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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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のんびりとした南大東島。自転車を乗ったり押したり。

5日目 2013年12月7日  南大東島

 7:10頃、朝ご飯。

 南大東島の外周道路の距離は21.3キロメートルだから、北大東島より一回り大きい。43、60、51、59、50、45、53、52、42(メートル)。これは南大東島の外周道路の各ポイントでの標高だ。外周道路だけならアップダウンは北大東島より少ないかもしれない。そうはいっても、楽観は禁物である。8:20頃にホテルよしざとで自転車を借りて、スタートする。

 まず東に走ってみる。水吸池、月見池、瓢箪池などいくつかの池のあるきれいな場所を通り、東に向かう。途中、道がわからなくなるが、うまいタイミングで中学生が自転車に乗ってきた。尋ねるべき誰かが尋ねたいタイミングで登場することは奇跡に近い。道を確認して空港のほうに自転車を走らせる。

CIMG3173.jpg

 池から30分近く走ったところに、南大東空港はあった。空港のなかに客はいなかったが、空港関係者が3人ほどいた。空港の北側に行きたいと尋ねたが、通り抜けはできないらしい。教えてもらった通り、来た方向にもどり少し行ったところの細い道に入り、空港の外周に当たる土の道に沿って走ると、空港西側の道に抜けた。あとでKさんに確認すると北に抜ける道はあるということだ。

CIMG3201.jpg

 外周道路を北に進む。「旅人よ!!困ったら一声かけておせっかい致します!」というやや迷惑な看板のあるピット・イン・新城を左に見ながらさらに北に行ったところを左折する。しばらく行くと、シュガートレインの鉄道線路跡があった。

CIMG3216.jpg

 さらに西に2キロほど走ると大池展望台の標識がある。そこを左に折れて進むと、オヒルギ群落と大池が見えてくる。北大東島の大池は3メートルほどの間からしか見えなかったが、こちらのほうは展望台があるので大池を見渡せる。大池は風景に溶け込んでいた。

 そこから西2、3キロのところに星野洞がある。予約しておいたほうがいいと聞いていたが、電話番号がわからなかったので行ってみるしかない。午前中は9:00から11:00まで開いているはずだ。着いたのは10:30で、事務所の扉に貼られてあった電話番号に掛けると、午前は見ることができないと言われる。14:00から15:00の間で入れることがわかるが、これですべての予定が狂った。車やバイクなら問題ないのだが、自転車での移動は大変なのだ。

 仕方がない。まずは北のほうにある南大東漁港に向かう。今朝、自転車を借りにいったホテルよしざとにいた人が漁港を見下ろす展望場所にいた。北海道の人で国内各地を周っているようだ。レンタカーで来たと言う。近くに止まっている軽トラがそれだった。ホテルでレンタカーを借りたいと言ったら。用意されたらしい。どこかで普通に使っている車を旅行者に貸しただけのようだ。

 南大東島には普通の港が造れない。それで考えたのが、岩場をくり抜いて港にするという手法だ。硬い岩盤を砕き海面よりも深く掘る。巨大なすり鉢を海の隣接地に造り、最後に海との境の岩を砕き海水を入れるわけだ。そこに投じられた費用は約300億円だ。公共事業恐るべし。すでに完成しているが、漁船は5隻ほどしか係留されていない。北大東島はこれと同規模かこれより大きめのものを現在建設中である。2人で公共事業のバカバカしさの話をする。

CIMG3250.jpg

 バリバリ岩はなかなかおもしろかった。石灰岩の岩がぱっくり2つに割れている。これは南大東島が地殻変動のため動いている証拠らしい。その間にはダイドウビロウなどの木が生えている。審美的な空間だ。沖縄本島なら御獄と言われていそうな場所だ。崩れそうになっている階段をおっかなびっくりで降りていく。底は行き止まりの洞窟だった。正午頃に見に行くのがいいと書いてあった理由がわかった。岩の割れ目からの光が最も入りやすい時間帯だった。

CIMG3278.jpg

 北港に寄る。ただの埠頭である。クレーンや積み荷がなければ、コンクリートの塊である。このあとどうしようかと迷ったが、星野洞より南のほうに行ってみる。

 外周道路を走ると、右側に夕日の広場の案内があった。仕方ないので海の近くまで降りていくが、別に見なければいけないほどのものではない。海の近くまで降りた場合、登るときに自転車を押さなければならない。これは疲れる。

