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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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“嵐”が厳寒の奥尻島を襲っている?

6日目  2014年1月11日  函館 江差 奥尻島   

 昨日で“うまい”北海道&東日本パスの旅は終わった。書き忘れていたことがある。“うまい”北海道&東日本パスの旅を“おいしい”にもっていく方法だ。誰でも考えつくことだが、連続するパスの使用日の前後に滞在日を設けることだ。あるいは鉄道以外の交通機関でしか行けないようなところに使用期限前か使用期限後に行けばよい。

 北方領土を除くと、北海道で行っていない島は3島だ。離島に行くのは普通の旅だ。どれだけ遠くても普通の旅である。しかし真冬の奥尻島に行くのは普通ではない。酔狂の部類に入るだろう。しかしこの時点で私はまだ、酔狂な旅にしか与えられないうんざりした気分を理解してはいなかった。

 奥尻島行きは予定の行動である。奥尻島には江差と瀬棚からの航路があるが、瀬棚からの船は夏にしか運航されない。江差からのフェリーは冬に減便されるが、毎日出ている。その江差には函館から鉄道かバスで行くことになる。

 江差には1993年に来ている。そのときは北海道旅行の最後に寄った。寄るには寄ったが、江差駅から坂を降りて、開陽丸を見ただけで帰ってしまった。あとになって古い町並みがあることを知り、残念に思った。

 函館から江差までの列車は1日5本、バスは1日6本だ。奥尻島行きのフェリーは江差13:10発である。

 13:10に間に合う列車は函館駅6:53発だけだ。函館駅10:27発の列車は12:55に江差駅に着くが、駅からフェリーターミナルまでが20分近くかかるため、フェリーの出航時刻には間に合わない。だから函館6:53発の列車しかないということになる。その場合、江差駅着は9:17である。

 1日6本のバスのうちの午前中に函館を出るのは2本だ。函館7:10発に乗った場合の江差着が9:19、函館10:30発の江差着は12:38だ。江差側のバス停は、フェリーターミナルに近い。函館9:19発のバスはフェリーの出発に合わせた設定である。

 JR北海道は今年の5月に江差線を廃止すると発表している。理由は乗降客数の伸び悩みであるが、こういうダイヤを組んでいれば、客離れが起きるのは当たり前だ。列車がバスと競り合うためには、函館駅を10:00発、江差駅12:25着にすればよい。江差線は津軽海峡線に乗り入れ函館駅に入るが、津軽海峡線は過密ダイヤではない。江差線の列車1本ぐらいは楽々通せるだろう。そもそも木古内と函館間のみにローカルの列車を運転しているのだから、それを江差線に入れたっていいのだ。そういうことをしていない。江差線を廃止にしたいJR北海道がわざと客離れダイヤを組んでいるとしか思えない。そしてこの度、念願叶って江差線を葬ることができるようになったのだ。

 奥尻島に行く前に江差の町並みを見たければ、函館発6:55の列車か函館発7:10のバスしかない。江差を素通りして奥尻島に行きたければ、函館発10:30のバスがぴったりだ。江差の街歩きを奥尻島からの帰りにすることもできる。帰りの奥尻島発のフェリーは8:15で、江差着が10:40である。このフェリーを降りて函館に向かう場合、利用できる列車は江差発13:07だけだ。2時間20分待ちである。「接続」という意味をJR北海道は知らない。行きと帰りの両方で、JR北海道は奥尻島行きの客をバスに献上しているのだ。

 函館発7:10のバスで江差に行くことにする。江差滞在4時間で古い町並みを歩く。そのあと13:10のフェリーで奥尻島に向かう。

 途中の風景はもはやお馴染みの雪景色である。吹雪いているときと小休止するときがある。いつ吹雪き、いつ吹雪が止むかはわからない。JR江差線は南側の上ノ国町から江差に入っていくが、バスは北斗市に入り、中山峠を抜ける。厚沢部町に入り、江差の北側に出る。途中に鶉という集落があった。砂川にも鶉入口というのがあった。

CIMG5733.jpg

 タイミングがよくない。猛吹雪のなかバスを降りることになる。降りたのは江差町役場の前だ。うかつなことに江差は市だと思っていた。今日は土曜日なので役場のなかに入ることはできないだろう。吹雪のなかを5分ほど歩いて、フェリーターミナルに着く。今日の海上の様子がチケット売り場に掲示されていた。

