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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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雪降る空知を路線バスで行く。古い旅を燃やす旅。

3日目  2014年1月8日  旭川  滝川  赤平  歌志内 上砂川  砂川  札幌

 旭川は雪である。ホテルで朝食を取り、駅に向かう。旭川駅はすっかり変わっていた。3回来ているが、調べてみると前回来たのは2002年8月だった。駅が変わったのは当然あり得ることだ。ただ乗降客数を考えると、過大投資であるのは間違いない。函館駅ほどではないけれど。逆に街中が変わったという印象はない。全体としてきれいになったとは思うが、劇的にではないと思う。

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 8:08発の岩見沢行きに乗る。ホームで待っている人もいないし、3両編成の電車に乗り込んだ人はごくわずかで、私の乗った車両には私1人しかいない。今日は平日の水曜日である。岩見沢までだとはいえ、札幌方向ではないか。時刻表を調べてみる。私は何かを誤解していた。旭川から札幌方面に向かう普通列車は1日7本しかない。これでは根室本線と同じだ。

 車窓は一面の雪景色だ。この区間は稚内からの帰りにときどき乗ったことがある。冬にも乗った。そのときも雪景色だった。私のなかでは北海道の雪景色といえば、この区間がまず思い浮かぶ。

 どこに行くか明確に決まっていない。昨夜、インターネットでいろいろ検索をしたが、行き先を決められないまま寝てしまった。そしてそのままである。それでも電車に乗れるのは、フリーきっぷを持っているからだ。電車のなかでインターネットにつなぐが、駅周辺でしかつながらない。とりあえずなんとなく行こうと思っていた滝川で降りることにする。砂川まで行くよりはいいだろう。

 滝川着8:54。滝川、赤平、歌志内、上砂川、砂川の位置関係だけはつかんでいる。滝川からバスで、赤平、歌志内、上砂川のどこかの町に行きたいが、バスの路線がインターネット上ではイマイチよくわからなかった。滝川を9:37に発車する富良野行き列車に乗れば、赤平には行けるが、その前に滝川を歩いてみたい。9:37発の列車に乗れなければ、次は13:44発になるが、滝川駅前にある北海道中央バスのターミナルに行ってみる。この時点でおそらく9:37発の列車はあきらめることになる。

 バスターミナルで路線図と時刻表を交互に確認し、赤平、歌志内、上砂川を順につなぐバスルートは工夫できそうだ。理解するまで10分かかった。どのバス停で降りていいのかはわからないが、なんとかなるだろう。

 滝川の町を歩くというより、雪に包まれた滝川を歩くというのが正確な表現だろう。バスターミナルから奥のほうに歩いていく。雪は道路横に寄せられて壁になっている。2メートル近くある場所もある。雪は多くのものを隠す。だから少々町が汚くても、ほとんどわからない。町を歩く人は少ない。車もあまり通らないが、バスはときどき通っている。

 バスターミナルの奥は古いビルがいくつもあり、いい感じだ。歩いているとアーケードのある場所に着いた。ほっとする。ようやく軽快に歩くことができる。このアーケードが町の中心らしいが、生鮮食料品関係の店を除いてまだ開いてはいない。ミスタードーナツがあった。

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 10:00前にバスターミナルにもどってくる。10:00発の芦別行きのバスに乗る。芦別駅には行ったことはないが、2005年10月にレンタカーで周ったとき、偶然、見つけたのが上芦別駅だ。北海道らしいよい駅だった。芦別行きのバスはさっき歩いたアーケードの横を抜け、東に走る。雪は止んでいるが、雪のなかを疾走する。道路は汚れている。山がだんだん近づいてくるが、山を登り始めるわけではない。40分ほど走ると、赤平高校など赤平の名前が付いた施設が現れてきた。赤平市役所前を過ぎ、JR赤平駅バス停で降りる。赤平は初めてである。

 赤平駅には交流センターみらいが入っている。ここは観光案内所ではないのだが、行政用の地図をもらった。そこには空知炭鉱遺跡群(住友石炭赤平炭鉱立坑、住友自走枠工場)の場所が記載されていた。縮尺はなかったが、それほど遠いわけではなさそうだ。

