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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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神威脇温泉で湯楽のとき。

7日目  2014年1月12日  奥尻島   

 昨夜、寝たのが23:00頃で、起きたのが7:00過ぎである。熟睡した感じがあり、気分がいい。
外はもちろん雪景色だが、雪は降っていない。風は少し吹いているようだが、強くないようだ。

8:00過ぎに朝食。昨日おかみさんにコピーしてもらった奥尻町有バス時刻表は平成24年5月1日改正で、5月1日~12月30日までが対象となっていた。夕張で学んだこと、それはバスの運行時刻を確認しておくことだ。バスセンターはフェリーターミナルの前なので、少し早めに行ってみる。バスセンターといっても、フェリーターミナル前にバスが2台止まっているだけである。おそらく青苗方面(南方面あるいは西方面)行きのバスと稲穂方面(北方面)行きのバスだろう。たまたまドライバーがバスに乗るところだったので、いくつか質問してみた。

 「9:40の神威脇温泉行きのバスに乗り、終点の神威脇温泉の1つ手前の北追岬公園バス停で10:34に降りた場合、神威脇温泉バス停で折り返してくるバスの10:47発に乗ることはできますか?」という質問には、「北追岬公園は奥まで歩くので13分ではむずかしい。それに今は何もない」という回答だった。「島の西側や南側で北追岬公園以外の見所はありますか?」という質問には、「青苗の奥尻島津波館だろうが、おそらく閉まっている」。奥尻島津波館が閉館であることはパンフレットで確認してあった。「北側のさいの河原はどうですか?」という質問には「行っても、雪が積もっているだけ」という回答だった。とても納得がいく。雪の海岸線は何度も見てきた。これで島の北側に行くことをやめた。「終点の神威脇温泉まで行き、温泉に入って14:00のバスでもどってくる」というのを勧められた。すばらしい提案だ。そうすることにする。このバスのドライバーに会わなければ、今日のスケジュールがどうなっていたのかわからない。バスが出発するまで少し時間がある。ドライバーに礼を言って、周辺を歩く。

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 奥尻島は台湾と同じかたちをしている。米粒のようだ。奥尻島フェリーターミナルは東海岸の真ん中より少し北側にある。神威脇温泉行きバスはまず、海岸線に沿って南に走る。すぐに奥尻小学校、奥尻病院前、奥尻十字街、奥尻中学校といった奥尻集落のなかに入る。

 フェリーターミナルから奥尻の集落までは300メートルぐらいなので歩いてみた。奥尻町役場は小さかった。歩いている間に吹雪になっていた。どこかに避難したいが、さっきのバスがまもなくやってくるはずで、乗ろうとしている奥尻十字街バス停から離れるわけにはいかない。バスは近くまでやってきたが、手前の交差点を曲がって、奥尻小学校のほうに行ってしまった。奥尻病院前はさらにその奥にあるようだ。10分ぐらい経ってようやくバスが奥尻十字街バス停にやってきた。バスのなかでフードを取るとき、バサッと頭の上に雪が落ち、髪の毛はびしょびしょに濡れた。

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 左手に吹雪く海を眺めながら、バスは赤石集落、松江集落を抜け、青苗集落に入る。赤石集落には小さな漁港があった。青苗は奥尻に次ぐ集落で、1993年7月の北海道南西沖地震(M7.8)の際に津波に襲われた地区である。死者、行方不明者198名。奥尻島民だけではない、日本人の記憶に残る災害である。集落の南は半島のようになっており、その先のほうには奥尻島津波館が建てられている。奥尻島で一番行ってみたかったのはここだったのだが、12月から4月中旬までは閉館だ。バスのなかから眺めるしかない。この近くには青苗岬と青苗岬灯台がある。

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 バスはここから北上する。奥尻役場、奥尻消防署のそれぞれの青苗支所を過ぎると、山の手というバス停を通る。この辺りの家は古くはない。山の手という呼び名からして、もしかしたら津波の被害者たちの新しい住宅が集まっているのかもしれない。山の手の2つ先が奥尻空港前バス停である。

 そこから北に向かう道路の周辺に集落はほとんどない。海側には、無縁島、ホヤ石岬、モッ立岩、カブト岩などの奇岩が次々現れる。北追岬とその近くに造られた北追岬公園を過ぎると神威脇温泉と神威脇漁港だ。バスは神威脇温泉の前に止まる。地図では奥尻集落の真西に位置するが、その間には、頂上に航空自衛隊のレーダー基地がある神威山584メートルがそびえている。
 
 約1時間のバス旅だった。バスに乗ってから雪が止むことはなかった。バスには私の他に、奥尻集落から乗った2人の女性の高齢者がいた。地元の人だった。みな、目的は神威脇温泉だった。

 バスを降りるとき「14:00の便でもどりますか?」とドライバーに尋ねられた。「はい」と答えると、「次のバスのドライバーには伝えておきます」と言われたので、親切だなと思ったが、そのあと「たぶんバスは来ると思いますが、この天候では場合によっては来ない可能性もあります。一応、(帰りのバスを待っている私がいることを)伝えておきますね」。バスの運行も限界ぎりぎりなのだ。夕張でも感じたが、ときどき視界が30メートルくらいになるなかをよく走っている。先に降りた2人も、温泉の建物に入ったところで、このあとのバスは来るのかね、と話していた。やれやれ。

