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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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「条件付き出航」をクリア。イルカ・ウォッチングの御蔵島に無事上陸。

2日目  2015年6月16日  御蔵島

 4:30頃、まもなく三宅島に入港するという船内放送があった。放送の終わりには、三宅島の次の御蔵島にも入港するということが付け加えられた。

 一安心である。旅の第1関門をクリアした。御蔵島までのチケットは数日前に電話で予約してあった。竹芝桟橋の東海汽船の窓口でチケットを受け取るときに「条件付き出航」だと言われていた。つまり御蔵島港には寄らない可能性があるということだ。東海汽船にとっては御蔵島港に寄港できない際の保険ということになる。

 2010年に三宅島に行ったときも、御蔵島だけは「条件付き出航」だった。そのときは三宅島入港の直前に、御蔵島に寄らないことが船内で案内された。

 同時刻に、御蔵島には寄港かそうでないかの連絡が入る。船が寄港しないことがわかると、御蔵島の港湾関係者、役場、警察、民宿、業者の人たちはもう一眠りすることになるのだろう。その日の島の最大のイベントは中止となったのだから。

 船が御蔵島に寄らない場合、乗客は御蔵島の手前にある三宅島で降りてもいいし、次の八丈島で降りてもいい。船は八丈島で折り返す。八丈島で降りない場合は、帰りに寄港する御蔵島で下船する。ただ御蔵島は条件付き出航となっているため、復路でも御蔵島に入港するという保証はない。その場合、竹芝桟橋にもどることになり、竹芝桟橋から御蔵島までの運賃は全額払い戻される。22時間40分の乗船料金が無料となる。そういうことを楽しいと思える人にとっては、条件付きで出航した船が往路、復路ともに通過の可能性がある御蔵島への旅はおもしろい旅になるかもしれない。

 三宅島で降りた人は80人ぐらいだった。うるさいほうのグループは降りていった。

 1時間後の5:50。さるびあ丸は御蔵島に着いた。乗客30人とともに私も下船した。

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 巨大な森を持つ小さな島の一角に港があった。港であるというより、無造作で殺風景なコンクリートの造形物がある風景だった。コンクリートの途切れたところから森が始まっていた。

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 ゲストハウスMITOMIの若い女将さんが車で迎えに来てくれていた。

 小雨のなか、車に乗った。車には近くの民宿に泊まる人も4人乗り込んできた。わりと静かなほうのグループにいた女子高校生たちのようだった。民宿同士で送迎を補完しているらしい。4人はゲストハウスMITOMIの少し手前にある宿まるいで降りた。ゲストハウスMITOMIはすぐ近くにあった。

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 宿名にゲストハウスという文字はあるが、ドミトリー形式の部屋ではない。3室はすべて個室である。内装はきれいで清潔だった。昨日からの宿泊者はいないようで6:00過ぎにチェックインさせてもらった。この日の宿泊者は私だけのようだ。6:00に下船した人たちだけが、飛行機の飛んでいない御蔵島をその日に訪問したすべての旅行者である。宿はガラガラ状態だ、と書けば、おそらく誤解を与えるだろう。実際、御蔵島の宿の予約は大変なのだ、たとえばこんな具合に。

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 7月分の予約申し込みの受付期間は4月15日から25日までである。申し込みは抽選により決められ、4月30日までに知らされる。8月分の予約も同様で受付期間は5月15日から25日まで、5月31日までに結果が連絡される。これはゲストハウスMITOMIに限らない。他の宿も似たような設定で、宿泊希望日は抽選によって決められる。もちろん直前でも、空いていれば泊まることはできる。私は1週間ぐらい前に電話をして、たまたま空いていたので予約ができた。

 予約の難しい島がある。隠岐諸島の知夫里島(島根県)では、廃業、休業により民宿の数が減っていた。予約はかなり難しく隣の西ノ島に泊まる人は多い。知夫里島の民宿で、よく予約が取れたと言われた。そのとき私は5軒ほどの民宿に満室で断られるか電話が通じないかの状態で埒が明かず、途中で観光案内所に助けを求めた。