 天候:雪。
 波高:3~4メートル。
 風向:北西。風速10~12メートル。
 お知らせ:海上模様により大きく揺れる可能性がありますので、足元には十分ご注意願います。

 フェリーが揺れそうな気配だ。南大東島に行く直前、那覇で買った酔い止めはまだ残っていたが、家に置いてきてしまった。フェリーターミナルに江差の地図が置いてあった。江差の古い町並みをいにしえ街道というらしい。フェリーターミナルにはエアコンもあるしストーブも置かれているが、全体として寒い。あまり温まる感じではない。それにいつまでもここにいるわけにはいかない。

 吹雪のなかを歩き始める。歩き始めて10秒で、外に出たことを後悔する。開陽丸の近くには開陽丸青少年センターがあるので、そこにたどり着けば、温まることはできる。

 風が雪をさらっている。雪は砂のように巻き上げられ、横に流れていく。ブリザートだ。昨夜の函館もそうだった。地面に落ちた雪の粉が風に流されていく。誰かが地面を雪で掃いているみたいだ。ここ江差も強い風が吹いている。前から吹いてくるので、フードが揺さぶられ脱げそうになる。手でフードを押さえるが、ポケットから出した手が痛い。ところどころで誰も通ったことのない場所を歩くので、足が20センチほど雪に沈むときもある。歌志内でも夕張でもそうだったが、すでに靴のなかが濡れている。

 遠くに見えていた開陽丸が近くなってくるが、誰もいないようだ。10分ほど歩いてたどり着いた開陽丸青少年センターには鍵が掛かっていた。道路を人が歩いた痕跡はないし、見えてきた開陽丸青少年センターに人のいる気配はなかった。もちろん開陽丸に入ることはできない。開陽丸は幕末にオランダで建造された幕府の軍艦である。戊辰戦争中に榎本武揚を乗せているが、江差沖で座礁、沈没した。内部には海底から引き上げられた遺物などが展示されている。

CIMG5752.jpg

 開陽丸青少年センターの裏側の外階段の下に避難する。しかし雪を完全に避けることはできない。そこに居続けることはできないので、国道228号までもどり、いにしえ街道に入る。

 風と雪を避ける場所を探すことにする。自治体が古い町並みで売り出そうとしている場合、町の一角に休憩所が設けられている場合がある。それに古い家のなかに入れる場合もある。優先順位の1番目が避難で、2番目が観光になっている。写真を撮りながら歩くが、立ち止まる余裕はない。入れそうな建物には近づいて戸を開けようと試みるが、ことごとく閉まっている。

CIMG5804.jpg

 カメラの望遠機能が十分に機能しない。レンズが前に出てこない。この寒さと関係があるのだろうか。あるいはカメラに付く雪の水滴が原因かもしれない、例え防水機能があったとしても。
 
 途中、郵便局の預金引き出し機のコーナーだけが開いていた。どこかにテレビカメラが付いているのは間違いないので、立っているだけで怪しい人間に思われてしまいそうだが、怪しく思われてもいい。しばらくそこで身体を温める。郵便局を出て、いにしえ街道を端から端まで歩き切る。地図では、通りの端に茶房せき川がある。そこが開いていることを期待したが、やはり閉まっていた。

CIMG5774.jpg

 いにしえ街道はかなり整備された町並みだろうと思うが、雪で通りが隠されているので判断のしようがない。全体としては保存に力を入れているのだろう。一部の建物は新しく建てられたのではないかと思える。建物にも間断なく細かい雪が吹きかけられている。

 いにしえ街道の端から国道228号に入る。さっきのバス停を通過し少し進むと、江差追分会館/江差山車会館がある。ここは開いていた。あまり興味のある分野ではないが、これ以上、外を歩きたくない。温まりたいので入館したのだが、暖房は切られていた。おそらく入館者がいないからだと思われる。実際、館を出るまで、入館してきた人は誰もいなかった。

 ゆっくりと館内を回る。江差追分の映像を見たり、名人の録音を聴いたり、ずらっと並んだ名人の写真を見たりして館内を回る。できればここで少し休憩したい。椅子の近くにコンセントがあったので使わせてもらえるかどうかを確認したら、舞台のほうにあるコンセントを使っていいと言われた。そこは舞台であり稽古場でもあるらしい。ストーブが焚かれていたのだが、やはり寒かった。入館料には、希望者にたいする江差追分の体験も含まれている。