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 芦別に向かう通りを歩く。この通りがどうやら町のメインストリートで両側には商店が並んでいる。ただし商店街というほど店が連なっているわけではない。ほとんどの店は開いていない。途中に、交流センターみらいに掲示してある写真で見た旧山田御殿があった。ここは赤平で財を成した山田三郎の邸宅だったらしい。

 道を尋ねた人から今は雪で空知炭鉱遺跡群は封鎖されていると言われたが、一応行ってみる。10分ほど歩いて、右手に曲がり、線路を渡る。住友立坑の建物が見えてきた。手前の雪の歩道を歩くか、車道を歩くかで迷う。雪の歩道と車道には高さ1メートル、幅2メートルの雪の壁があり、少し先でその壁を抜けることができるかどうかわからない。仕方ないので、車道を歩く。車がかなり通る。少し歩くと住友立坑の建物が見えた。しかし道路の反対側も道路と建物の間には3メートルぐらいの雪の壁があり、入れる場所はなさそうだ。周囲を歩いてみるが、雪の壁でどうにもならない。雪かきをしていないので、建物は雪に沈んでいるように見える。

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 住友自走枠工場のほうも探してみるが、状況は同じようだ。雪で近づくことができないだろうから、早々にあきらめる。ズリ山も残っているのだが、そこに行った場合、普通の雪山を見にいくだけのことになってしまうだろう。

 すごすごと交流センターまでもどる。交流センターの前がバス停になっている。滝川行きが歌志内を経由するらしいが、待ち時間が40分ほどある。交流センターの椅子に座り、パソコンで旅日記を書く。

 12:15発のバスに乗る。バスが赤平の中心地を抜けようとしていたところで、炭住を見つけた。炭鉱住宅である。棟がいくつかある。現在、使われているのかどうかはわからない。交流センターみらいに昔の写真が貼ってあり、そのなかに古い炭住の写真があったが、そういうタイプではない。わりと新しい団地タイプで、夕張の清陵町のような感じだ。場所は、写真の旧炭住のあったところと同じかもしれない。しかし見つけたのがバスのなかではどうすることもできない。

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 住宅は通りに沿って数珠繋ぎのようにある。途中で、芦別のほうに向かわないで、南のほうに進路を変え山のほうに入っていく。その風景に見覚えがあった。2005年に私はレンタカーで芦別側からやって来て、赤平のほうに行かないで、バスが今走っているのと同じ道に入ったのだ。つまり芦別のほうから歌志内に行ったということだ。

 この辺のバス停の名前に、○○市街という名前が使われている。文殊市街バス停、碧水市街バス停、歌志内市街バス停といった具合にだ。その町の中心地で降りたい場合、わかりやすい。○○市役所前や××病院前というバス停名では、それが町の中心である保証はない。

 上歌志内バス停を過ぎると、バスは歌志内市街に入っていく。歌志内市街バス停は郷土館ゆめつむぎの前だった。降りたとき、郷土館ゆめつむぎの玄関に貼られた本日休館の文字が目に入った。その瞬間にこの町で行きたい2つの場所のうちの1つに行けなくなっただけではなく(それは大した問題ではない)、雪の降る歌志内で休む場所がないことを自覚した。

 休む場所はあった。たまたま歌志内市街バス停は屋根付きだったのだ。なかに男性が1人いたので、歌志内のことを尋ねてみる。その人が語ったのは次のようなことだ。「歌志内は人がいなくなった。高齢者しかいない。郵便局の隣にあるスーパーはつぶれた。買い物は赤平に行く。隣の郷土館ゆめつむぎが休館だって? そこはいつも開いてない。ロマン座に行くって? そこも閉まっている。歩くのかい。ちょっと遠いよ。もうすぐ反対側にバスが来る。1つ目か2つ目で降りるとロマン座だ」

 話の中身は地方の惨状を語る際のあまりに典型的な内容である。それが実態なのだろう。礼を言って、雪のなかに出る。雪で道路の地肌がまったく見えない。郵便局はつぶれたスーパーの隣だ。2005年に来たとき、その郵便局を訪ねた。1988年に歌志内線は廃止になっていて、歌志内駅のあった場所が郵便局になっていたからだ。100%そうだと言い切れなかったが、おそらくそうだろうという情報を持ってここまで来たのだ。さっきの男性にそのことを確認しておけばよかった。郵便局は真新しく、駅の面影を残すものは何もなかった。それは今回も同じである。