 トカラ列島(鹿児島県)には7つの島があるが、そのうちの1つである子宝島には民宿が3軒しかなく、1つの民宿が満室のときは他の2つも満室になる。トカラ列島の7つの島に行く計画を立て、民宿の予約を試みたが、子宝島の民宿予約で行き詰まった。4つの島の民宿の予約を終え、5つ目に子宝島の民宿の予約に入ったが、目的の日の近辺に日程をずらしてみてもすべて満室だった。すでに予約した4つの島の民宿をキャンセルせざるを得なかった。数日後、子宝島の民宿予約を最優先に再度予約を試みたが、すべて満室で跳ね返された。さらにその1週間後ぐらいに日程を大幅に変え3度目のチャレンジを試みたが、同じ結果に終わった。今年の4月から5月にかけて私はこの予約でほとほと疲れていた。だからまだトカラ列島には足を踏み入れておらず、そこが秘境である印象が強くなっただけだった。

 少しあと、屋久島(鹿児島県)から帰ってきたnさんと東京で会い、おもしろそうな話に触発され、種子島、屋久島、口之永良部島(鹿児島県)の航路を考え始めたとき、口之永良部島が噴火をした。2003年には鹿児島港まで行きながら、船が3日間欠航になり屋久島には行けなかった。

 秘境度ではトカラ列島とほとんど同レベルの三島(鹿児島県)も考えたが、なんとなく止めてしまった。

 島旅は思いのほか難しい。

 御蔵島に宿泊施設は9軒ある。村営の御蔵莊を除く8軒は民宿だ。ゲストハウスMITOMIはそのうちの1つで、おそらく最も新しい。御蔵島は宿泊予約がないと上陸できないという不文律がある。
 
 さるびあ丸のなかでほとんど眠ることができなかった。早朝のゲストハウスMITOMIで寝た。10:00頃には起きたかったが、部屋を出たのは12:00前になった。

 朝から降っていた雨は止んでいたが、また降り出しそうな感じだった。傘を持って出た。出発前に合羽を用意していたのにリュックに入れてくるのを忘れた。

 御蔵島の食堂は5軒しかない。いやむしろ、島の人口300人で食堂が5軒あるのは、さすが東京都の島といっていいかもしれない。食堂やまやは休業中、美々庵は火曜日、Camburi(カンブリ)は火曜日と水曜日は定休日になっていた。酒好妖怪「ケフィア」は18:00~22:00の営業である。火曜日の今日、昼間はふくまる商店しか開いていない。

 ふくまる商店のなかはお洒落な感じだったが、メニューはカレー、ミートソース、スパゲティ、ナポリタン、ハヤシライスしかなかった。アイスクリームは6、7種類あったと思う。Tシャツ、絵葉書などの土産物も販売していた。カレーを食べた。

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 12:30、歩き始めた。まずは集落を周った。集落は港の近くにあるが、急な坂の途中にあるので、下まで降りてしまうと上のほうに行くのが大変である。島の人はすべてこの集落内に住んでいる。集落のなかを車は走っているが、自転車は禁止になっているらしい。坂はあまりに急で自転車は役に立たない。

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 集落を出て島の奥に入っていく。集落を出る道は北東方面に1本、南西方面に1本しかない。舗装された道路だが、島の反対側で2本の道路が合流することはない。車で島を一周することはできない。途中で途切れている両道路を結ぶのは登山道である。

 南西方向の道を行く。集落の端に幼稚園があり、その敷地脇の奥に稲根神社があった。少し覗いただけで先を急いだ。

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 南西方向への1本道をどんどん歩いたが、道は急峻ですぐに足が重くなった。それでもなんとか坂を登っていく。途中に工事関係用らしい建物があった。御蔵建設(株)のショベルカーがあった。この会社が島の最大手の建設会社なのだろう。そこから少し行ったところに砂防用らしいダムがあった。

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 ところどころで海が見えた。高い場所まで登ってきた。20分ほど歩いたところでようやく坂が少しゆるくなった。足に疲労がたまっているのがわかった。

