FC2ブログ

日本細見紀行 

日本各地の旅日記
2018年10月 ≪  123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫ 2018年12月
TOPスポンサー広告 ≫ 進化したゲゲゲの町。すごいぞ、境港!TOP鳥取 ≫ 進化したゲゲゲの町。すごいぞ、境港!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments(-) | Trackbacks(-)

進化したゲゲゲの町。すごいぞ、境港!

2日目  2015年4月23日  米子  境港  島後(隠岐の島町)

 ぐっすり寝てしまった。目が覚めたのは8:30過ぎだった。9:15にチェックアウト。

 米子駅周辺を少し歩いてみた。つまらない。飲み屋は20軒ほどあるもののカフェもレストランもない。コンビニは駅ビルに1軒あるだけだった。駅前から東北のほうに伸びる広い通りを歩いてみた。

CIMG6982.jpg

 1kmほど歩いたところに国道9号線との交差点があった。反対側に寺があった。左に折れ少し歩くと湊山公園の案内標識があった。奥のほうに樹木が茂った高台があり、上のほうには石垣が見えた。湊山公園のなかにある米子城址のようだ。米子城にあるのは城址だけで、城そのものは残されていない。

CIMG6985.jpg

 国道9号線を北に歩いていく。左手に地味な米子市立山陰博物館があった。博物館という感じではない。単なる古い建物を博物館として使っているだけなのかもしれない。なかには入らずに、そのまま少し行ったところの右手に「米子ほんどおり」というアーケードがあった。商店街のなかは暗く店は一軒も開いていなかったが、シャッター商店街というわけではなさそうだ。店は10:00頃に開くのだろう。

CIMG6987.jpg

CIMG6991.jpg

 その先に旧加茂川があった。ここから中海にでる遊覧船があるらしいのだが、にわかには信じがたい。川があまりに狭く小さいからだ。家々の玄関は川側にあるらしく1軒ごとに橋が架かっている。橋を渡らなければ、家への出入りができないようだ。その橋の数が多いため、川のかなりの部分は隠されている。

CIMG6993.jpg

CIMG6995.jpg

 旧加茂川に沿って歩いてみた。何もなさそうな米子であるが、まったく何もないわけではない。旧加茂川の周辺に蔵のある家は3軒ほどあった。古くなったことがいいと感じさせる家もあった。朽ち果て気味の家も少しあった。白壁もあった。小規模な飲み屋街もあるにはあった。「笑い通り」という名の通りに何かの特徴があったわけではない。大体はそんなところである。しかし観光地というわけにはいかない。

CIMG6996.jpg

CIMG6999.jpg

CIMG7000.jpg

CIMG7006.jpg

CIMG7013.jpg

CIMG7014.jpg

CIMG7018.jpg

 道を尋ねながら、寺が並んでいるという通りに向かう。尋ねられた人たちは一様に「そこは寺町通りだ」と言った。400mの距離に瑞泉寺、安国寺、妙興寺など9つの寺が並んでいるエリアだ。寺町通りは普通の住宅街の通りだった。参道ではない、極めて平凡な通り。それぞれの寺に境内はあった。進入禁止の標識を入り口において、まだ開いていないことを案内している横着な寺もあった。8番目の心光寺は近代的で斬新な建物だった。そこだけは庭を清掃している人たちがいた。新興宗教のような気配がしないでもなかった。

CIMG7025.jpg

CIMG7027.jpg

 米子駅にもどらずに、寺町通りから20分ほどの距離にある後藤駅まで歩くことにした。地図ではこちらのほうが少し近い。

 何か食べたかったので、駅の手前の大きなスーパーで、巻き寿司を買ってきた。無人駅舎のなかのベンチで朝ご飯。

CIMG7031.jpg

 ホームのベンチにゲゲゲの鬼太郎のねこ娘が描かれていた。妖怪たちがJR境線の各駅のキャラクターになっている。たとえば、後藤駅は「どろたぼう」である。ホームにある、両隣の駅名を表示してある案内板(妖怪駅名板)にその画があった。

CIMG7032.jpg

【どろたぼう】
 北陸地方で、泥田の中から現れ「田を返せ」と叫ぶ妖怪。精魂こめて残した田が子供の代で人手に渡ってしまったのが 残念で、妖怪になってあらわられるという。

CIMG7034.jpg

 10:46発の境港行きの気動車に乗った。やってきたのはねずみ男列車だった。JR境線には鬼太郎、ねこ娘、ねずみ男、目玉おやじ、小泣き爺、砂かけ婆のペイントを施した気動車が運行されている。列車内の天井、シートの背もたれ、トイレを囲う壁にねずみ男がプリントされていた。

