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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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東北・太平洋沿岸部/アーカイブ3  寸断されたまま~常磐線2015 

3日目 2015年9月6日  いわき 竜田 原ノ町 相馬 亘理 閖上/名取 仙台

いわき

 東日本大震災以降、久之浜駅までしか行くことができなかったJR常磐線が竜田駅まで行けるようになっていたことを知ったのは最近である。2015年1月31日、その竜田駅と原ノ町駅間をバスが走ることになった。これは福島浜通りにおけるエポックだった。福島第一原子力発電所事故以降初めて帰還困難区域に公共交通機関が通ることになった。バスの本数はわずかに2往復である。

 下り
 1便 竜田  9:35発  原ノ町10:50着
 3便 竜田 20:10発  原ノ町21:20着

 上り
 2便 原ノ町 6:50分  竜田  8:15着
 4便 原ノ町16:50発  竜田 18時15着

 竜田発1便のバスに乗るしかない。それに乗らなければ次は20:10発になってしまう。1便のバスに乗るためにいわき駅を8:50に発車する電車に乗ることにした。

 ⚽そうなんです! ぜったいに乗らなくてならない電車がそこにはある!
 ⚽今日の私の服は青いんです!

 昨日使わずに済んだ青春18きっぷに9月6日の印を押してもらい、いわき駅の改札を抜けた。


竜田

 電車は常磐線を北上した。昨日見てきた久ノ浜駅に停車した。竜田駅には定刻に着いた。

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 竜田駅前には何もなかった。駅前にルートインが進出することになったと昨日スタディツアーの添乗員が言っていた。調べてみると、町とホテルはすでに覚書を交わしていた。200人程度を収容するホテルのようだ。それはマーケティング的に営業が成り立つとルートインが判断したことを意味する。少なくとも用地買収に苦労はしない。

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 竜田で1便のバスに乗り替えた。この区間はJR常磐線の不通区間の代行バスになるので青春18きっぷが使える。

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 ⚽そうなんです! ぜったいに乗らなくてならないバスがそこにはある! 
 ⚽ROAD TO SENDAI!

 竜田9:35発  原ノ町10:50着

 バスのなかの一番前の席にはパソコンが置いてあった。車掌のいない隙に覗き込んでみると、どうやら周辺のどこかで測定している放射線量のデータをバスのなかで確認できるようになっているようだ(推測です)。車掌はそういうデータをチェックしているようだ。

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 バスは帰還困難区域を通った。途中停車をしないのだから途中下車はできない。国道6号を原ノ町まで進む。

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原ノ町

 原ノ町つまり南相馬市に入ると風景が活気付いた。走っている車が増えた。ファッションのしまむらは営業していたし、ガソリンスタンドで給油している車があった。KSデンキのあるショッピングセンターの駐車場には多くの車が止まっていた。

 原ノ町駅に着いた。原ノ町には東日本大震災前の2007年7月に来たことがあった。ここでも駅舎は新しくなっていた。いわき駅が新しくなったことは2011年に知ることになったのだが、大津港駅、泉駅、湯本駅に続いて4駅目である。想定される理由は、津波の直接的被害を受けなかったが、地震の揺れで駅舎に何らかの破損が出てしまいこれを機会に大幅にリニューアルをしたというのは私の勝手な推測である。いずれの駅も建て替えなければならないほど古びてはなかったと思う。

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 駅の隣には図書館が入った新しいビルが建てられていた。町中を歩いてみたが、おもしろそうなところがあったわけではない。まちなかひろば「原ノ町屋台村」ができていたが、投資を最小限にしたものと思われる。やや雑な感じがした。

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 旅館玉の湯はなんとなく覚えていた。

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 原ノ町駅の東北方面には東北電力原町火力発電所がある。駅の東のほうには南相馬ソーラー・アグリパークがありエネルギーについて学ぶことができる。今の福島は新旧の発電方式がせめぎ合っている。

 下の3枚は2007年7月31日の原ノ町の風景である。

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 原ノ町駅からの相馬駅まで電車に乗った。

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 ⚽長友佑都! 左サイドはお前しかいない!(相馬/元アントラーズ) 
  (*FIFAW杯アジア第2次予選日本対カンボジア戦を観て)

 原ノ町12:02発  相馬12:19着

 2両編成の電車は原ノ町駅を出て、鹿島駅、日立木駅に停車し相馬駅に着いた。4駅3区間の乗車である。1日の列車本数は下り17本、上り18本だった。鹿島駅では作業員らしき人が多く下車した。
 

