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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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南大東島。民宿金城はバックパッカー宿。

4日目 2013年12月6日  北大東島  南大東島

 7:30、浅沼食堂で朝ご飯。しばらく部屋にいる。やることがないので散歩に出る。おもしろい場所はどこにもないので、海を見に行くが、休む場所がないので早々にもどってくる。昨日、食堂で見かけた人にあいさつをされた。その人も今日の「だいとう」に乗るらしい。

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 10:00前に島内放送があった。今日の「だいとう」は14:00に西港から出るようだ。チェックアウトのため浅沼食堂に行って、料金を払う。1泊4食付き、1日自転車をレンタルしての合計が7,665円だ。自転車は今日いっぱい使っていいと言われた。他の2人もチェックアウトにやって来た。昨日、送迎のときにいっしょだったNさんは西港に「だいとう」が入っているのを見てきたそうだ。

 10:00前頃から、二六荘の清掃が始まっていた。2人の主婦らしき人で念入りにやっている。インターネット上に清掃が行き届いているという情報があったが、その通りだ。二六荘のロビーを使わせてもらう。コンセントにパソコンをつないで旅日記を書く。島で見るものはあまりなかったのに書く分量は減らない。見るものがない分、郵便局、信号、池など普通の旅ではどうでもいいものを細かく見てしまうからだ。

 11:30に港湾業務課の事務所から電話が入る。14:00、西港出発であることが伝えられた。浅沼食堂に弁当を取りに行く前に、歩いて5分の西港に寄ってみる。岸壁に「だいとう」の後ろ姿があり、江崎港から移動してきたのであろうクレーンも見えた。港までの送迎をお願いしていたが、西港まで歩いて行くことを浅沼食堂の人に伝える。二六荘のロビーで弁当を食べる。

 昨日は島内巡りを頑張ったが、今日は気楽なものだ。

 さんぴん茶は売られているが、北大東島に沖縄的なゆるさはない。燐鉱石で生計を立ててきたこの島は労働者の島だ。その伝統が今でも生きているように感じる。現在は工事関係者がこの島の発展を支えている。背景にはもちろん公共事業がある。この島にいる限り、今ここでその是非は問えない。二六荘のオーナーは、島に生活保護者は1人もいないと言っていた。沖縄県は日本で一番生活保護者が多い県だ。

 島に来る前に、そのことに関連する資料に目を通していた。村民1人当たりの所得は沖縄県の平均の2倍近くある。ただし就業者1人当たりの所得は沖縄全体よりやや低い。これは島の就業率が85.9%で、沖縄県の50.8%を大きく引き離していることと関係があるようだ。100人以上が一時労働者で住民登録をしていないというデータもあった。これは私が見た工事関係者たちのことだろうが、その数はもっと多い。

 工事関係者は節度があり、人に迷惑をかけない。それはゴミの捨て方でわかる。二六荘の玄関外に置かれた4種類のポリバケツのなかには、商品表示のビニール部分とフタのないペットボトルの山があった。一時滞在者は島のルールに従っていた。

 私の部屋は3方が廊下になっていて、襖もしくは戸だった。3方を開放することができる。つまり落ち着かない部屋だ。唯一隣の部屋との間は壁ではなく、板が1枚あるだけだ。テレビの音も携帯電話で話す声も全部筒抜けである。ただほとんどの工事関係者は隣の人を気にしながら生活している。彼らの話し声が抑制されているのは、二六荘の建物を考慮してのことだ。だからここに泊まる限りそれは我慢をすべき範疇に入る。テレビのボリュームは最小限だ。うるさいとは感じない。私の部屋からはパソコンのキーを叩く音が聞こえているかもしれないので、静かにキーを叩くようにしないといけないと思うのだ。

 二六荘でときどき聞こえる携帯で話す声には方言が混じる。若い人は若いなりのトーンで話し、年配者は年配者なりの厚みのある低い声で会話をしている。
 
 何年も前、石巻に行く途中の前谷地駅での21:00頃、私は電車を待っていた。待ち時間は1時間ぐらいあったと思う。駅周辺を歩いたが、おもしろそうなものは何もなく、すぐに駅にもどった。あとからやってきた季節労働者と話をした。詳しくは覚えていない。いきなり呼び出されて、あわてて荷造りをしてきたらしかった。大阪に行かなくてはならなくなったと言っていたことを思い出した。話し好きな人だった。

 13:40頃、西港に着く。今朝、食堂で見かけた人とおそらく別のホテルに泊まった旅行者が港の端で乗船を待っていた。ほとんどの荷物が積み終わった頃、Nさんが二六荘の車でやってきた。

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 少し待って鳥かごに乗る。クレーンで持ち上げられたが、降ろされたのはデッキではなく、船の前方部分だ。2度目ともなると昨日のような驚きの感覚はない。

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 乗船後、15分ほどで「だいとう」は南大東島に向けて出発した。パソコンをコンセントにつないで日記を書く。1時間10分ほどで南大東島西港の埠頭に接岸する。今回のクレーン上陸は、3秒ほどで終わった。クレーンで吊り上げたという感じではなく、クレーンでA地点からB地点に移動させられた感じだ。南・北大東島に船でやってくる人たちにとっては、クレーン上陸は観光よりも貴重なイベントだ。

 少し離れたところに民宿金城の車があった。Nさんは5泊するらしい。帰りは飛行機らしいが、私は12月9日の船に乗る。迎えにきてくれたおかみさんが車で南大東村港湾事務所に寄ってくれた。5,540円で、12月9日の那覇行きのチケットを買う。

 送迎の最中、おかみさんが細かく道案内をしてくれた。しかし初めての場所なので、ふんふんと聞いているだけである。民宿金城は典型的なバックパッカー宿だった。玄関のロビーにはパソコン、情報誌、漫画などがありコーヒーも飲める。冷蔵庫もあるので、飲み物を入れておくこともできる。シャワー、洗濯は別棟になっている。素泊まりで予約していたが、送迎の途中、食堂や飲み屋は少しあるようだったので、夜ご飯は自分で食べることにして、朝ご飯のみをお願いした。1泊3,300円だ。

 ホテルよしざとでWIFIが使えることは知っていたが、金城荘でもサクサク使えた。2日ぶりにインターネットにアクセスし、2日分のブログをアップする。

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 16:00前、外を歩く。食堂、飲み屋は町の中心に集中しているようだ。民宿金城はかなり便利な場所にあった。町中のはずれのほうに展示されているシュガートレインの実物を見に行く。途中、ホテルよしざと、太陽ぬ家、与儀商店、Aコープなどを通る。ホテルよしざとで明日のレンタサイクルの予約をしておく。シュガートレインは、蒸気機関車とディーゼル機関車の2台が展示されていた。シュガートレインの路線図に驚いた。(島)一周線、北支線、北丸山線、横内線、南支線、亀池線、西支線の7路線が島内のさとうきび畑を走っていたのだ。島はさとうきびで生きてきたのだ。

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 17:30頃、民宿金城にもどる。シャワーを浴び、富士食堂で夜ご飯。大東そばバイキングを注文する。大東そばは600円だが、200円をプラスした大東そばバイキングでは好きな料理をトッピングできる。つまり200円プラスすれば、量を3倍くらいにできてしまうのだ。ちょっと不思議なメニューだ。

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 Nさんと今日飛行機で着いたというKさんとロビーでビールや酒を飲みながら旅の話をする。2人とも部類の旅好きで、話題には事欠かない。深夜まで話し込んでしまった。
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