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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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利島をぐるりと歩いてみた。

2日目  2015年11月7日  利島(としま)

 デッキで寝ていた人が2人いた。好き好んでそうしているのでなければ、「席なし券」で乗り込んだ人たちだ。東海汽船では席がなくても「席なし券」を販売する。席がないのに2等料金と同額である。その乗客たちは、船内の客室でないところに席を見つけるしかない。例えばデッキのどこかあるいは甲板。

 今日のさるびあ丸は満席だったのだ。

 「席なし券」すら確保できないときもある。正真正銘の満席で、デッキや甲板にいることもできない場合である。東海汽船は「席なし券」のキャンセル待ちを受け付けていないので、どうしてもその日に乗りたければ、キャンセルが出た直後に電話をして「席なし券」を確保するという離れ業をやってのけなければならない。

 ちなみに「席なし券」しか持っていない人は、全員が入船し終わったあとでの乗船となる。東海汽船はさりげなくカースト制度を強要している。「席なし券」保持者は、最下層のダリット(不可触民)となるが、食堂には入れるしシャワー室(有料)も利用できる。

 「席なし券」は東北・秋田新幹線や北陸新幹線の全車指定列車の立席特急券みたいなものであるが、立席特急券は空いている席に坐ってもいいというルールがある。しかし「席なし券」では、空いている席(2等椅子席など)があっても座れないようなのだ。これについては、実際にそうなのかどうかを知らない。

 6:00前に船内の照明が点いた。まもなく大島の岡田港に入港する旨の船内放送があった。甲板に出てみた。薄い雲を抜けてきた朝の光が島と港を照らしていたが、港はまだ暗かった。港を照らしていたのは電灯だった。

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 1998年9月に熱海から高速船で大島に来た。それが伊豆諸島への最初の旅だった。島の西側にある元町港に入港するのだろうと思っていたら、岡田港に入港する旨が船内で知らされた。その日の天候によって着岸する港が変わる。接続していたバスは港を変更して岡田港で待機していた。港が1つしかない利島や青ヶ島では着岸できないこともある。

 島旅のあやうさと不確実性、それをカバーしようとうする島側の対応の見事さを最初に知ったのがこのときの大島への旅だった。

 2015年11月7日の大島・岡田港で200人ほどが降りていった。

 乗客が下船している間に預かり荷物を入れたコンテナが降ろされた。岸壁では、コンテナから自転車を受け取っている人たちがいた。いくつかの島で自転車に乗ったことはあったが、できればそうしたくはない。

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 大島を出た船内は空席が目立つようになった。

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 7:40、さるびあ丸は東京都利島村に着いた。50人に混じって私も下船した。

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 埠頭の付け根に出迎えの車が10台近く止まっていた。どの車にも民宿名の表示はなかったが、なんとなく目が合った人に名前を呼ばれた。民宿永楽屋のご主人だった。

 車は島の急斜面を上った。かなりの急坂である。集落は港のすぐ上にあるようだ。おそらく利島に平坦な場所はないだろう。民宿栄楽莊は坂を登り切ったところにあった。標高100mほどのところである。

 民宿には珍しく、部屋に名前が付いていた。かとり、たたら、あきづき、てるづき。4部屋の民宿である。あきづきに案内された。部屋から海が見えた。この日の客は私一人のようだ。

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 少し休憩し、9:00過ぎに外に出た。

 曇りの予報が外れた気象庁は評価を下げたわけではない。薄い雲があり降雨の可能性もなくはない。それでも晴天であるといっていいだろう。傘を持たずに出た。

 宮塚山の山頂が利島のもっとも高い場所である。山頂をめざして歩くことにした。

 民宿永楽莊のすぐ上は椿畑になっていた。なかに敷かれた階段があった。椿の花が数輪落ちていた。

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 階段の上は道路になっていた。脇に貯水池があった。利島は斜面が急なので、雨水はあっという間に太平洋に流れてしまう。利島には川がない。水の確保は死活問題だ。

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 モノラックがあった。山の斜面に引かれているレールで人、機材、収穫物を運ぶためのものだ。椿の収穫の際の機材や収穫した椿の実を乗せて運搬するのだろう。島のいたるところでモノラックを見かけた。島全体で10台以上あると思われる。

 これはトロッコのようなものである。観光用に使えばおもしろいだろう。しかし料金を取るとなれば安全面などの問題が発生し、国土交通省(観光庁)と農林水産省との権益争いの材料になるかもしれない。

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 椿は2月から3月に緑の実をつけるが、収穫は9月である。11月の椿はまったく花を咲かせていなかった。椿の実から油を絞るだけではない。実はアクセサリーにも使われている。実の大小、形状の違いによって利用目的が異なるようだ。