相馬

 相馬駅での乗り替え時間が17分しかないのでどこにも行けない。いや最初から町中に分け入る気はなかった。相馬はおもしろくないわけではないが、すごくおもしろい町ではないことを承知している。国の重要無形民俗文化財である相馬野馬追(馬を追う祭り)は7月下旬である。祭りだけでなく乗馬などを楽しめる町らしいが、その方向に関心があるわけではない。

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 相馬の海岸線は大きな被害を受けたが、以前、私が歩いたのは駅周辺と町中だけだった。町中は古ぼけていて破損している建物はあったが、大規模工事が必要でない建物はすでに修復されていたと思われた。

 下の12枚は2011年10月30日、東日本大震災から233日目に撮った相馬の中心部である。

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 亘理(わたり)までは再び代行バスに乗った。代行バスは1日28本(逆方向に29本)運行されている。このバスも青春18きっぷで乗車できる。

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 ⚽くうう~ どうした香川! ロシアW杯へのバスには乗れるのか! 
  (*FIFAW杯アジア第2次予選日本対カンボジア戦を観て)

 相馬12:30発  亘理13:30着。


亘理

 亘理駅。常磐線が寸断されたことにより、鉄道と代行バスの乗り替えポイントとして無名の駅が一躍クローズアップされた。最初、亘理を「わたり」と読むことができなかった。

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 下の3枚は2011年10月30日の亘理駅周辺の写真である。その日はここ亘理駅から相馬行きのバスに乗ったが、今日は逆ルートで旅をしている。

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 亘理から仙台寄りに2つ目が岩沼駅である。日暮里駅を起点としている常磐線はこの駅で終わりとなり、電車は東北本線に入ることになる。

 下の8枚は2011年10月30日の岩沼駅周辺の写真である。

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 下の1枚は2007年7月31日の岩沼駅の写真である。

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 亘理から乗った電車を東北本線の名取駅で降りた。仙台空港アクセス線に乗り替え、美田園駅まで行くことにする。

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 ⚽バス、鉄道のパス交換で仙台空港バイタルエリアに侵入!

 亘理13:50発  名取 14:08着
 名取14:23発  美田園14:28着


閖上(ゆりあげ)/名取

 バスが動いているのかどうかわからなかった。2011年11月29日、名取駅でバスに乗った。閖上小学校、閖上中学校方面に行くバスは1日数本だったように記憶している。そのとき、バスドライバーの左斜め後ろの前面展望の席に坐ったはずだ。乗客はおそらく私だけだった。ドライバーは私にどこに行くのかを尋ねてきたが、明確な目的地があったわけではない私はどのバス停で降りてよいのかわからなかった。

 バスは走った。何の変哲もない地域が津波にやられていた。そこは平べったい地域だった。人々の逃げるべき高台がなかった。上に積み上がっている建物はなく、一軒家が適当な間隔で海に近い面を埋めていた。閖上1丁目から4丁目まではほぼ壊滅的だった。仙台東部道路まで水は迫った。この地区に高さを求める場合、ここまで逃げなければならなかった。津波が押し寄せる様子は何度もテレビで流された。

 下の4枚は2011年10月29日に撮った閖上周辺の様子である。

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 閖上小学校の生徒は3階に避難した。そのあと津波がこない(らしい)ということで生徒たちは体育館で帰宅準備をしていた。そうこうしているなか、グランドに津波が侵入してきた。生徒は再び校舎の3階に避難し全員無事だった。亡くなったのはその日風邪で休んだ1名だったらしい。

 閖上小学校の運動場に船があった。勝手に校舎に入ることができた。津波の到達した高さが壁に残されていた。机も文房具もおそらく津波が引いた直後のまま残されていた。勝手に校舎に入っても誰かに注意されることはなかった。

 体育館は遺留品置場になっていた。1人のボランティアが遺留品の整理をしていた。並べられたランドセルの光景を忘れることができない。

 下の13枚は2011年10月29日の閖上小学校の写真である。

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 下の11枚は2011年10月29日の閖中小学校の写真である。

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 現在、閖上中学校は東北本線名取駅の南西にある手倉田山に、閖上小学校はそこから800mほど南の名取が丘にそれぞれ仮校舎を設け、授業を行っている。
 
