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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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ダイハツCM。《ベタ踏み坂》と♪美しい人よ♪。

1998年5月 境港の境水道大橋と江島大橋 / 2003年7月 明科駅まで歩く

 ダイハツの車には乗ったことがないが、CMはなかなかいいと思う。

 まず「タントカスタム」の《ベタ踏み坂》。豊川悦司と綾野剛が車で登る坂である。CGは使われていないが、なかなかの迫力である。あの急勾配は境港に架かる橋かもしれないと思い、調べてみた。私がその橋を渡ったのは1998年5月2日だが、CMの《ベタ踏み橋》は新しい橋のようで、私が渡った橋とは異なる可能性は高いとは思っていた。

IMG_0024.jpg

 神奈川から車の運転をしてきて3日目のことだ。早朝、米子のホテルを出て、境港に向かった。鬼太郎の町を歩き、そのあと松江に向かって運転していたとき、突然、急勾配の橋が現れた。「えっ、この急勾配を登るのか、大丈夫か」と思ったことを覚えている。この橋は、私が車で渡った橋のなかで、おそらく勾配が最も急な橋である。そのとき、アクセル・ベタ踏みで渡ったと記憶しているが、今回のダイハツCMの《ベタ踏み坂》でなかった。そのとき私の車はトヨタだった。

 その橋の名称は、境水道大橋。松江市美保関町森山と境港市昭和町を結ぶ橋だ。
 
 驚いたことに、CMの《ベタ踏み坂》は、私が車で渡った境水道大橋のすぐ近くにあった。《ベタ踏み坂》の橋は江島大橋という名称である。こちらは松江市八束町江島と境港市渡町を結ぶ橋で、橋の名称になっている江島は、ラムサール条約に登録されている中海に浮かぶ島の名である。

 境港の中心街から松江の中心街に向かう場合、境水道大橋を通ると、中海の北側を西に走ることになるので遠回りになる。江島大橋を通過する場合は、まっすぐ西に向かうのでこちらのほうが近い。境港は鳥取県、松江は島根県である(ついでに書いておくと、「萩・津和野」の萩は山口県で津和野は島根県、「伊豆・箱根」の伊豆は静岡県で箱根は神奈川県である)。

 島根県には、他に宍道湖大橋や浜田マリン大橋があるが、境水道大橋と江島大橋はともに島根県、鳥取県を代表する橋である。2つの橋が同じ自治体を結ぶ橋として架けられたのは、たまたまそうなっただけと解釈できる。境水道大橋は最初、鳥取県境港市と島根県美保関町を結ぶ橋として、江島大橋は鳥取県境港市と島根県八束町を結ぶ橋として完成した。しかし、2005年美保関町と八束町は他の5町村とともに松江市と合併する。当然、松江市の名称が残り、松江市に吸収されたようになる。それが、境港市と松江市を結ぶ橋が2本登場した理由である。

 橋に歴史があった。人に歌があるように。

 1972年、境水道大橋が建設される前の境水道には渡船が運航されていた。境港市相生町の相生町岸壁と松江市美保関町の宇井岸壁の間を行き来していた。距離は500~600mぐらいだろう。最初は車載の船が動いていたらしいが、橋の完成後は客の輸送だけになってしまった。その旅客の輸送も2007年3月で廃止となり、今、このルートを公共交通機関で行こうとするとコミュニティバスに乗るしかなくなった。橋は境港市内の東側にかかっているので、かなり大回りをすることになる。CMをきっかけに調べてみるまで、この渡船については知らなかった。日本全国の至るところにこういう場所はあったはずだ。昨日あったものが、明日もあるとは限らない。旅は早い者勝ちだということをあらためて認識させられた。

 CMの江島大橋が完成したのは2004年(松江市との合併の前年)である。もともとこのルートには中浦水門があった。この水門の上には道路橋が作られていた。水門の上に作られたのだから、もちろん「ベタ踏み坂」のような急こう配の坂ではなく、平坦な橋である。中浦水門には、10門の二段式ローラーゲート(水を流す扉が2段に分かれている)と中央部の3つの閘門(こうもん・ロック)がある。閘門は水位の異なる運河や川で船を上下させる装置である。日本各地にあるので、とくに珍しいわけではない。
 
 中浦水門は、農地の造成と農業用水確保を目的として中海を淡水化するという計画のもとに作られた。しかし淡水化は延期され、淡水化とセットになっていた大規模干拓事業も中止になり、中浦水門は何の役にも立たなくなった。近くに《ベタ踏み坂》の江島大橋が架けられ、中浦水門は撤去されてしまった。膨大な公共事業費は何の役にも立たなかった。投下資金の費用対効果の計算の甘さというレベルではない。投下された金額をここでは書かないが、完ぺきな失敗といっていいだろう。ここでも住民を二分する、賛成か反対かの大議論が起こっていたのかもしれない。それは私の知らないことではあるが、開発の際の、日本のどこにでもあることだ。

