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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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青ヶ島の二重火山の間を歩いてみた。

7日目  2015年6月21日  青ヶ島

 朝ご飯を食べたあと、部屋でテレビを観ながらぐずぐずしていた。

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 東邦航空の東京愛ランドシャトル12便、つまり八丈島行きのヘリコプターが朝、出発であることをふいに思い出した。慌てて出発時刻を確かめた。ぐずぐずしているわけにはいかなかった。民宿マツミ莊を飛び出した。

 ヘリポートに向かって歩いている途中、バリバリバリと空気を切り裂く音が聞こえてきた。海からやってきたヘリコプターは50mほど先のヘリポートに降りていったが、着陸シーンを見ることはできなかった。

 ヘリポートには、昨日話をした警察官がいた。民宿マツミ莊のご主人も来ていた。ヘリポートに来るのなら車に乗せもらえばよかった。ヘリコプターから降りてきた何人かのなかに2人の学生がいた。2人は民宿マツミ莊の車に乗った。

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 9:45、ヘリコプターは客を乗せて八丈島に向けて飛び立った。ヘリコプターの離陸シーンは格好いい。

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 集落を少し歩いたあと、島の中央部をめざすことにした。島の東側を南のほうに向けて歩いた。1本道なので迷うことはない。

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 左手に名主屋敷跡のほうに降りていく道があった。あとで寄ることになるだろうが、無視して歩いた。右手に、急きょ作ってみましたといった感じの清受寺があった。脇に大里神社に続く道があった。この道も無視して先に進んだ。

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 道路脇の草木の間にあまり見かけない蝶が飛んでいた。道にカミキリ虫がいた。

 集落を出て1.5kmぐらい歩いたところから、急な下り坂になった。その先に平成流し坂トンネルの入り口が見えた。入り口の手前には、旧道だと思えるつづら折りに下に降りる道があった。

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 二重火山の内側のほうにある木々の周りでカナブンが飛んでいた。数の多さは異常だった。昨日、歩いているとき2匹のカナブンの直撃を受けていた。1回目は顔に2回目は体に当たってきた。うまくいけば未確認飛行物体の写真になるかもしれないと空中に向けて10枚ほど撮ってみたが、衝撃の写真をモノにすることはできなかった。

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 10:30頃。このまま歩き続ければ、島の中央部である池之沢地区を通り丸山の麓ぐらいまでは行けそうだ。しかしそこまでだろう。今日は民宿マツミ莊で昼ご飯を用意してもらっている。一度、もどって出直すことにした。

 昼までにはまだ少し時間があったので、さっき通過した名主屋敷跡には寄ってみることにした。集落から300mほどの地点までもどったところで右の道に入った。そこは坂になっていた。途中から人が1人通れるほどの、狭く苔むした坂の道になった。外輪山の外側つまり海側に降りてゆく道である。道は海まで続くのかと思われたが途中に玉石を重ねた石垣のある場所があった。

 そこが名主屋敷跡らしい。木々に覆われて全体が湿った場所だった。名主の名前を2人知っている。天明の大噴火のあとの39年間に活躍した三九郎と佐々木次郎太夫伊信である。どちらの屋敷跡かはわからない。あるいは別の名主跡なのかもしれない。首相官邸のように、名主屋敷には歴代の名主が住んでいた可能性もある。

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 11:30頃、民宿マツミ莊にもどった。

 昼ご飯はカレーだった。今朝のヘリコプターで着いた2人組がテレビを観ながら先に食べていた。早稲田大学と神戸大学に留学している香港の学生たちだった。2人は友人同士である。神戸大学の学生は流暢に日本語を話し、早稲田大学の学生は流暢とはいえないが、私が話すことは大体わかるようだった。

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 星を見るためにやって来た、と彼らは言った。冬には満天の夜空を見ることができるだろうけれど、雨の季節ではむずかしいだろう。この旅の6日目に当たる昨日、ようやく空に青が現れたが、今日は曇っている。