 閖上地区の日和山(高台)の近くには、津波被害のなかで花を咲かせた桜から芽をとり育てた桜が復興桜として植えられている。名取市観光物産協会では、将来の桜の名所にする意図を持っており、復興桜の里親を募集している。そしてその近くにはゆりあげ港朝市がある。しかし桜の開花は4月で、朝市は日曜祝日開催である。

 今日も営業しているはずの閖上さいかい市場のほうに美田園駅から向かった。降り始めた雨を避けるため仙台空港アクセス線の高架下を歩いた。旅の初日から曇天が続いていたが、ここまで雨は降らなかったのは上出来といっていい。

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 閖上さいかい市場は仮設の商店街である。2012年2月4日、震災から11ヶ月目に開設された。30近くの店舗や事務所が集まっていた。

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 魚亭はま屋で「浜やの天丼」を食べた。海老がぷりぷりと歯応えがあった。

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 美田園駅にはもどらず、1つ仙台寄りの杜せきのした駅まで歩いた。雨が強くなってきた。ついに傘を差した。

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 名取駅までの切符を買った。仙台空港アクセス線のすべての電車は名取駅で東北本線に入り仙台駅に向かう。名取駅で電車を乗り替える必要はない。

 ⚽そうなんです! ぜったいに乗らなければならない電車がそこにはある!
 ⚽仙台にGOAL!GOAL! レインボー!

 杜せきのした15:58発  仙台16:15着
 

仙台

 青春18きっぷ3日目の「⚽ぜったいに乗らなければならない電車とバス」の旅はベガルタ仙台のホームタウンで終わりである。

 JR常磐線は2ヶ所で寸断されていた。2015年になって代行バスが放射能汚染地域を抜け走り始めたことは大きな前進である。

 どの乗り換え駅でも余計な時間を使わなかったにもかかわらず、いわきから仙台までの行程が一日がかりになることが証明されてしまった。私は横パスを入れずひたすら縦への突破を試みた。しかしこの遅攻が2015年の常磐線の現実である。今日の旅は2015年の常磐線を知る旅であり、それは2015年の福島浜通りを知る旅になった。

 東日本大震災の直接的影響なしに廃止した岩泉線、さっさとBRTに移行した気仙沼線と大船渡線、放置状態の山田線(JR東日本は「運転見合わせ」と表示したままにしている)と常磐線の扱いは異なるだろう。JR東日本は幹線である常磐線を再生させると思われる。しかし富岡駅は放置された状態である。同じルートに線路を敷いた場合、再び津波に襲われる可能性がある。線路のかさ上げや路線変更など再生の具体的なメドは立っていないようである。
 
 仙台駅では嵐が迎えてくれた。私の行き先と嵐の行き先はときどきリンクする。

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 仙台駅のなかも駅前も人でごった返していた。

 傘を差して駅前を出たが、途中からアーケードの商店街に入った。途中カフェで休憩し、サウナ&カプセル・キュア国分町にチェックインした。1泊3,780円。少し古くなった気がした。

 サウナ&カプセル・キュア国分町はその名前の通り、国分町にある。下の13枚は2011年10月30日の仙台駅周辺と国分町界隈である。

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 サウナ&カプセル・キュア国分町は漫画が10,000冊ほどあるカプセルホテルである。前回の宿泊時に、「リングにかけろ」の続編「リングにかけろ2」を読んだ。「リングにかけろ」を単行本ではなく、少年ジャンプで毎週読んでいたが、「リングにかけろ2」の存在を知らなかった。

 「リングにかけろ2」は黄金の日本Jrの子供たちが登場する、荒唐無稽な漫画だ。前回、時間がなく途中で読むのを止めたのだが、どこで止めたかを覚えていない。1巻から読み進めた。リクライニングシートに数冊の「リンかけ2」を持ってきて、ビールとカロリーの高そうな料理を2品ほど注文した。

 それは15巻目ぐらいに達したときから薄々と感じていたことだった。しかしあくまで薄々とである。そして、本棚にあった最後の数字である19の巻を読み終えたとき「リングにかけろ2」は「完」ではなかった。19巻目はおそらく「完」に至るかなり手前であろうことが容易に推測できた。サウナ&カプセル・キュア国分町にギャラクティカ・マグナムをぶちかましてはいない、今のところは。

 箱根のホテルで、夕方から読み始めた「ドカベン」の最終巻だけがなかったことがあった。1ピースが欠けたジグソーパズル、Sのキーだけがないパソコン、岐阜羽島駅のない東海道新幹線。いずれも詐欺である。
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