CIMG7037.jpg

CIMG7038.jpg

CIMG7039.jpg

 車内のアナウンスは以下のように統一されている。
 「次は弓ヶ浜、弓ヶ浜です」(鬼太郎の声優によるアナウンス)。
 「妖怪名(?)は砂かけ婆です」(ねこ娘の声優によるアナウンス)
 このあとは普通の声で「運賃は運賃表でお確かめ・・・・・」と続く。鬼太郎とねこ娘の声のアナウンスを聞いているだけでけっこう楽しめた。

 後藤駅に券売機がなかったので、切符は車内の改札で買った。終点境港駅から4つ手前の高松町駅で下車した。

 高松町駅はすねこすり駅でもある。ちなみに境港駅から3つ手前は余子駅=こなきじじい駅、2つ手前は上道駅=一反木綿駅、1つ手前は馬場崎町駅=キジムナー駅。そして境港駅は鬼太郎駅だ。

CIMG7043.jpg

 高松町駅の周囲にはいくつかの家がぽつんぽつんとあるだけだった。細い道を海のほうに歩いていくと徐々に家が増えていった。15分ほど歩くと米子と境港を結ぶ大きな道路に出た。道路を渡りさらに東に歩いた。

 港の近くの、だだっ広い場所に大きな海鮮食堂が2、3軒あったが、流行っている感じではなかった。

 夢みなと公園には境港さかなセンターと夢みなとタワーがあった。高松町駅からは約2km、徒歩30分の距離である。境港さかなセンターではいろいろな魚介類が売られていたが、売り物のメインはタラバ蟹だ。客が1人もいなかったことので、「買って」という声が私に集中した。早くその場を抜けようと意識してしまったので、ゆっくり見ることができなかった。

CIMG7051.jpg

CIMG7053.jpg

 隣の建物が夢みなとタワーだ。なかで境港の地図をもらった。建物のなかにはみなと街商店街があった。小さい店が広くないスペースに固まって出店していた。土産物が中心だった。鬼太郎グッズは圧倒的な存在感だった。キティとコラボさせた人形もあった。

CIMG7060.jpg

CIMG7064.jpg

 妖怪川柳コンテストがあったことを知った。8,335句が集まったそうだ。素晴らしい句があった。

 壁ドンを されてぬりかべ むち打ち症        中華やまめ(男性)/神奈川県横浜市
 和室減り 座敷童子(ざしきわらし)も 部屋探し   やまねこ(女性)/愛知県一宮市

CIMG7059.jpg

 境港市内の交通機関をまったく調べてきていなかった。バス路線をまったく知らなかった。夢みなとタワーに向かっている途中の、高松町から徒歩1kmの地点で交差した境港と米子を結ぶ通りの周辺ではバス停を探してみたのだが、それらしきものはなかった。一方で、この種の施設は無料送迎バスなどがあるだろうと高を括っていた。夢みなとタワーの入り口前に1日16本運行されている「はまるーぷバス」のバス停があった。右回り8本、左回り8本のどちらも境港駅には行くようだ。

CIMG7056.jpg

 12:07発の左回りのバスに乗った。運賃は100円だった。境港駅到着は40分後の12:47らしい。それだけ市内をぐるぐる回るということだった。

 途中、境水道大橋が見えた。12:50前に境港駅に着いた。ゲゲゲの鬼太郎の聖地である。駅前にみなとさかい交流館ができていた。

 水木しげるロードを東のほうに歩いてみた。1998年5月に初めて来たとき、すでに妖怪のブロンズ像はあった。その頃いくつあったのかはわからないが、今では139体あるそうだ。

CIMG7067.jpg

CIMG7068.jpg




IMG_0024.jpg

 ↑上の写真は1998年5月撮影

IMG_0028.jpg

 ↑上の写真は1998年5月撮影



 公園には目玉おやじの街灯がある。目玉おやじはタクシーの天井にもいる。境港駅前交番は鬼太郎交番である。

CIMG7070.jpg

CIMG7124.jpg
 
 途中、左に曲がり、水木しげるロードの2つ北にある海岸通りを歩いてみた(AKB48の♪ギンガム・チェック♪に「海岸通り バイト先まで」を思い出した)。ゲゲゲの鬼太郎の音楽が流れていた鬼太郎妖怪倉庫があった。看板に「第二章始まる」とあった。リニューアルした模様で、アミューズメントスペースとして生まれ変わったそうである。入ってみた。

