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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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何をしていいかわからない那覇

8日目 2013年12月10日  那覇

 南大東島に吹いていた風は海の上にも吹いていた。

 西港を出るとき「だいとう」は少し揺れていたが、大揺れというほどではなかった。「だいとう」は途中まで順調に航行したように思う。しかし23:00過ぎぐらいから状況が変わった。海は荒れ、船は揺れた。トイレに行く際には船内のところどころにある手すりにつかまらないと真っ直ぐには歩けない。いきなりぐらっとくる。「だいとう」は2代目で2011年にデビューした新造船だ。フィンスタビライザーが付いているので横揺れはある程度制御されているはずだ。それが少しは効いているのでこの程度の揺れでおさまっているのかどうかはわからない。揺れは今朝の3:00くらいまでは続いたようだ。5:00頃に目が覚めたときに揺れはおさまっていた。7:20頃に館内放送があり、泊港入港だということが知らされた。外に出てみた。2階のデッキまで濡れていた。雨のなかを航行していたようだ。

 7:40、那覇泊港に到着。前にも書いたが、「だいとう」は格好いい。接岸している際には埠頭の上に出ている船部が少ない。重心が低いということなのだろう。後ろから見るフォルムは自衛艦を想起させる。

 泊港に停泊しているのは、フェリー粟国、フェリー琉球(渡名喜、久米島行き)、フェリーとかしき、フェリーざまみだ。「だいとう」が加わることによって、おそらく全航路の船が揃ったのではないか。ちょっと壮観である。とまりんを出航するフェリーの多くは10:00発だ。10:00以降のとまりんはほとんどの船が出払っている状態になり、夕方には多くの船が帰港してくる。

CIMG3493.jpg

 とまりん2階のカフェでコーヒーを飲む。そのあと沖映通りのバーガーキングで朝ご飯。両方ともコンセントがあるので、パソコンで旅日記を書く。
 
 グレイス那覇のチェックインは14:00からだ。早く行ってもリュックぐらい置かせてくれると思うが、時間があるので安里川まで歩く。ゆいレールに沿って、ということは安里川に沿ってということだが、牧志駅まで歩いてみる。途中、国際通りに抜ける道もあったが、おもしろそうではない。
 
 国際通りの東の端は牧志駅をさらに東に行ったところだが、西のほうに歩いていく。途中からは、初日に歩いた道順だ。あいかわらず高校生が多い。どこかに寄ってもよいが、一気にみずほ銀行まで歩き、県庁前通りを南に向かう。この通りを歩くのは初めてだ。大きくカーブをした先にちょっと安っぽいビルが見えてきた。少し離れていても、グレイス那覇はたぶんあれだろうなとわかる感じだった。

 グレイス那覇は初めて泊まるホテルだ。予約をしたときはデイスカウント期間中らしく、1泊2,000円で予約できた。個室では那覇で最安値かもしれない。着いたのは13:00過ぎだったが、チェックインさせてくれた。別になっているトイレ、シャワー室はきれいだったが、部屋が小さい上、テーブルも小さくモノを置く場所の確保が難しい。整頓しながら部屋を使わないといけないが、文句は言えない。

 部屋でゆっくりしてから、外に出る。さて、何をしよう。やることを考えてきていないのだ。とりあえず国際通りでも歩くかというふうになるのだが、12月4日に歩き、今日もホテルに着くまでに歩いた。とりあえずむつみ橋交差点まで行き、市場本通りとむつみ橋通りを歩く。沖縄関係の古本を集めたウララは閉まっていた。一瞬、つぶれたのかと思ったが、7日~10日まで臨時定休日の張り紙が出ていた。

CIMG3523.jpg

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 桜坂劇場のほうに歩く。劇場内で12月中の上映スケジュールを見たが、おもしろそうな映画はやっていない。那覇で映画を観るというプランはなくなった。壺屋のほうに少し歩くが、引き返し、竜宮通りを国際通りのほうに抜ける。私のなかにある竜宮通りは山羊料理通りなのだ。やはりあるべきところにあるべきものがあった。

