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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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小田原、西天下茶屋からマニラへ

1日目 2013年11月3日  小田原 湊町 西天下茶屋 天下茶屋 北天下茶屋 萩ノ茶屋 新今宮 関西国際空港 マニラ

 昨夜の20:15に小田原を発車したバスがOCATに着いたのは6:15頃だ。6:30に開いたマクドナルドで朝食を取る。

 昨夜の小田原駅前はほんの少しだけパンクな感じがしないでもなかった。駅前でペルーの楽器を弾きながら、民芸品を販売している男がいた。日本人だ。音色は物悲しく駅前に響いていた。遠目からしばらく見ていたが、誰ひとり足を止める人はいなかった。だから民芸品は売れていない。しかしそんなことにはおかまいなく演奏は続き、止むことはなかった。
 
 駅前の地下商店街の店は一軒も開いていない。19:30過ぎだから開いていないのでないだろう。おそらく空き店舗だ。駅を利用する人たちも地下には降りない。がらんどうの地下では3組の若者たちがそれぞれ勝手に音楽を流しヒップホップ系のダンスの練習をしていた。地下街は広く、3組で述べ7、8人の若者では占領というにはほど遠い。荒れてはいないが、荒れたふうな雰囲気を少し醸し出す若者たちに近づきたくないから、近づかないのではないだろう。単に地下街が空洞になっているから人が寄らないだけだ。シェルターと雨宿りには使える。
 
 駅前から2、3方向に散る通りには飲み屋に出入りする人たちがいる。こちらのほうも賑わってはいないが、帰宅する人を含め、人通りがなくはない。2013年の日本のどこにでもある姿は小田原を例外とはしていない。

 6:30に開いた大阪・湊町のマクドナルドはすぐに満席になった。その一角にタバコを吸っているちょっと浮浪者風の男がいた。タバコを吸い終わったあと、男はうつ伏せになって寝たふりをした。壁のコンセントを発見したのは私のほうが早かったと思うが、先にコンセントにスマホをつなげたのは若い女だった。店員はこの2つのことに気づいたはずだが、なぜか男のタバコには注意をせずに、女にだけ、コンセントにつなぐのは止めてほしいと言った。浮浪者風の男はタバコを吸ったあと、うつ伏せになって寝たふりをしたままだ。

 大阪のマクドナルドにはほんの少し壊れ気味の日本があった。しかしこれから行く場所はフィリピンだ。こんなところで立ち止まりたくはないのだが、ひさしぶりなので、もう少しだけ大阪について書いてみる。

 マクドナルドでポケットWIFIからネットに接続する。やらなければならないことがいくつかあった。まず今夜のマニラのホテルを予約する。エルミタのホテルが高いことはわかっている。それ以外の地域はホテルが散りすぎている。エクスペディアで、マカティのエクセル・インを予約する。2,676円。
 
 明日からのルートを考えなければいけないのだが、ミンドロ島からコロンまでの船便が1日1便あることがわかる。これで明日の予定が決まった。コロンを検索すると、ほとんどがレイテ沖海戦関係のものだった。そういう場所なのだ。

 来年の2月にフィリピンに行こうと思っていたが、11月に繰り上げた。それでも行くかどうか迷っていて、航空券を取ったのは10月31日だった。慌てて決めたので準備不足は否めない。その後遺症はある。紙を1枚も持ってきていなかった。マクドナルドのレシートの裏に今夜のホテルをメモする。ノートを持ってくるのも忘れている。そしてリュックのなかに「地球の歩き方」(以下、「歩き方」と略す)のラオス編があった。旅の準備をしているさなかに、ちょっとラオスのことを調べる必要が生じ、そのときリュックに入れたらしい。フィリピン編は持ってきているので問題はないが、相当なうかつさである。

 8:00過ぎにマクドナルドを出ると雨が降り始めた。どうしようかと迷ったが、西のほうに歩く。10分ほど歩き南海電鉄汐見橋線(正式名は高野線)の汐見橋駅に着く。途中で元遊郭らしい建物を見つけた。前に来たのは2009年4月だが、阪神電鉄が難波に乗入れた直後だったように思う。その頃と比較すると、汐見橋駅は多少の工事はしたようで駅舎の外観はほんの少し異なる。内側も切符売り場周辺を多少いじったようだが、レトロさは変わらない。

