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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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〔嵐〕の学校訪問! 生徒だけが予見していた!

7日目 2013年12月9日  南大東島

 6:10過ぎ、南大東村港湾事務所から電話が入る「今日、北大東島に行かれますよね」。今日は那覇に向かうと答える。他の誰かとまちがえたか、私の予約をまちがえたかのどちらかであるが、予約内容を不安にさせる電話だ。南大東村港湾事務所が要領を得ない電話をしてきたのは2度目である。

 7:00過ぎに朝ご飯。Kさんがこれから北大東島に行く。午後の船で南大東島にもどる予定だ。私はKさんが降りてきた「だいとう」に乗ることになる。

 昨日は一昨日と異なる1日だった。かなり劇的に異なる1日だといっていいだろう。それは島民にとってである。

 今日は昨日とちがう。島民の目にはそう映らないが、旅人の目にはそう映る。朝はそれほど寒くはない。昨日までの朝は涼しかった。島に風が吹いている。いや風が島を通り抜けている。ピューという音だ。フィリピンで聞いた風の音は家を叩く音だった。それは風の音ではなく、物理的な物音だった。風の音は空気音だ。おそらく流れる空気と止まっている空気のすれ違う音だ。それがピューという音だ。民宿金城の格子戸からその音が入ってくる。

CIMG3476.jpg

 午前中、民宿金城のロビーで旅日記を書いている。だらだら書いているので集中しない。ときどきはインターネットにアクセスしながら書いている。遊びながら書いている。Nさんもやることがないようでロビーで本を読んでいる。ときどき取り留めのない話をするが、話題が切れかかるとそれぞれやっていることにもどる。悪い時間ではない。

 11:30頃、昼ご飯を食べにいく。2日前に行った居酒屋ベレンで昼ご飯を食べようと思ったが、閉まっていた。弁当を買おうと隣の仲程商店に入ったが、それらしきものは売り切れだった。南大東島を紹介するパンフレットに、この店のおばあちゃんがかわいいと書いてあった。「ごめんね、なくって」と言われた。本当にかわいいおばあちゃんだった。結局、大盛商店でオムレツ弁当を買ってきて、民宿金城のロビーで食べる。

 午後も引き続き、パソコンで旅日記を書く。外の風の音が気になる。Nさん「船は揺れそうだね」。

 13:00過ぎ、南大東島港湾事務所から電話が入る。那覇行き「だいとう」は西港に入ってくるので、16:20に集合という案内だった。おかみさんに伝え、16:00に出発することになった。

 今朝、北大東島に行ったKさんは、私の送迎の車で民宿金城にもどることになる。Nさんはやることがないらしく、車に同乗することになった。

 15:20頃、船で食べる弁当を買いに出かける。大盛商店の前に小学生が数人いた。彼らはその場を離れそうだったので、急いで近づいていった。すかさず〔嵐〕について尋ねてみる。そこにいたのは、小学校5年生を中心とした集団で6年生もいた。そのうちの1人は昨日の朝、気象台に向かうとき、私が道を尋ねた少年だった。彼は私を覚えていた。私が話をしたのは主に男の子4人だ。その周辺にも3、4人ぐらいいた。女の子も遠目にはいたが、会話をしていない。
 
 彼らは空港で〔嵐〕を見たそうだ。それだけではない、学校でも〔嵐〕と話していた。ある生徒は「何になりたいのかを聞かれた」と言っていた。その生徒はサッカー選手と答えたらしい。

 〔嵐〕の学校訪問を疑問に思っていた。昨日は日曜日である。生徒たちは急きょ呼ばれたのだろうか。生徒のいない学校に〔嵐〕が行って、何かをしたという可能性もなくはない。

 生徒たちは〔嵐〕と話していたことがわかった。〔嵐〕は学校に3時間ほど滞在していた。島内滞在時間が5時間であることを考えると、主目的が学校訪問であることは明らかだ。生徒たちが日曜日に学校に行っているということは、〔嵐〕は生徒との交流のために行ったのだ。NHKは紅白歌合戦の目玉の1つとして、南大東島の子供たちとの交流の様子を流すにちがいない。

 日曜日に生徒たちが集められるということは、〔嵐〕来校があらかじめ生徒たちに伝えられていなければならない。生徒が〔嵐〕来校を知ったのは、前日らしい。しかし生徒たちは〔嵐〕が来ることを前から予想していたという。理由は、〔嵐〕の曲を練習してきたからだ。彼らは、昨日〔嵐〕の前で〔嵐〕の曲を歌ったそうだ。歌の練習がどのようなものだったのかは知らない。

 学校関係者は情報管理に苦心したのだろう。訪問は用意周到であった。ただ電撃性を装っても、すべてを隠すことはできなかった。

 学校側は、というよりNHKは、前日に子供たちに〔嵐〕来校を伝えるという苦肉の策を取っている。島内の誰もが〔嵐〕の来島を知っている状況を避けたかったのだ。南大東空港に、歓迎〔嵐〕の人だかりができるのは彼らにとっては困ることだった。島内に流れれば、情報は島外(ここの場合、那覇)に出ていくだろう。那覇は東京と直結しているし、ツイッターやフェイスブック上で過剰に流れた場合、事後のカバーはほとんどできない。現場における多少の目撃情報は仕方がないが、大幅な情報流出は、紅白歌合戦のなかで流す映像の鮮度を落とすものになる。

