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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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独立国、大阪。陽が暮れかけた新世界を歩いてみた。

1日目  2015年7月20日  大阪(新世界)    

 今日を旅の初日としておこう。橋本駅から乗った南海電車が新今宮駅に着いたのは17:00前だった。駅とあびこ筋の間にあるホテル群の2つ3つが新しくなっていた。

 汚れた空気はあいかわらず街を蔽っていたが、その密度は以前より稀薄になった気がした。1980年代ぐらいまで一種のすごさを醸し出していた街が行き場を失った労働者たちの住み家であることに今も変わりはないが、その労働者に覇気がなくなってから、街の印象は薄められた。彼らの毒気は大阪の空に昇華していった。それは日本が不況に突入した時期であり、経済成長を底辺で支えた日雇い労働者たちが福祉の受給者に変わっていった時期と合致する。かってこの街の核にあったものは、全国の他の地域と変わらない高度成長という、ぎらぎらとした無自覚な向上心だった。

 その後つまり90年代以降、東京が国際化と情報化の刃を手にグローバリズムに参戦していったのとは異なり、街は衰退に向かった。その意味でも釜ヶ崎は東京を除く全国の地方と軌を一にする。ここは生身の人間が吐き出した分泌物が無造作に堆積しただけの街だった。

 街の印象を変えたのはそこらじゅうを歩いている外国人たちだ。旅行者である彼らは、「行ったらあかん」と何度も親に注意を受けながら育った浪速っ子が持つような不安も恐怖心も抱いていないように思われる。がやがや、すたすた、ぱきぱき、わいわいと歩いている。もちろん彼らが歩くのは観光地である。だから厳密にいうと、そこらじゅうを歩いているわけではない。アンタッチャブルな界隈に彼らはいない。彼らの持つガイドブックには新世界の案内ページはあっても、新今宮駅から三角公園辺りまでのエリア、あるいは飛田新地の案内はないだろう。

 彼らが舞い降りた街はファンキーでパンクな感じがする。街は変わるのだ。

 ここに来たのは3年ぶりぐらいだろう。ブログを書いている以上、念のために、過去の写真の撮影日を調べてみた。西成の写真は5年前のものがもっとも新しいものだった。そんなはずはないと思いさらに調べ直してみた。関西国際空港からフィリピンに向かう前に立ち寄ったはずであることを思い出し、海外旅行の写真フォルダを調べてみた。この前歩いたのは1年9ヶ月前だった。そのときは天下茶屋駅から乗った南海電車を萩ノ茶屋駅で降りて、新今宮駅辺りまでを歩いた。

 http://asiancafe9999.blog.fc2.com/blog-category-4.html 

 予約してあったビジネスホテル来山(らいざん)南館は阪堺電軌阪堺線の東側にある。この路面電車は昭和の風貌こそ脱ぎ捨てたが、南海電鉄の経営を離れたあと、よく持ちこたえている。地方私鉄の場合、鉄道会社の経営努力以外に、廃線を宣言されては困る自治体からの補助が期待できるが、都市部の鉄道の場合、地下化や高架化などの大掛かりな設備投資でない限り、天から降ってくる金は期待できない。

 車両にラッピングを施し、広告収入を得るというのはどこの鉄道でもやっている。長い編成の電車の全車両に統一されたラッピングを施すのはデザイン的に成功していることが少なくないが、1両の路面電車を広告で飾った場合はほとんどが失敗である。それは阪堺電軌も例外ではない。もっとも広告の目的は商品が認知され販売に結び付くことだ。目的が達成されていれば、デザインの良し悪しを論ずる必要はないかもしれない。

 この線路の東側と西側ではホテルの印象が異なる。西側の宿泊施設には労働者がわりと多く泊まっているが、東側には海外からのバックパッカーが多い。宿泊料金は東側のほうが少し高いはずだ。 

 ビジネスホテル来山南館は韓国人と中国人が多かった。外国人の宿泊客数は日本人の数を上回るだろう。3畳和室に2泊して4,800円。全部屋でWIFIが使える。宿泊先の情報化は外国人の、つまり国際化のおかげである。

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 外に出てみた。あびこ筋を天王寺のほうに歩いた。地下鉄御堂筋線動物園前駅から南に続く動物園前一番街のアーケード入り口周辺は閑散としていた。今日が連休であるからなのだろう。何度か歩いたことのある通りだが、いつもはもっと賑わっている。商店街の奥には飛田新地がある。

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 あびこ筋の北側のジャンジャン横丁に入った。新世界の入口である。ここも人が多くはなかった。少ない日本人を補てんしているのは外国人観光客だ。