 1週間ほど前、ネット上で篠原ともえの書いた文章を見つけていた。そこに青ヶ島の星のことが書かれていた。文章は「東京都青ヶ島村は私の母の故郷で大好きなおばあちゃんが住んでいます。わたしが初めて青ヶ島に行ったのは、7歳の頃。家族で飛行機と船を乗り継ぎ、夏休みに毎年恒例の牛祭りに遊びに行きました」と始まっていた。タイトルは「星の箱船・青ヶ島」だった。

 2010年には青ヶ島でライブを開催したらしい。次のように書かれていた。

 ライブ前日に青ヶ島で撮影した星の映像の中、歌いました。星空の映像を投影した瞬間に島のみなさんから歓声が上がった時は、とても嬉しかったです!

 昼ご飯のあと、外に出た。午前中と同じルートで内輪山のなかに向けて歩いた。昼前に引き返したところまで歩いた。

 平成流し坂トンネルの手前に車が停まっていた。車の外にいたのは、昨日あおがしま丸でいっしょにやってきたIさん(名前を知ったのは翌日である)。昆虫の研究をしている人である。

 午前中に歩いたとき、昆虫の写真を何枚か撮っていたので尋ねてみた。昆虫の名前を教えてもらったが、忘れてしまった。旅日記を書くに際してもう一度調べた。

 道路をはっていたのはゴマダラカミキリだった。蝶はヒメアカタテハという種類だった。蝶が羽根を開いたときに写真を撮るのは意外とむずかしい。カナブンの名前はわからなかった。

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 カナブンについては思わぬ情報に触れることになった。昨日青ヶ島村役場でもらった広報あおがしまの最新号は、もちろんネット上で見ることができた。さらに古い号を見ていたとき、思わぬ発見をした。平成26年8月15日発行、第289号、広報あおがしまに「かなぶん駆除大会」の記載があった。捕まえた数のランキングが載っていた。1位の人はギネスブックに載るのではないか。

 1位 ○○○○さん 16,400匹 
 2位 ××××さん   2,600匹
 3位 △△△△さん  1,500匹
 ・・・・・・・・・

 青ヶ島でカナブンは大量発生している。カナブンは野菜の葉を食うカナブンは害虫扱いになっていて、中学生以下の子供がカナブンを捕まえて牛祭りの会場に持っていくと1匹2円(10匹単位で受け付け)もらえるらしい。

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 篠原ともえの記事にも書かれてあった牛祭りとは、毎年夏に行われる青ヶ島最大のイベントである。前夜祭と合わせて2日間、毎年8月に行われる。和牛共進会、品評会(園芸、手芸品、農林水産物、手芸品など)、島踊り、環往太鼓、相撲(ちびっこ、子供、大人)などが行われる。牛祭りに参加するために島に帰ってくる人も多く、祭りを見にくる旅行者もいるようだ。

 平成流し坂トンネルを抜けて行くと遠回りになる。トンネルの手前にあったつづら折りの急な坂道を降りた。車が通れるほどの道幅はあるが、車の通った形跡はほとんどないので、道路の中央部は苔むしていた。池之沢に向かう島民は車でトンネルを潜るので、ここを歩くことはない。歩くとしたらレンタカーを利用しない旅行者だろう。

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 池之沢地区に入った。池之沢自動車修理工場の前を通り、外輪山の内側を歩いていく。途中で左折し、丸山のほうに向かうところで留学生2人組に会った。彼らは丸山に登ったようだ。かなりきつかったらしい。

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 途中で分かれる道があった。その辺りは地図と異なる感じがしたが、適当に歩いていくと、池之沢キャンプ場に出た。道をまちがえたわけではなかった。いくつかの施設がこの辺りにあった。

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 丸山への道を登った。坂はゆるやかではないが、十分に歩ける道だった。丸山山頂は211m。登山というほどではない。

 坂の上で、丸山一周遊歩道に入ったようだ。右は御富士様、左は尾根道という案内板があった。時計回りに、つまり御富士様の方向に歩いた。道は細く草も生えているが、十分歩ける。御蔵島や八丈富士と比べると楽なものだ。