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 汐見橋から西九条のほうに歩いてもいいが、小雨だとはいえ濡れるのは嫌だ。汐見橋線に乗ってみる。この路線は大阪環状線の内側に入り込んでいるのもかかわらず、忘れ去られた路線だ。南海電鉄がこの路線の開発を放棄しているに等しく、大阪市民の古くからの要望であった近鉄と阪神の乗り入れが実現し、阪神電鉄桜川駅が汐見橋駅の乗換駅として誕生したというのに、閑散とした雰囲気を消すことはできない。路面電車の阪堺線と並んで、大阪市内のローカル線である。寂れていた湊町駅を蘇らせたJRとは対照的だと以前から思っていたが、今となってみれば、開発資金を難波周辺に集中させた南海電鉄は正しかったのかもしれない。

 30分に1本の電車に乗ってみる。津守駅で降りることもできたが、西天下茶屋駅まで行ってみる。津守駅の東にはレトロな津守商店街があり、さらにその東には一部だけレトロな鶴見橋商店街がある。西には落合上渡船場がある。大阪には8つの無料渡船が残っており、橋下市政の下で廃止になると思っているが、今のところ健在である。8つの渡船に乗ったのは2005年だが、その途中、中山製鋼所の脇を通った。一般道から間近に工場の配管などが見られるので工場萌えの人たちには貴重な場所なのだろう。その中山製鋼所もその後倒産の危機が囁かれ、今年、私的整理が決定した。

 最後に西天下茶屋駅に来たのは2009年だ。駅舎はまったく変わっていない。西天下茶屋商店街を南に抜けていく。閉じられた幾つかのシャッターに、空き店舗の張り紙があった。活気がなくなった気もするが、以前もこんな感じだったかもしれない。この商店街の道は狭く、途中ジグザグに道が折れ曲がるところがあり、段々奥に入っていく感じがする。通りの狭さからいうと、東京の三ノ輪橋商店街のような雰囲気なのだが、活気はまるで異なる。

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 商店街を抜け、西に折れたところにある大黒湯は相変わらず閉じられたままだった。外観は2009年当時と変わっていない。その近くに、7,8メートルの間に扉が6つある家を見つけた。2010年に見に行った尼崎のかんなみ新地(地図では神田南)がこのような間口だった。東に歩いていくと、天下茶屋駅である。

 駅の東側の天下茶屋駅前商店街を抜ける。途中、阪神タイガースの看板がかかったお店はあいかわらずあった。そこを突き抜け、天下茶屋商店街に入る。この商店街はレトロで、すぐにでも映画のセットに使えそうな感じだ。2011年にはここから阪堺線に乗って戎橋まで出たが、今日は天下茶屋駅にもどる。

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 南海電鉄の天下茶屋駅で難波行きの普通電車に乗り、萩ノ茶屋駅で降りる。南海本線の全列車、高野線の普通以外の列車は萩ノ茶屋駅に止まらないので、これだけ都心にある駅でも、頻発しているとは言いにくい。

 萩ノ茶屋駅周辺にまったく活気がないように感じるのは、きっと今日が曇り空だからだろう。私はバスのなかであまり寝ていない上に、リュックとショルダーバッグを担ぎ歩いている。つまりかなりの疲労感を感じている。駅の西側を少し歩き、東に向かう商店街に入っていく。昼前なのでまだ人出は少ないが、いるところに人はいる。人気のある一杯飲み屋にはいる。途中に「いらっしゃい お帰り 釜ヶ崎」という広告看板があったが、釜ヶ崎という地名は存在しない。現在は、通称「あいりん地区」だ。つまらない名前だ。いいじゃないか、釜ヶ崎で。

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 天下茶屋駅までもどらずに、北に向かって歩く。釜ヶ崎あいりん地区に入っていく。真冬に来れば、三角公園では焚き火を囲む日雇い労働者(働くあてがない労働者)が溜まっている。公園のなかには街頭テレビが設置されて、それを見る人も寒々としているが、今日は何も感じない。昔、この三角公園の横を南海電鉄天下茶屋線が通っていた。汐見橋線と並ぶ都会のローカル線だったが、とっくの昔に廃線になっているが、鉄道跡の痕跡はある。