 花が丸ごと落ちるのが斬首をイメージさせるので縁起が悪いらしい。

 地図とスマートフォンのナビの両方を確認しながら東のほうに歩いていく。島の東北方面で道路はつづら折りになり、高度を上げて行く。椿畑は標高100mから200mほどの間にあるようだ。

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 途中で道路工事をしていた。道路は傷んでいないのに。

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 わざわざ掘り起こす必要があるとは思えなかったが、道路上に側溝のようなコンクリートが置かれていたので、それを埋め込むのだろう。離島によくある公共工事と判断するのは止めておこう。

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 ウスイゴウ園地に差し掛かった。利島では道鏡が発掘されたらしい。それをモデルに池を作った。東屋もあった。

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 3段あるつづら折りを上り切ったところに東口登山道があった。宮塚山山頂に行くための3つある登山道のうちの1つである。

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 少し進んだところに山頂までの距離を示す掲示板があった。

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 この東口登山道を上った男性のブログを2、3日前に読んだ。ブログの主はこのルートについて、崖を登った、死の危険を感じた、助けを呼ぼうと思ったなどと書いていた。記事を読んでいた私はこのルートの登山道をかなり警戒していた。

 落ち葉が東口登山道を埋めていた。数日間雨は降っていないはずだが、落ち葉は湿っているのですべりやすい。登山道の階段の段差はあるし、各段の高さは不揃いだが、この程度のことは登山道では普通のことである。歩くのはかなりきつかったが、少なくとも崖ではない。おそらく誰も、助けを呼ぼうとは思わないし、死の危険を感じることはないだろう。どんな場合でも感じ方は自由である。そこに男女差や個人差があるのは当然であるが、ブログの主は比較的若い男性である。記載は全体に渡って大げさすぎ、明らかに誤解を生んでいる。

 途中、山頂から下りてきた人とすれ違った。

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 山頂付近に展望台があるので行ってみた。展望台には先客がいた。南口登山道入り口から登ってきたらしい。私と同じ船で利島に着いたばかりであるが、午後の船で帰るという。利島にやってくる人で日帰りする人は少なくない。

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 展望台からの眺望は素晴らしかった。少しかすんだ大島が見えた。富士山が見えるほど天候がいいわけではなかった。

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 山頂に向かった。

 標高508mの山頂は木々に囲まれた狭い場所だった。山頂であることが明記された碑と案内板があるだけの場所だった。山頂は私有地らしい。

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 南口は急こう配ではないが、歩きにくいとさっき展望台であった人は言っていた。道を草が蔽っていて、衣服に草の種や実が付いてくるらしい。

 山頂から下りようとして草をかき分けたとき、衣服には無数の草の種や実が付着した。警告通りになってしまった。

 傾斜がきつかった東口登山道とは異なり、南口登山道は傾斜が急なところとそうでもないところがあった。ところどころで草木が道をふさいでいたが、八丈島の頂上や御蔵島の登山道ほどひどくはない。利島の登山口は整備されているといっていい。もっとも11月と草木が生い茂っている真夏とでは歩く環境が異なる。

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 衣服のあちこちに付着した草の種や実を取るだけで20分ほどかかった。植物の生存本能の強さを感じてしまった。

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 南口登山道の下のほうに南ヶ山園地があった。花が植えられた公園である。サザンカやハイカンツバキ(サザンカと椿の交雑種)などが植えられていた。ハイカンツバキは背が低かった。苗木だからなのか、椿とは違い背が伸びない品種なのかを知らない。

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 山頂付近の宮塚山展望台からは島の北側を見渡せるが、南ヶ山園地からは南側つまり新島側が見える。一番近いのは鵜渡根(うどね)島である。今は無人島であるが、明治時代には養蚕を営む人が住んでいたらしい。新島と式根島は見えたが、晴れていれば見えるはずの三宅島と御蔵島は見えなかった。南ヶ山園地の標高は高くない。250m前後だと思われる。そのわりに海を近く感じる場所だった。

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 南ヶ山園地を出て集落のほうに歩き始めたところに、阿豆佐和気命(あずさわけのみこと)神社本宮(一番神社)があった。大きな丸石にその名称が掘られていたので見つけることができたのだが、神社自体はない。集落のほうには阿豆佐和気命神社があるが、一番神社と掘られた碑がある、こちらのほうが古い可能性はある。集落からは離れており付近に1軒の民家もない場所だけれど。

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 集落に向けて歩いている途中、眼下に利島港を出たばかりのさるびあ丸が見えた。今朝私が乗ってきた船である。神津島で折り返し式根島、新島に寄港しながら北上してきたのだ。さるびあ丸はこのあと大島、横浜・大桟橋を経由し東京の竹芝桟橋に向かう。