 真っ暗ななかを進むと妖怪たちが現れる。そんなスペースである。現われ方がやや意表を突く感じで、楽しいお化け屋敷でもある。広くないので10分もあれば抜けてしまう。あらかじめもらった札は、なかにある3ヶ所で印を押せば開運の札になるということで、私もやってみた。それは今、財布のなかにある。「無事帰ってくることができれば、この開運の札を肌身離さず持っておるのじゃぞ」と書かれてあったから。

CIMG7071.jpg

CIMG7079.jpg

CIMG7081.jpg

CIMG7085.jpg

 水木しげるロードにもどり、東のほうに歩いていく。鬼太郎関係の店が圧倒的に増えている。1998年5月はまだ地味なものだった。鬼太郎グッズを売る店はほとんどなかった。鬼太郎のラベルを貼ったワインを買って帰ったが、鬼太郎のラベルが入った商品はまだわずかだった。

 水木しげる記念館に入ってみた。妖怪洞窟、妖怪ひろばなどがあり、それぞれビジュアル的な工夫を凝らしたものになっていた。それらの部屋では撮影は禁止されていた。水木しげるの仕事場を再現した部屋があり、ねぼけ人生の間と称した部屋では水木しげるの半生が語られていた。

 一番おもしろかったのは実際の漫画が飾られていた部屋である。少年マガジンなどの漫画雑誌もあった。ゲゲゲの鬼太郎が少年マガジンに掲載されていたという記憶がない。もし掲載されていたとしても、「巨人の星」「あしたのジョー」という2枚看板の脇役だったのだろう。「無用の介」という渋めの漫画もあったことを覚えている。

 墓場の鬼太郎の画があった。鬼太郎の原型に当たる漫画である。これは一度、深夜のテレビで放映されたのを観たことがある。初期の鬼太郎はどろどろした感じで気味悪かった。

CIMG7101.jpg

CIMG7102.jpg

CIMG7103.jpg

CIMG7110.jpg

CIMG7112.jpg

 水木しげる記念館を出たところで、ねこ娘がふらふらと歩いていた。写真を撮らせてもらった。

CIMG7096.jpg

 漫画のゲゲゲの鬼太郎で、ねこ娘が登場したシーンを覚えている。ねこ娘は背の高い美人の女の子だった。ある日、鬼太郎は小学校に弁当を持っていった。弁当を食べる時間になって、隣に座っていたその女の子はいきなり鬼太郎(の弁当)を襲ったのだ。鬼太郎の弁当には死んだねずみが入っていたのだ。鬼太郎はみんなの前でそれを食べることを恥ずかしがり弁当を隠すようにしていたが、女の子がそれを見つけ、飛びついたのだった。女の子はそのあと、鬼太郎に「ときどきねこになるのよ」と打ち明ける。「弁当にねずみを入れてきた鬼太郎さんが悪いのよ」。これがねこ娘誕生の秘話である、と断言したいのだが、そうであったかどうかの確信は持てない。そのあとのことはまったく覚えていない。

 TVアニメで、ねこ娘とねずみ男がしょっちゅう喧嘩をしているのは、単にねことねずみの関係だということを観ている人の多くは知らないのではないだろうか。

 駅の近くで、ねずみ男がベンチに座っていた。近づいていったら、立ち上がった。ねずみ男はベンチに寝そべっているほうがそれらしいのだけれど。もちろん写真を撮らせてもらった。

CIMG7117.jpg

 境港はおもしろすぎる。

 この町で、ねこ娘とねずみ男が遭遇し喧嘩でも始めれば・・・・それこそ境港はあまりに鬼太郎的にはまっていると言っていいだろう。

 100人ぐらいの中国人の団体が歩いていた。今、中国人はここまでやってくる。後藤駅から乗ったねずみ男列車のなかでは、韓国語が聞こえていた。彼らは妖怪の案内板の写真を撮っていた。水木しげる記念館のなかには韓国語の翻訳も展示されていた。

 境港をゲゲゲの町にする、と最初に言い出した人はどんな人なのだろう。何を言っているのだ、そんなものがうまくいくはずがない。おそらくそんな集中砲火を浴びたはずだ。しかしその企業家精神と先見の明には頭が下がる。境港の長期的な戦略は見事なものだった。17年ぶりにやってきた私が見たものは、鬼太郎とともに成長した街の姿だった。境港がゲゲゲの鬼太郎を育てていた。