 北海道において江差の開発の時期は早かったらしい。その江差でにしんが取れなくなったのは明治時代である。それに代替するものとして江差追分を全国に普及させようとしたというのは江差追分会館の説明である。やや無理がある解説のような気がしないでもない。にしんが駄目なら他の産業、例えば繊維産業という道を模索するというのが普通だろう。結果として産業政策を文化政策に転換したということだ。それは立派な決断なのだろうが、経済はどうなったのだろうと考えてしまう。生活の手段を確保した上に花開くのが文化だ。江差追分という文化がにしん漁の衰退をカバーしたとは思えない。もちろんだからといって江差追分を否定するつもりはない。演奏を3回ほど聴いてみたが、日本古来の節というものを感じさせられた。

CIMG5820.jpg

 江差追分会館と江差山車会館は同じ建物内にある。この日、ここは江差で唯一休館でなかった場所である。開陽丸、旧檜山繭志郡役所、旧中村屋住宅は12月31日から3月まで、横山家は12月から4月下旬まで、旧関川家住宅は11月から4月まで休館である。冬の北海道、冬の江差を旅することがどういうことなのかはこういう側面からでもわかる。

 出航の1時間前にフェリーターミナルに着く。ターミナルのなかはかなり賑わっていた。コンセントがあったので使わせてもらえないかを尋ねてみると、別の場所にあるコンセントを使わせてもらえることになった。そちらのほうが椅子の近くで使いやすいのだが、ゴミ箱で隠されてあった。

 出航の15分ほど前に乗船が始まる。席のほとんどは椅子ではなく、横になれる床席で、奥のほうはすぐに占領された。みんな、あっという間に好きな居場所を確保したようで、船内がどうなっているのかわからない私は入口の椅子がいいのか床がいいのか迷っているうちに出遅れた。それでも床席に一定のスペースを確保できたから問題はない。床席の奥のほうではコンセントが使えるが、その席を確保するのはむずかしかった。

 船内で、立ってあちこちに行く者は1人もいない。みんなすぐに横になる。誰も何も話さない。海は時化っていた。フェリーはかなり揺れた。トイレに行くとき、まっすぐ前に進めなかった。

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 フェリーは13:10の定刻に出発したはずだった。奥尻島着は15:30の予定である。15:00過ぎには吹雪のなかに島影が見えていた。しかし到着予定5分前の15:25に館内放送が流れ、奥尻島入港が30分遅れるというアナウンスがあった。これには、慣れているはずの住民も、やや驚いたようだった。

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 16:00前に奥尻港に着岸した。やはりというべきだろう、フェリーターミナルの観光案内所は閉まっていた。2階の軽食事処うにまるは5月からしか開かないようだ。ここが閉まっているということは、空いている飲食店を探すのはむずかしいと思われる。置かれてあった地図とパンフレットをもらっていく。予約してある民宿おぐろは送迎をやっていない。場所は大体わかっているが、フェリーターミナルの近くにあるがガソリンスタンドで場所を確認し歩き始める。

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 300メートルほど歩いて、民宿おぐろに着く。新築といっていい民宿だ。宿帳への記入はなしで、部屋に通される。とてもやさしそうで気がつくおかみさんだ。バスの時刻を尋ねると、コピーしてくれた。
フェリーが遅れたことを尋ねられた。フェリーの遅延はなくはないが、多くはないそうである。

 17:30頃、風呂に入る。18:00過ぎに夕食。畳の間の食堂には先客が1人いた。工事関係者の人だ。海の幸が中心の民宿の料理。品数は豊富でアワビがうまい。

CIMG5865.jpg

 畳の間の大きな液晶モニターで天気予想をやっていた。昨日と今日、北海道全域の観測点で最高気温が氷点下を下回ったらしい。大きな低気圧が北海道をおおっている。岩見沢では180本の列車に遅れと運休が出たらしい。岩見沢は昨日通過している。1日遅ければ、巻き込まれていた可能性がある。

 “嵐”が島にやってきているのかもしれない。NHKニュースだった。
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