 南に進むと西港だ。昨日、「だいとう」を降りた港だ。昨日あったクレーンも積み荷もないので、ここもただのコンクリートの広場である。隣接した公園があるが、誰もいない。1時間ここにいても誰も来そうにはない。また自転車を押して登る。ここから遊歩道に入る。自転車で入っていいのかどうかはわからないのだが、誰1人出会わないのだから、問題ないだろう。途中の右手に鉄道線路跡があるはずなのだが、注意していても発見できなかった。

 遊歩道を出たところを海のほうに降りると塩屋海岸である。自然にできた海のプールだ。岸壁がうまい具合に凹んでいてプールのようになっている。プールの水は浅く、カニや小さい魚もいる。

 この時点で13:30だ。そろそろ星野洞に向かう。さっきから南に進んできていたのだが、ここから北上することになる。途中アップダウンがある。海側に降りると登るときに自転車を押さなければならない。この状況で5キロ近くをもどらなければならないのは大変だ。ルートの一筆書きができなければ負担感は大きい。

 13:40に星野洞に着く。誰もいないので休憩所のようなところで、パソコンを開き旅日記を書く。しばらくして星野洞の係の人が車でやってきた。一端、車を止めたところで、鍵を忘れたことに気づいたらしく、しばらくしてもどるからと車で去っていった。私は旅日記に集中していたので、どうぞどうぞという感じで見送ったが、あとからやってきた3人組が、私に星野洞の事務所は開いていないのかと問うてくる。どうやら私が14:00に着くと電話で伝えたものだから、同じ時刻になるように私のあとに見学者を入れたようだ。彼らには係員がもどっていったことだけを伝えたが、納得いかないようで、事務所の扉に書かれている電話番号に電話をした。そして、もどった理由が、鍵を忘れたからだということをつきとめた。しょうがないなという雰囲気だったが、私は旅日記に集中しているので1時間後に星野洞を開けてもらってもよかったのだが、10分後ぐらいでもどってきて事務所は開いた。懐中電灯とカセットテープレコーダーを渡され、各自勝手に洞窟のなかに入っていく。
 
CIMG3332.jpg

 気温18度、湿度100%に保たれていて、かなり暑い。もともと星野さんのものだった洞窟を村が買い取って観光地にしたらしい。地面から石柱が伸び、天井からつららのように石が垂れ下がっている。ライトアップされているため鍾乳洞は幻想的だ。番号が付けられているので、そこにくるとカセットの再生ボタンを押し、該当する鍾乳石の説明を聞くことができる。岩の間に泡盛の瓶がある。島民は中学卒業の際にここに泡盛を置き、成人式で帰ってきたときに家族で開けるらしい。

 町の中心にもどるときに、鉄道の線路跡があった。その先にあった大東神社の道案内の方向に500メートルほど走る。大東神社は森の奥のほうにあり、由緒ありそうな雰囲気を感じさせたが、神社自体は平凡なものだった。さとうきび作が落ち着く秋の豊年祭には山車や仮装行列で盛り上がり、多くの人が訪れるらしいのだが、今は誰もいない。

 一日中、よい天気だった。少し暑いくらいで自転車をこいでいるとほんのりと汗をかく。しかしもうへとへとでだ。食堂や店がある町中に入ったのは15:50頃だ。昨日の夕方に歩いた道を走り、民宿金城に着いたのは16:00前だった。部屋にもどり少し休憩する。昼ご飯を食べていない。富士食堂の隣の大盛商店で大東寿司とさんぴん茶を買って、民宿金城の玄関前のテーブルで食べた。

CIMG3355.jpg

 出かけていたNさんが帰ってきたので、30分ほど話をする。島の公共事業について、南・北大東島の比較、泊まった宿についてなどでかなりの意見が一致した。公共事業については、多くの人が同じように思うだろう。

 もう少し自転車で町の中心部分を周る。Nさんもバイクで出かけていった。

 17:30頃にもどる。シャワーを浴び、洗濯をすませ、部屋で少し休む。夜ご飯を食べるために富士食堂に行ってみたが、今日は、ほとんどの料理を出せないらしい。ここが島であることがわかる瞬間だ。近くの割烹森作で天丼を食べる。その後、Nさん、Kさんと近くの居酒屋ベレンでビールを飲む。
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