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 5分ほど歩くと展望広場に出た。そこは内輪山と外輪山の間にある池之沢地区を見渡せる高台であったが、広場というのは嘘である。まったく広くない。狭いこと極まりない。

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 丸山(内輪山)と外輪山の間にある池之沢キャンプ場、青ヶ島ふれあいサウナ、青ヶ島製塩事務所などが見えた。

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 丸山周遊道路の入り口から展望広場までは一周の1/8ぐらいの距離である。

 さらに時計回りに歩いていく。ここからは大変だった。留学生たちが言っていたとおり、歩くのは大変だった。道は人が1人通れるだけの幅しかなかった。草の背丈は高く、横からはみ出てきた細い竹や木の枝が進路をふさいでいた。小さくうねりながらどんどん下に降りていく。

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 いったいどこまで降りるのだというくらい降りていったところで、草にあふれていた道は終わった。そこが案内板に、休憩所2と書かれていた場所のようだ。そこからは2、3人が通れるほどに道幅は広がった。草は刈られていた。おそらく7月から始まる観光シーズンに向けて丸山周遊道路を整備したのだと思われる。もう少しあとに青ヶ島に上陸したなら、丸山周遊道路入り口から休憩所2までも草は刈られ、歩きやすくなっているのかもしれない。

 山歩きで一番嫌なのはアップダウンである。せっかく登ったのに、またダウンさせられ、高さをもどすためにアップをさせられるぐらい嫌なことはない。しかし道が整備されていたので、あまり苦労することなく登り坂を歩けた。丸山周遊道路の案内板のところまでもどり、池之沢キャンプ場のほうに降りていった。

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 昨日、船でいっしょだった女性2人組が露天のテーブルで食事をしていた。キャンプをしたようだ。

 青ヶ島ふれないサウナがあった。閉鎖されていると民宿マツミ莊のご主人に聞いていた。2015年5月25日、レジオネラ属菌が検出されたという張り紙が入り口にあった。再開に関する記載はなかった。

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 奥のほうに青ヶ島製塩事務所があった。ひんぎゃの塩がここで作られているはずだ。「ひんぎゃ」は島言葉である。火山からの蒸気が吹き出ている火山噴気孔を「ひんぎゃ」という。事務所の前に立ったとき、たまたま人が出てきた。見学させてもらえるかどうかを尋ねてみた。髪の毛や衣服に付着しているゴミが混入する可能性があるので、今は見学を受け付けていないと丁寧に断られてしまった。地熱を利用すること、1か月かけて結晶化させることが青ヶ島製塩事務所のHPに書かれていた。

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 周辺をぶらぶらして、といっても何もすることはない。少しの間、東屋で休み集落にもどることにした。

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 池之沢自動車工場の手前まで来たとき、うしろからやってきた車が止まってくれた。ありがたかった。つづら折りの道を登るのは嫌だと思っていた。車はつづら折りの道ではなく平成流し坂トンネルを走った。

 乗せてくれたのは、青ヶ島出身ではないけれどずっと島に住んでいるお爺さんだった。畑仕事で池之沢に来ていたらしい。島はいいよ、と話してくれた。

 集落にもどる途中にある大里神社に行こうと思っていた。東台所神社よりきつい坂があるとIさんが言っていた神社である。車に乗せてもらったことですっかり忘れてしまった。降ろしてもらったのは民宿マツミ莊の前だ。大里神社はそこから、来た方向に500mほどもどり、急な玉石の階段を登ったところにある。車で送ってもらったあとで、もどる気はなくなっていた。

 夜ご飯の席には、留学生2人の他に仕事で島を来ている人がいた。伊豆諸島の島々を定期的に移動して仕事をしているようだ。民宿マツミ莊を青ヶ島の定宿にしているらしい。ご主人とは何年も前からの知り合いである。

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 民宿で3度の食事をしたことで、腹がいっぱいだ。それは予想していたことであった。もんじという飲み屋に行こうと思っていたが、止めた。

 小雨が降ってきた。明日、まちがいなく船は出るとご主人は言っていたが、大丈夫だろうか。
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