 新今宮まで、釜ヶ崎をじぐざぐに歩いてみる。友人が西成警察署近くにあるアートな看板を写真に撮り、ネットにアップしていたが、歩いていて偶然それを見つけた。

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 今日の私は釜ヶ崎に溶け込んでいる。理由は、サンダル履きで来ているからだ。自宅から小田原、OCAT、萩ノ茶屋駅までサンダル履きの人にはひとりも出会っていない。私はサンダル履きを気にしていたので、ときどきはそういう人がいないかを確認していた。萩ノ茶屋駅を出てから、素足にサンダル履きを10人ほど見かけた。サンダルを履いてリュックをしょってショルダーバッグを肩にかけ、人生に疲れてこの地に舞い込んだ新参者みたいだ。

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 以前、真冬の三角公園の浮浪者のなかを横切ったとき、誰ひとり私に目を合わすことなく、私の周りから人が引いていったことを考えると、今日は誰にも何も感じられてない気がする。街の異物質でない自分。それでも写真を撮るには最新の注意が必要だ。だからといってこの地域だけ、撮る写真の枚数が少なくなっているわけではない。
 
 いつものことであるが、釜ヶ崎散歩の締めは社会福祉事務所だ。1階は行き場のない浮浪者が溜まっている。2階にも溜まっている。
 
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 新今宮駅から関西国際空港に向かう。時間があるので、まだ鶴橋ぐらいは行けそうだし、関西国際空港までの途中にある住吉、浜寺公園、泉佐野に降りてもおもしろいのだが、リュックが重い。そのまま乗って空港に着いたのが13:00過ぎだ。昨日ジェットスターからメールが入り、出発時刻が10分早くなっているとはいえ、16:45発までまだ3時間半以上ある。

 チェックインと10,000円分の両替を済ませ、出国審査を通る。ネットにつなぎ適当に時間をつぶす。

 3K764便は定刻より20分早い20:00にマニラ空港に着いた。エアポートタクシーの乗り場で、ホテルの場所を告げるが、カウンターでの支払いをしていない。これはよいのか悪いのかわからない。料金が少し高くても一度払ってしまえば必ず目的地まで連れて行ってもらえるエアポートタクシーは使い方によっては便利なものだった。私がよく利用する、一般には名前が知られていない安ホテルをタクシードライバーが知っているとは思えない。今朝予約したエクセル・インはエクスペデイアのマニラのホテルのなかで下から3番目に安いホテルだ。ホテルはマカティの中心街からかなり離れた場所にあった。

 ドライバーは気安そうな感じだったが、やはり場所を知らなかった。途中、マカティにいる友だちに電話をかけたようが、電話の相手はホテルを知らなかった。もっと情報はないのかと言ってくるので、仕方なくパソコンを立ち上げ、メールで届いていたホテル情報をドライバーに見せた。そうしたからといって、何かがかわったわけではない。湊町のマクドナルドでメモした電話番号と住所は乗ったときに伝えている。もしかしたら、そんなホテルはあるのかと疑っていたのかもしれないドライバーの猜疑心を封じただけだ。
 
 途中、3、4人ほどに道を尋ねホテルに着いたときの料金は、約12キロで、メーターの数字は660ペソである。しかも1000ペソを出すとお釣りを寄こそうとしない。チップだと言う。多少の押し問答があったが、お釣りはもどされた。おかしいのはタクシーメーターの数字の上がるスピードだ。恐ろしいスピードで料金が上がっていった。距離が2倍にカウントされるメーターをコーチン(インド)で見たことはあるが、メーターの数字の金額を払うことになるのだからどうしようもない。これなら交渉して乗ったほうがましだ。

 ホテルは通りから少し入った住宅街の寂しい場所にあった。おそらく1人用のアパートを改装したものだ。部屋の入り口のほうに炊事場があり、奥のほうに部屋があった。少しでもマーケティングをしているのなら、ここに最初からホテルを建てないだろう。

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 チェックイン後、タクシーが走ってきた通りに出てみる。少し離れたところにマクドナルドらしい電飾看板が見えたので歩いてみる。周辺にレストランらしきものはないので、ここで夜ご飯とする。

この記事は「アジアンカフェをよろしく!」(海外の旅日記)のカテゴリー「フィリピン」にも掲載しています。
http://asiancafe3232.blog.fc2.com/blog-category-5.html#entry99 

この旅日記の続きは「アジアンカフェをよろしく!」の「2日目 2013年11月4日 ミンドロ島、南下できず」にお進み下さい。
http://asiancafe3232.blog.fc2.com/blog-category-5.html#entry100
 
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