガニスタン戦を見逃す理由にはならない。フットボールファンは、長年に渡って資金を供給し続け日本代表を育ててきたキリンビールに感謝すべきであるといつも考えている。だからこの3年ぐらいの間、キリンカップでなくても日本代表の試合を観ながら、キリンビール以外を飲んだことはない。それは名古屋でも同じである。そしてトヨタこそは長らく欧州と南米のフットボールを生で日本人に届け続けた企業である。
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Comment

編集
お疲れ様です
ナゴヤ、同感です
散々出張で行っていますが、早く帰りたい街です
トヨタなどの工場地帯と居るのと同じ感覚です
しかも味覚が合わないので食事に困ります
名古屋駅裏はディープエリアですがね、、、
2016年04月04日(Mon) 20:49
No title
編集
Maxさん。おはようございます。

姫路から始めた旅を豊橋で終え、ようやく6日分のブログのアップを終わりました。やれやれです。

東京的価値は全国に分散されているわけですが、大阪、京都は江戸より早く開け、文化があったところだけあっって対抗意識と対立軸を持っています。

同じ意味で、名古屋もあるはずなんですけどね。8代将軍徳川吉宗と尾張(同じ徳川)の宗治(むねはる/←この漢字かどうかわかりません)の時代は、吉宗=質素倹約、宗治=拡大経済で、イメージ的に今と反対なのがおもしろいです。
2016年04月06日(Wed) 08:39












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