 昨日私は少しインターネットを検索した。昨日の14:00前ぐらいにツイッターに1件、夜にブログに1件の情報があった。その件数の少なさは南大東島の人口と関わりがあり、島の若者数とも関連がある。南大東島は情報封鎖をするには最も適した島だった。そのことをNHKが熟知した上でこの島を選んだのかどうかはわからない。

 生徒の親は前日に、子供から訊いたはずである。

 ここから先は推測である。昨日島内を駆け巡った情報は空港から発信されたものではないだろう。同じ飛行機に乗った人たちは南大東空港に着いたとき、すぐに家族に電話をしたのだろう。しかしおそらく空港からも〔嵐〕は隠密に移動したと思える。彼らが姿を現したのは、やはり学校だろう。学校は島の中心の一角にある。そして島内に爆発的に広がった。草刈は中止されたのではない。放棄されたのだ。

 居酒屋ちょうちんで見かけたNHKの先遣隊は、空港、学校、旅行案内所の職員と綿密な打ち合わせをしてこの日を迎えたはずだ。海軍棒、日の丸山展望台でも下見はしただろう。

 南大東小中学校の教育目標は「よく考え、進んで学習する子」、「明るく思いやりのある子」、「健康でねばり強い子」、「郷土を愛し、郷土を拓く子」を育てるということだ。どこの小学校にでもある普通の言葉が並んでいる。ただ4番目の目標のなかの「拓く」には注目していいかもしれない。「拓く」は「開拓」の「拓」である。「拓く」は荒野をイメージさせる。それは南大東島のことだ。この島に生まれた子供たちは、自分たちの生まれた土地が半ば荒野で、それを切り開いて生きていくということを教えられる。フィリピンの学校にあった言葉を思い出す。“Honesty is best policy”それはキリスト教国らしい言葉だった。

 学校ブログ(全体)には運動会や八丈島との交流が載っているが、〔嵐〕についての記載はまだない。紅白歌合戦終了後の2014年初頭に掲載されるのかもしれない。

 「〔嵐〕、どうだった?」
 「かっこいい」
 「誰が1番好きなの?」
 「翔くん」
 私の取材では、櫻井翔くんが1番人気であった。ニノが1票取った。 

 島は本当に狭い世界だ。民宿金城のおかみさんの知り合いが、土産物屋の太陽ぬ家にいるらしい。その人が〔嵐〕の乗った車のドライバーだったらしい。

 2013年が暮れる間際に、NHKは〔嵐〕と生徒たちとの交流の様子を流しながら、南大東島のうつくしい風景を流すだろう。さとうきび畑やシュガートレインの線路跡が出てくるかもしれない。しかしTPPの行方次第で、日ノ丸山展望台から眺めるさとうきび畑は壊滅する可能性がある。少し前にこの島にやってきた小泉進次郎は回答不能に近い問題を持ち帰った。彼が来島した勇気にはひとまず拍手をしていいが、政治家は決断をしなければならない。本当の敬意はそのあとのことだ。

 膨大な公共事業費を継続していいのかという単純な問題は最初からある。国民を本土から遠く離れた島に住まわせることにより、海洋国家日本の領土の守りとするといった戦略的な視野に立たなければ、問題は解決しないだろう。住まわせるための仕事の提供と住民の生活の保障などのトータルな設計をした上でないと、公共事業に関しての批判は消えないだろう。

 そうだ、私はまだ〔嵐〕の話をしていたのだった。松潤や翔くんがどういう服装であったのかはここでは書かないが、2013年の紅白歌合戦の注目ポイントを書いておこう。みなさん、ビデオが流れたときの、相葉君の服の色には注目してくれ!

 私の言っているのは空港での服の色のことで、もしかたら撮影中は着替えていたかもしれない。そんなのは私の知ったことではない。

 〔嵐〕は昨日の22:30頃に羽田空港に着いたらしい。これで〔嵐〕の話は終わりだ。私は懸命の取材を試みた。友人に、追っかけなのかと問われながら、である。しかし彼らを見なかった。残念至極である。
 
CIMG3482.jpg

 16:00、おかみさんに西港まで送ってもらう。Nさんもいっしょである。私はまた鳥かごに乗せられた。降りた「だいとう」に北大東島から乗ってきたKさんがいた。Kさんが鳥かごに乗り、南大東島に上陸する。

CIMG3479.jpg

 おかみさんとNさんとKさんは民宿金城にもどり、私はこれから那覇に向かう。Kさんは明日の飛行機で那覇にもどり、本部のほうに行くらしい。Nさんは明後日、飛行機で那覇経由、山口にもどる。12日にはリピーター2人組みが民宿金城にやってくる。民宿金城には他の旅行者もいたし、工事関係者も泊まっていたが、私は顔を合わせなかった。
 
 民宿金城は昨日も今日も明日も旅人が通り過ぎる。
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