 奥尻町営の神威脇温泉の建物はレトロだ。ひなびている。泉質はカルシウム、ナトリウム。隔月刊誌「島」が選んだ、全国の秘湯ベスト10の第7位だそうである。入浴料を払いタオルを購入する。以下は受付にいた男性との会話だ。

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 「どこから来たのですか」と聞かれ「横浜から」
「それはご苦労様なことで。いつ、いらっしゃったの?」「昨日、フェリーで」
 「フェリー揺れたでしょう?」「かなり」
 「飛行機は昨日止まったようですよ」「そうなんですか」。少しまずい状況である。
 「函館空港が閉鎖みたいだから」。飛行機が飛ばない理由は、函館空港の閉鎖と飛行機自体の故障のようだ。昨日、飛行機の整備士がフェリーで奥尻島にやってきたということだ。「この寒波が原因ですかね?」と質問したが、そこまでわからないらしい。
 「船も今日、来るかどうかわからないようです」「来ないこともあるのですか?」
 「ほとんどないけれど、今日入港しなければ、明日の朝は欠航になります」「えっそうなんですか?」
 「低気圧次第です。990ヘクトパスカルのようですから」

 旅先で私は天気予報や災害情報を知るのが遅い。今、初めて気圧を知った。台風と同じレベルだ。バス、フェリー、飛行機、すべての交通機関の運行が停止されるかもしれない状況にあるのだ。どうなるかは低気圧次第である。

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 湯船に先客が1人いた。「奥尻から?」「横浜から」「また大変なときに」「いつもこんなふうではないのですか?」「こういうことがないわけではないけれど、今回は特別だね」
 
 温泉は源泉かけ流しだ。一部加水はしている。浴室からの夕日の眺望が絶景らしい。そう思う。今は吹雪だけれど。 

 バスでいっしょだったおばあさんが大広間の机をうまくセットできないので手伝ったら、みかんや菓子をくれた。畳の大広間には数人いるだけだ。今朝、かなり熟睡したはずなのだが、少し寝てしまう。こういう1日も悪くない。

 13:55、神威脇温泉の外にバスは止まっていた。天候はほんの少し回復したように思えた。バスは途中の奥尻空港前バス停で女性を乗せた。4人目の乗客だ。ドライバーが「今日、飛行機は飛ばなかったのですか?」と話しかける。女性は2日連続で奥尻空港に行ったが、函館行きのフライトはキャンセルになったようだ。女性は重そうなトランクをバスに積み込んだ。ドライバーとの受け答えに疲労の色を隠し切れていなかった。

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 心のなかで、嵐認定委員会を開催する。委員長は私だけ。すべての決定権は私にある。議題は、今私の陥っている状況を“嵐”と呼ぶべきかどうかである。

 結果を書いておく。“嵐”と認定する。

 990ヘクトパスカルの低気圧、飛行機が2日連続で欠航、バスが止まる可能性がある、大時化によるフェリーの遅れ、また運行停止の可能性、岩見沢で180本の列車の運休・遅延、北海道の全観測点で2日連続最高気温が氷点下を下回る、島民が今回は特別と言っているなどの理由を鑑み、総合的に判断した。オリンピックのマラソンの選考会みたいだ。

 災害ではないことははっきりさせておく。しかし“嵐”である。インド・ガンゴートリーのガンガー大反乱、フィリピンの台風30号、南大東島の“嵐”来島に次いで、「嵐を呼ぶ男」怒涛の4連勝である。インドやフィリピンのような誰にでもわかる国際的な大災害ではない。いくつかの情報の合わせ技1本での、せこい認定である。ただ甲子園では勝っていく度にチームは強くなる。こういう接戦をモノにしていくことが重要なのだ。私は何を書いているのだろう。

 帰りのバスに乗る。青苗で降りるかどうか迷う。もし降りた場合、17:00頃の最終バスに乗って帰ることになる。今日は日曜日なので、終点から終点までを通しで運転しているのは3本しかない。しかしバスが青苗を通過するときに吹雪いていたので、降りるのを止める。奥尻集落に入ったとき、空の一角が空いた。急に明るくなって、日が差し込む。空が青色だったことを思い出させてくれた。奥尻小学校前で降りる。ここからなら歩いて帰れる。奥尻小学校は平成元年から今までで生徒数が7分の1になっているようだ。

 奥尻集落からフェリーターミナルまで歩く。フェリー到着の10分前なのに誰もいない。フェリー入港前は、迎えの人や商店の人や宿の送迎や警察官らが港に繰り出すのが、正しい離島のあり方だ。もしかして、フェリーは入港しないのだろうか。ハートランドフェリーのチケット売り場に尋ねてみると、30分の遅れらしい。明日の出航は天候次第らしい。本当にぎりぎりに選択をしているようではあるが、出航すると宣言したあと出航できないのはクレームになる可能性があるので、あいまいにしているのかもしれない。

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 フェリーターミナルのトイレから出てきたとき、空の一角に空いた青色の穴は塞がっていた。灰黒色の空は容赦なく雪を撒き散らしていた。空が明るくなってもほんの一時だ。冬の北海道の天気の変化にはついていけない。フェリー入港を見届けて、民宿おぐろにもどる。玄関で雪を払う。

 昨日、畳の間で会った人はいないが、今日は別の工事関係者が5人泊まるらしい。みんな仲間同士で、この宿の常連らしい。
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