 もう1つのダイハツCMは、「くらしのなかの真ん中で 夫と海」である。

 福祉車両のCMだ。出演者はマイク眞木、りりィ、中村ゆり。風景はどこかの海とどこかの家。場所はわからないが、それはどうでもいい。しかし音楽は無視できない。

 CMで流れている曲は、大貫妙子の「美しい人よ」である。流れているのは演奏だけで、歌詞はついていないから、原曲の「LA VIOLETERA」が流れているというべきだろう。これは1923年にスペインで作られた曲である。作詞はEDUARDO MONTESINOS LOPEZ、作曲はJOSE PADILLA SANCHES。

 この歌は、チャプリンの「街の灯り」で使われていたらしいのだが、私がそのことを知ったのはJR東日本のCMである。そのCMでは大貫妙子の歌が流れていた。CMで何度も聴いた。この記事を書くためにインターネットで調べ直してみたが、そのCM映像は出てこなかった。いつからいつまでそのCMが流れていたのかも判明しない。

 ~♪♪ 美しい人よ ♪♪ 日本語作詞 大貫妙子

 雲が流れる 高い空
 どこか遠くを 歩きたい
 なくしてた 心を求め 
 幸せを 歌いたい

 風薫る町で あなたの瞳に
 めぐり会った時
 手をさしのべれば
 胸は躍る

 花咲く小道の 美しい人よ
 この腕の中に 
 そっと抱き寄せて
 恋におちる

   ♪(続く)♪

 女性的な歌だ。それ以上に、最高の、旅の歌だろう。

 その頃、安曇野が好きで何度か出かけていた。1994年10月30日に車山に登った(頂上近くまで車で行ける)ときに、豊科駅と穂高駅(ともに大糸線)に寄った。どちらの駅だったのかを忘れてしまったが、どちらかの駅の待合室に置かれていたテレビで、JR東日本のそのCMが繰り返し流されていた。そのときの写真のなかの、豊科駅に立てかけられた旗に「秋色信州 東京からイチバン近いナチュラルリゾート 秋の信州キャンペーン 1994.10.1.SAT―11.30.WED」とあることを考えると、豊科駅の可能性が高い。

 CMには“駅の近くの蕎麦屋”が映し出されていた。今となっては、それも確かな記憶ではない。「たぶん、おそらく“駅の近くの蕎麦屋”だったような」という程度のあいまいさである。豊科駅で、ロケ地がどこなのかを尋ねていればよかったのだが、できなかった。その頃、CMのロケ地を巡るといった種類の旅はなかった。もちろん全然なかったのかと言われると、そういうわけではないだろう。おそらくそういうことをしていた人はいただろう。しかし相当な変わり者として見られたことは確かである。

 何かのきっかけでそれがどうやら明科駅(篠ノ井線)近くの蕎麦屋であることを知ったのはずっとあとのことだ。その場所の近くまで行くのに、2003年の7月末まで待たなければならない。   

 そのときは、3日間信州を旅した。中綱湖のある簗場から大糸線に乗り穂高駅で降りる。穂高には以前、研成義塾を創った井口喜源治記念館があったが、ガイドブックには載らなくなってしまった。代わって登場したのが臼井吉見文学館だ。私は小説「安曇野」のあまりの長さに、三巻目ぐらいで放り投げてしまった。碌山美術館と大王わさび農場というお決まりの場所に寄る。わさび農場内の清流には、黒澤明の「夢」に出てきた水車がある。水路はいくつも引かれていてわさび栽培のうつくしい風景を見せてくれる。

DSCF0039.jpg

DSCF0031.jpg

 わさび農場から明科駅まで歩いてみることにする。穂高駅から梓橋駅までの大糸線は篠ノ井線とほぼ並行に走っている。その距離は直線で3~4kmだ。わさび農場の奥のほうから犀川を渡る橋はない。農場の出入口にもどるしかない。せっかくだから穂高川のほとりの早春賦にも寄ってみた。途中、道祖神を2つほど見かけたが、それはこの地方の旅の楽しみである。この辺りの道路の至るところに、子供の足跡が白いペンキで塗られていた。もちろん両足揃えての足跡で、子供が家や道路から飛び出すのを防ぐためなのだろう。実際には、子供に一旦停止を教え込まないと守られないのだろうが、車のドライバーに警告する意味ではいいかもしれない。

 県道85号保高明科線から県道51号大町明科線に入り、国道19号に入る。穂高川を離れると風景はつまらなくなった。結局2時間近く歩き、ようやく明科駅に着く。もちろん“駅の近くの蕎麦屋”など見つかるはずはない。駅の近くではないのかもしれないが、明科駅構内の駅蕎麦ではない。

DSCF0045.jpg

 明科駅で篠ノ井線に乗る。長野の手前の姥捨駅で降り、夕刻の美しい棚田を歩く。
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