 山谷(東京都台東区)のいろは会商店街が「あしたのジョー」、立石(東京都葛飾区)は「キャプテン翼」で売り出している。いろは商店街には申し訳ないが、矢吹丈、力石徹、白木葉子、青山まもる、カーロス・リベラ、ホセ・メンドーサなどの画の旗をアーケードのなかに立てるだけではどうにもならない。立石では大空翼の銅像を見つけるのに時間を要した。行ったことはないが、同じ鳥取県内のJR山陰本線由良駅(鳥取駅と米子駅の中間ぐらいにある)から日本海のほうに歩いていくと青山剛昌ふるさと館があるらしい。「名探偵コナン」の作者である。海のほうに向かう通りはコナン通りで、途中にある橋はコナン橋というそうである。ふるさと館には、コナン探偵社が併設されているらしく、国内で唯一のコナンキャラクターグッズを販売しているらしい。おそらく第二の境港を狙ったのだろう。今後の展開はまだ読めない。

 時間の許す限り、土産物店を回ってみた。「妖怪ウオッチ」に出てくる妖怪グッズを売っている店はなかった。「ようかい体操第一」に関連するものも見ることはできなかった。境港は「ゲゲゲの鬼太郎」オンリーで、浮気をしていなかった。しかし昨日のブログにも書いたが、2009年にテレビ放映が終了した「ゲゲゲの鬼太郎」第5シリーズからすでに6年経っている。幼稚園児たちは「妖怪ウオッチ」にはまっている。ユーチューブでは女の子たちが「妖怪体操第一」を踊っている。実際そのダンス=体操はおもしろい。境港のためにもアニメの第6シリーズが待たれる。

CIMG7093.jpg

CIMG7127.jpg

CIMG7119.jpg

CIMG7097.jpg

 14:00過ぎにみなとさかい交流館にもどり、隠岐の島行きのチケットを買った。3,240円。

 14:25にフェリーしらしまは出航した。デッキに出てみた。誰もいなかった。出航して5分ほどでフェリーしらしまは境水道大橋を渡った。

 境港市昭和町と松江市美保関町森山を結ぶ橋だ。以前はこの橋の下を渡船が渡っていた。この橋が急こう配で、相当なベタ踏み坂であることを17年前に私は経験していた。私がそのことを思い出したのは、2014年のダイハツCM「ベタ踏み坂」(豊川悦司、綾野剛を起用)であるが、それについては<ダイハツCM。《ベタ踏み坂》と♪美しい人よ♪>で書いた。

CIMG7141.jpg

CIMG7146.jpg

 隠岐は島後と呼ばれる隠岐の島町、島前と呼ばれる西ノ島町、海士(あま)町、知夫(ちぶ)村に分かれる。小さい島はいくつもあるが、大きな島はこの4島である。17:00過ぎにフェリーしらしまは西ノ島町の別府港に入った。境港からここまで2時間40分かかっている。乗船したときから2等の桟敷席で十分な居場所を確保できていたが、別府港で多くの人が降りたあと、乗客は3分の1以下になった。17:15に別府港を出航した。
 
 フェリーしらしまが隠岐の島町の西郷港に着いたのは、境港で乗船してから4時間5分後だった。

CIMG7132.jpg

CIMG7150.jpg

 フェリーターミナル近くのポートプラザにある観光案内所は開いていた。これは奇跡と言っていい。18:30過ぎに開いている観光案内所を他に知らない。集落地図、隠岐島後“おたすけ”MAP、隠岐一畑バス・町営バス運行路線図、隠岐一畑交通株式会社運行時刻表、隠岐の島町内略図をもらった。営業所と書かれていたバスの発車場所も教えてもらった。2、3日前グーグルマップで何度確認してもわからなかったことがこの4つの資料ですべてわかった。とくに集落地図は完璧だった。島内の主な集落を細部に渡って表していた。明日の午前中に行こうとしていたところに何とか行けることがわかった。裏を取れた、というべきかもしれない。

 予約してある宿泊先に向かった。海に面した広い道を10分ちょっと歩いて民宿喜兵衛(きへえ)に着いた。かなり歩くよと言ってくれた人がいて、きれいな花壇の家を過ぎるとすぐに見つかると言ってくれた人がいた。

 隠岐の島を少し歩いてみて、思った以上に食堂がなかった。素泊まりではなく夕食付きで予約しなかったことを少し後悔した。チェックインしたあと外に出た。隠岐の島町内略図にコンビニが1軒載っていた。そこに向けて歩いてみた。船溜まりを見てトンネルを抜け15分ほど歩いたところに中華料理屋があったので入った。広東麺を食べたが、うまいとはいえなかった。すぐ近くにあるはずのコンビニを見つけることはできなかった。隠岐一畑バスの営業所があったので寄ってみた。20:30頃、民宿喜兵衛にもどった。

CIMG7154.jpg

CIMG7159.jpg

CIMG7160.jpg

 まさかの出来事が待っていた。
スポンサーサイト

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。