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 遠くから道の真ん中に白いものが落ちているのが見えてきた。A4の1枚の白い紙だった。おもしろそうな内容だったので写真に撮っておいた。

 「海域 ひやり・ハット報告書(インシデントレポート)」というもので御蔵島観光協会の名前が入っていた。一応はマル秘扱いなのだろう。書くかどうかを迷ったが、御蔵島を旅する者が知っておいてもいいことなので、書いても問題はないだろう。

 それは3日前(6月13日)の、遭難につながるかもしれない出来事だった。船長、ガイド、客7人を乗せたボートが、桟橋西側に進路をとっていくと、前から別の船が来たので、沖に転進したらしい。そのとたん濃霧に巻き込まれた。船にGPSがなく、客のダイビングコンパスで南南東に向かったが何も見えなかった。そのとき偶然に発見した船に先導をたのみ、帰港した。GPSの装備不足で、反省は濃霧を甘くみていたということらしい。

 途中に登山道入り口があった。地図にない道だった。少し登ってみたが、20mほど登ったところで進むのをあきらめた。草が生い茂り、道がどこに続いているのか判別がつかない。車道にもどってまた歩き始めた。

 どこかで道が分岐しているはずだが、それを見過ごして10分ほど歩いてしまった。おかしいと思い引き返した。赤い橋のところまでもどったところで分かれ道を発見した。集落のほうから歩いてくる者にとってはわかりにくい道だった。

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 そこからまた坂がきつくなった。登山に興味はないが、興味のない登山にますます興味がなくなっていく。山登りは金輪際止めようと決意する。そこはまだ普通に車が走れる舗装された道路なのだけれど。一度も下ることのない急な坂を登り切ったところにトイレと東屋があった。さっきの地図にない登山道の出口はその近くにあった。

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 地図に載っている登山道があった。集落を出たときから雨は降ったり止んだりしていたが、少し強くなっていた。東屋で少し休んで木の階段を登っていく。木は階段の角の部分にあてがわれているだけなので、実際に足を付ける部分は土のままだ。そこは雨のせいで水が溜まっていた。泥溜まりといっていい。登山道は人の行き違いができる幅はあるが、この状態では人ひとりが通るのがやっとである。

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 登山道の先には御山(851m)があるが、そこまで行くつもりはなかった。その手前にある鈴原湿原を見たかった。道はあまりに悪かった。水溜まり、泥溜まりを避けながら階段を登っていく。両脇にある草木の枝や茎につかまらないと滑ってしまいそうだ。

 両側に木々が生えている木の階段を抜けると草のある場所に出た。こう配はやや緩くなったが、坂であることに変わりはない。そこが鈴原湿原であるのかどうかよくわからない。まだ先のような気もする。サロベツ原野(北海道)とか美ヶ原高原(長野県)といったような低い草がある場所ではない。ほとんどの場所で草が道をふさぎ、歩行の邪魔をしている。草の背は1、2mほどあり、草原、湿原を見渡せる場所はない。おそらくそこはまだ鈴原湿原ではないのだろう。

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 風が強い。雨も強くなってきた。途中で進むことをあきらめた。結局、歩いている場所が、鈴原湿原に入っているのかどうかわからないままもどることになった。

 水溜まり、泥溜まりに足をすくわれそうになり、帰路のほうが歩きにくかった。

 登山道の出口が見えてきたとき、木々の奥に黄色の何かが見えた。人が来たのかもしれないと思ったが、黄色に塗られた看板だった。登山道を登るときに見過ごしたようだ。看板には、ガイドなしでの登山道への侵入を禁止するとあった。今朝ゲストハウスMITOMIの女将さんに、山のガイドを雇っているのかと聞かれ、私は、いいえと答えていた。どうしてこういう質問がされるのだろうと不審な感じがしていたが、その話はそこで終わってしまっていた。御蔵島はイルカ・ウォッチングの島である。山の自然が残されているがとくに際立った見どころがあるわけではない。まさかガイドが必要だったとは。