CIMG3519.jpg

 スターバックスに入る。おそらく1時間以上ここにいることになるが、これで今日の日程は終わりだ。どうする? こんなことでいいのか。せっかく那覇まで来ているのだ。毎回、沖縄に来る前には、どこに行こうかと地図で探るし、インターネットで検索する。そうしないと毎回、同じ場所に行くことになる。実際そうなってきた。工夫を重ねてもなかなかよいアイデアは生まれない。

 3回前は掲示板で与那原の飲み屋街がどうやらレトロであるという情報を探り当てた。このときはかなりの時間をかけ、その情報にたどり着いた。前々回は普天間基地を徒歩で一周した。このときは沖縄への進入角度を変えた気がした。前回は与座や真栄里という糸満の田舎に分け入ることができた。集落がテーマだった。行く場所がなくなってからでも、3回連続で新しい沖縄を自分のなかに付け加えることができている。

 今回は南・北大東島行きがあったので、本島をノーマークにしてしまった。那覇周辺でおもしろそうな場所は大東島にいるときに見つければいいと思っていたのだが、後半の〔嵐〕騒ぎでそれどころではなくなった。沖縄県営鉄道跡を歩くというのが唯一考えたプランであるが、これについてはそれなりに周到な準備がいる。それにどうやらあまりおもしろいものではないと思い始めている。

 沖縄と鉄道の関係は調べてみる価値のあるテーマだ。沖縄県営鉄道は、嘉手納線(那覇の古波蔵駅から嘉手納駅)、与那原線(那覇駅から与那原駅)、糸満線(国場駅から糸満駅)、海陸連絡線(那覇駅から桟橋荷扱所)の4路線あった。路線を現在の地図に当てはめてみると、多くは道路になっており、駅や線路跡はほとんどなさそうだ。

 唯一おもしろそうなのは糸満線である。糸満の与座に行ったとき、さとうきび畑のなかにある白い道が鉄道跡だったことを地元の人に教えてもらった。そこは高嶺製糖工場跡のあった場所で、現在はその全部が集落になっている。今では工場の門柱とタンクだけが残っている。

 鉄道の廃線跡を行くのは初めてではない。一度、北海道の標津線に沿ってレンタカーで周ったことがあった。上武佐駅は高倉健の「遥かなる山の呼び声」の舞台だと現地で知った。奥行臼駅は駅舎も線路もそのまま、すばらしいかたちで保存されていた。それ以外にもいくつかの駅が何らかのかたちで施設として残っていた。標津線以外のいくつかの線で保存されている駅を見たことはある。わずかの経験だが、そのおもしろさをわからないわけではない。

 沖縄県には、本島縦貫鉄道構想がある。那覇空港から名護までの69キロの路線だ。そのうち那覇空港からうるまにかけては、普天間周辺を除き地下を通す構想があるのだ。都営地下鉄大江戸線で採用されている小型リニア方式で、建設費は5,600億円。那覇空港からコザまではピーク時で1時間12本の列車本数。1日32,000人の輸送人員だと8億7,000万円の赤字、43,000人では9億8,000万円の黒字になるという県の試算がある。この計画には内閣府の調査もあり、仲井真知事は政府に支援を要請している。政府は沖縄の鉄道敷設に関する調査費を26年度予算に盛り込む。つまりこれは、普天間基地の辺野古への移設と引き換えで決定されるだろう。知事は退任と同時に辺野古移設を承認するというのは沖縄県民の共通した認識である。

 沖縄に鉄道を敷設しようという計画は古くからある。10年ほど前、コザに鉄道を敷く会(名称はよく覚えていない)の事務所が中央パークアヴェニューにあった。コザの有志が勝手にやっているような感じだったが、いつの間にか無くなってしまった。

 スターバックスの近くの店で沖縄そばを食べる。歩いて帰ってもいいが、少し遠回りして牧志駅からゆいレールに乗ってみる。県庁前駅で降り、夜食用にコンビニでおにぎりを買い、グレイス那覇にもどる。
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