 串焼きの店が増えている気がしたが、おそらく錯覚だろう。串焼き店は以前から多かった。パチンコ屋、麻雀屋、ゲームセンターは現代の遊興産業であるが、ここには古典的遊興産業がある。将棋の大将、碁の三桂クラブの前では足を止めてしまう。なかを覗いてみるというのは毎度のことである。こここそが新世界の象徴だ。串焼き店が2、3軒ぐらいつぶれても何の問題もないが、大将や三桂クラブがなくなるとなればマスコミが取材にやってくるだろう。

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 通りの壁にはジャンジャン横丁の古い写真が飾られていた。ジャンジャン横丁美術館と呼ばれている。このネーミングは新世界に似つかわしくない。

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 下の1枚は2009年4月に撮影したものだ。写真が替わったかどうかはわからないが、このときのキャッチコピーはどうやら”あのときキミは若かった”であるらしい。

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 世界的傾向といっていいのだろう。恋人たちが鍵を掛ける場所があった。誓いの鍵“新・世界の中心で愛を叫ぶ!”というパクリのネーミングはこの場所の名称として悪くない。本家、松崎(伊豆)の“世界の中心で愛をさけぶ”のほうはすっかり色あせているというのに。

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 下の1枚は、2012年6月に松崎(伊豆)で撮影したものである。

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 串焼き店の店頭にはビリケン像がある。ここまで多くの店にビリケンがあるのは、新世界の「売り」として意図的にビリケンを扱っているからだ。ビリケンは通天閣の公認キャラクターになっている。大阪の新世界でこれほど愛されるとは、生みの親であるシカゴのビリケンカンパニーは想像もしなかっただろう。ビリケンが日本に入ってきたのは明治時代である。当時の日本には多くのビリケンはあったというのが私の勝手な推測であるが、大阪にだけ残ったというのは、ビリケン像の持つ何かが大阪とフィットしたということだ。

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 今年の4月、境港(鳥取)でゲゲゲの鬼太郎とキティちゃんをコラボさせたグッズを見つけた。キャラクターの独立性を保つためにあまりこういうことをしないほうがいいと私は思っている(どうでもいいことだ)。まさかの発見というのは旅先でよくあることだ。まさかビリケンとキティちゃんがコラボしていようとは。もちろん大阪限定モデルである。

 通天閣の下を通り、阪堺線の恵比寿駅に着いた。ここは地下鉄恵比寿町との乗り替え駅でもある。途中にはおなじみのスーパー玉出があった。

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 阪堺線の線路に沿って新今宮駅前までの1駅分を歩いた。この辺りも2、3回は歩いたことがあった。普通の街であるが、おっちゃんたちはところどころの道端にいた。

 阪堺線に沿って新今宮駅前から北天下茶屋駅まで歩いたことがあった(2009年12月)。南海電鉄萩ノ茶屋駅からアーケードのある萩ノ茶屋本通商店街を東に抜けてきたところに高架になっている今池駅がある。その次の今船駅から北天下茶屋駅までの間は民家のなかを歩くことになる。それはとても大阪の下町らしいたたずまいの街並みだった。

 下の4枚の写真は2009年12月に撮影したものだ。阪堺線にはこんな家並みが続いていた。

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 新今宮駅から難波方面に歩くと今宮戎駅がある。ここにはスーパーレトロな駅舎がある。そこから汐見橋のほうまで歩いてもいい。もちろん三角公園のほうに行くこともできる。

 歩くルートは無数にあるし7月の陽はまだ沈んでいなかったが、なぜか疲れていた。北天下茶屋にも行かず今宮戎のほうにも歩かないで、ビジネスホテル来山南館にもどった。1時間ほどの散歩だった。
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Comment

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いつも楽しく読ませて頂いております
大阪ミナミ編の始まり、楽しみです
実は、今週日曜日に会社の用事で南海高野線で難波、堺東、富田林方面に日帰りしていましたので駅や電車で見た地名が多いです
ただ新今宮とか天下茶屋とか、聞いた事はありますが、降りた事はないです
怖そうなイメージがあります
暑いのでお体ご自愛ください
2015年07月31日(Fri) 12:46
No title
編集
Maxさん。なぜかおしさしぶりであるような気がします(笑)

実家が和歌山なので、高野線はしょっちゅう利用します。今回の旅は実家がスタートなのです。

富田林は古い町並みが残っています。もしまだで、お仕事の合間に時間があるのでしたら、おすすめです。堺東は堺市の中心なのですが、とくに見るべきものは・・・ないです。仁徳天皇陵の価値はともかく、見にいっても何もないです(笑)南海本線の沿線には古い町並みの残っているところはわりとあります。

新今宮、萩ノ茶屋、天下茶屋は確かにちょっと違うところに来たなという印象を持たれると思いますが、実際は怖いことはありません。旅行者がトラブルになることはもうないですね。
2015年08月01日(Sat) 04:50












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