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 地図に載っている登山道入り口から集落までの5.3kmをひたすら歩いた。往路で2度、復路で1度車が通過しただけで、歩いている人はもちろんいなかった。

 集落にもどったのは17:00前だった。疲労は溜まりに溜まっていたが、集落から北東方面に向かう道を少し歩いた。ここも登り坂である。奥山交竹院の墓、古入金七人塚があったが、何のことかわからない。立派な校舎を持つ御蔵小学校を通りかかったとき、夕焼け小焼けのメロディが流れてきた。学校の近くには役場があり、ヘリポートがあった。標高は100m以上である。津波発生の際にはこの辺りが避難場所になるのだろう。

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 ゲストハウスMITOMIにもどって30分ほど休んだ。

 夜ご飯のために外に出た。ゲストハウスMITOMIは素泊まりの宿で、そもそも食事付きの宿泊プランを設けていない。食堂が5軒あるという情報があったので、素泊まりでも大丈夫だろうと判断したのが裏目に出た。今日火曜日は休業の食堂が多く、昼ご飯を食べたふくまる商店は閉まっていた。他の商店も閉まっていたので何も買えなかった。夜ご飯を逃してしまった。自動販売機でコーラを買ってゲストハウスMITOMIにもどった。水よりも腹は膨らむだろう。

 御蔵島は坂本龍一が滞在したことで一時期有名になった。竹富島(沖縄)に多くの著名人、芸能人が滞在しても、そのことで竹富島の名が喧伝されたことがほとんどないというのとは異なる。御蔵島の見どころはイルカである。そのことも加わって、島には環境保護のイメージができ上がった。環境を保護しなければならないことは承知しているが、環境保護のイメージが付いた島には少し鼻白む。屋久島しかり、小笠原諸島(東京都)しかり。西表島(沖縄県)にもその匂いがないわけではない。

 ついでに書くと、アートで売り出した直島(香川県)をまったく好きになれなかった。日間賀島(愛知県)が直島をめざしているとnさんが言っていた。止めたほうがよいのにというのは私の感想である。

 曇天では星は見えない。空腹の御蔵島の夜が更けていった。
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Comment

編集
いつも楽しく読ませて頂いております
新シリーズの始まりにワクワクしています

御蔵島
海の若大将の話に出て来た島(実際は大島かも)、イルカの島
という印象ですね

良い旅に!

出張先の名古屋にて、、、今日は犬山方面に仕事で行きます
2015年06月27日(Sat) 07:02
No title
編集
Maxさん。

FC2ブログは1か月間記事の更新がないと、スポンサーサイトの広告が表示されてしまうのです。そういうのは画面が見にくくなるし嫌なので、できる限り更新したいのですが、なかなかそうもいきません。

とりあえず伊豆諸島シリーズ、全9日分書きます。よろしくお願いします。
2015年06月27日(Sat) 17:33
編集
返信ありがとうございます
ブログの件はやってないので知りませんでした
維持が大変ですね

そちらの天気はどうですか?
犬山はなんとか持ちました
取引き先の方に、「今日は帰るだけやろ?」
ということで犬山から足を伸ばして、関市まで案内して頂きました
ありがたい事です
初めて関の孫六の街に行きました
今回は食べられなかったのですが、鰻が美味しいそうです
あと鮎釣りで有名な川が流れていました
岐阜は歴史があって良いですね
帰りの新幹線にて、、、
2015年06月27日(Sat) 18:47
No title
編集
Maxさん。

出張、お疲れ様です。出張の数が多いような気がします。いつも出張されてますよね。私はすでに7、8か所ぐらい知っていると思うのですが(笑)

犬山には2回行きました。1回目は木曽川下りの終点だったので。そのとき町を周る時間がなかったので別の機会に行きました。

関も時間がなかったのでさっと周っただけです。関は鍛冶の町として独特ですよね。

岐阜は古い町があちこち残ってますよね。おっしゃるように歴史を感じます。
2015年06月28日(Sun) 01:19












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