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 南ヶ山園地から40分ほどかかって集落にもどってきた。

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 下の1枚の写真には道路に歩道がある。珍しいというより、必要ない。

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 集落のもっとも高い部分を東西に走る道を東に歩いた。左手に利島小中学校があった。土曜日なので誰もいなかった。

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 さらに東のほうには利島村郷土資料館があったが、休館だった。

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 資料館の奥が十島村役場になっていた。

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 役場の上のほうには利島勤労福祉会館がある。ここには2レーンのボーリング場がある。行かなかったけれど。

 役場の奥に続く細い道を歩いていくと利島村小中学校の体育館の脇を抜けた。さっきから歩いてきた集落北側の高い位置を通る道の、一段下がったところにある道である。

 集落のなかのところどころに玉石垣があった。海に打ち上げられた石が波の力で角が取れ楕円形になったものを石垣として利用している。玉石垣は八丈島が有名であるが、利島でも多く利用されている。

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 集落を歩きながら利島港の近くまで来た。港の上のほうにはしけと海の歴史広場があった。展望台のようになっていた。

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 今日の東海汽船の入出港は終了しているにもかかわらず、埠頭の入り口にある船客待合所が開いていた。待合所で少し休憩した。

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 港を離れようとしたとき、船が入港してきた。「ゆり丸」だった。

 神出鬼没の貨物船である。新造船のくせに特定航路を持っていない。伊豆諸島開発の船である。伊豆諸島開発は、八丈島・青ヶ島航路、小笠原諸島の父島・母島航路を運営している会社である。

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 港を出て西のほうに歩いた。港からどの方向に歩いても坂を上がるしかない。西のほうに前浜親水レクレーション施設があった。プールなどの施設を眺めることはできたが、その通りに入り口はなかった。1つ下の通りに入り口があるらしいが、そこまで移動する気になれなかった。

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 集落をぶらぶら歩くことはできるが、必要以上に行ったり来たりするわけにはいかない。平坦な道はなくどの方向に進んでも坂を上がるか下るかしかない。一度下れば上るしかない。

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 足腰を鍛えたい人にとって利島はよいところだ。もっとも狭い集落なのであちこちに行くわけにはいかない。集落は一定エリアにまとまってあるのだから、あちこちに行く必要はない。

 民宿永楽屋の近くにある阿豆佐和気命(あずさわけのみこと)神社に寄った。南ヶ山園地を出たところにあった阿豆佐和気命神社本宮(一番神社)と同じ名称である。集落に近いほうは、1760年に造られた利島最古の建造物であるという解説が付いている。阿豆佐和気命は伊豆諸島を造ったといわれる事代主命の息子である。なぜ事代主命を祀った神社にしなかったのかという疑問がなくはないが、私が知っているわけがない。ときどきは知らないことを調べてみることもあるけれど、この件についてそれを試みるつもりはなかった。

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 16:00頃、民宿永楽屋にもどった。

 さるびあ丸のなかであまり眠れていない上に、朝からの登山で疲れていた。部屋で横になったとき眠ってしまった。「お風呂入れますよ」という女将さんの呼び声で目が覚めた。

 利島の商店は6軒ある。島しょ農協利島支店、吉多屋本店、マルミ商店、中村商店、富田商店、利島村漁協。扱う品目は店により異なる。入店してから30秒くらい経ってからマルミ店の女将さんはやってきた。吉多屋本店は人気店だと思われる。

 利島の人口約300人にたいして、店の数は多い。

 利島の民宿は8軒ある。永楽屋、民宿西山、民宿やまなか、利島館、かおり莊、民宿しんき、民宿寺田屋、かねに莊。

 2014年の夏から、椿農家の作業を手伝うボランティアプロジェクトとして100人ほどの大学生が利島にきている。島民300人の島でよく受け入れたと思うが、8軒の民宿があれば可能なのだろう。

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 利島の飲食店は2軒ある。永楽屋(和食・そば)と食堂手塚(定食)である。

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 私の泊まった民宿永楽屋は飲食店を兼ねている。店のほうで夜ご飯が準備されていた。

 今朝、女将さんが玄関のところで仕分けしていた採れたての伊勢海老が食卓に現れた。身は引き締まっていてぷりぷり感は十分にあった。

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 4つの部屋には名前を付けているのに、永楽屋は表に、民宿と食堂の看板を出していない。女将さんに尋ねてみた。

 ときどき民宿を休まなければならないときがあるから。看板はなくても客は来てくれるから問題はない。とくに大きな理由があるわけではないようだ。

 雨が降っていないのに登山道の落ち葉が濡れているのは朝露のせいらしい。なるほど。
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