 雪が見せるレトロな歌志内を歩く。写真を撮る。老婆と言ってもいい人から、何をしているのかと訊かれた。不審者にたいする詰問の感じではない。雪のなかで写真を撮る者にたいして純粋に不思議な感じがしたのだろう。旅行者であることを伝えると、ご苦労様ですと返された。私も傘を差していないが、みんな傘を差していない。途中のバス停で、バスを待っている人たちも傘を差していなかった。北海道の人は雪ぐらいでは傘を差さないのだ。

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 雪に隠された歌志内を歩いても、実際のところはよくわからない。ただ、2005年、今歩いている通りに立って、新
しい町並みなのだと思ったことを覚えている。雪のなかで今、その印象はもうない。くたびれてしまったという感じだ。人がいないわけではない。見かけた人の半分は屋根の上にいる。雪下ろしをしているのだ。ロマン座の場所がわからないが、視点を上げないと人と話せない。申し訳ないと思いながら、大声で屋根の上に「ロマン座に行きたい」と伝える。それを2回行い、大体の場所はわかった。信号のところまで行って、左折して、坂を登りきったら、ロマン座が見えるらしい。

 最初の人はバスがいいと言っていたが、1時間に1本しかない。坂は長くすべるのであぶない。雪がロマン座を隠していた。雪のなかにかろうじて看板が見え、その奥に半分埋まったロマン座が見えた。どこからも入れない。ロマン座の解説がある掲示板までも近づけない。

 ロマン座は、昨夜インターネットを検索していたとき、引っかかってきた。正式には、悲別ロマン座という名前である。そこは旧住友上歌鉱会館で、もともとは映画上映や舞台を目的とした厚生施設である。上歌は上歌志内という地名の略だろう。1971年に鉱山は閉鎖したが、ここはそのあと「幸福の黄色いハンカチ」に登場したそうである。2005年に来たときには、まったく知らなかったのだが、その期間は閉鎖されていたようだ。2008年に悲別ロマン座保存会により復活した。ちなみに悲別という地名はない。1984年の倉本聰のドラマ「昨日、悲別で」からきている。

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 悲別ロマン座の近くに工場があり、その前に上歌志内バス停がある。北海道の建物にはひさしがない。だから雨やどりができないのだ。雪は小ぶりだが降り続いている。凍えながら15分立ち続けた。上歌志内バス停の山側に炭坑跡の遺跡が見えた。雪かきをしていないので数メートル埋まっていると思われるが、上の鉄塔部分のみが雪の上に出ている。

 やってきた滝川行きのバスに乗る。砂川までの間にまたしても炭住があった。やはりレンタカーは駄目だ。視線が前に集中するし、背が低いので発見できなかったのだろう。

 バスは上砂川の町に入っていく。歌志内から上砂川まではバスで15分の距離である。バスは商店街の連なる通りを抜けると、空き地のようなところに入り、折り返した。右の前のほうに客車らしきものが止まっている。降りようかどうか迷った。すると、斜め左横に座っていた私にドライバーがどこで降りるのかと尋ねてきた。上砂川市街という名前のバス停だと伝えると、そういう名前の停留所はないと言われる。滝川のバスターミナルでバス停の確認をしていたとき、そのバス停名があったような気がしたが、私の勘違いらしい。その場で降ろしてもらう。

 雪のなかをとりあえず客車らしきものの見えた方向に歩く。やはり展示されている客車だった。その前にあるのは旧上砂川駅の駅舎だ。2005年に来たときもなかに入れなかったが、今日も入れない。これは「昨日、悲
別で」の舞台にもなった駅舎である。

 上砂川の町中を歩く。散髪屋や美容室が3店舗あり、花屋や電器屋もあるというのに、食堂はなく、食べ物を売っている店も閉まっていた。バスを降りた中央1丁目から中央3丁目までを歩くが休む場所がない。中央1丁目までもどり、旧上砂川駅舎の近くの商工会議所のなかに入る。そこで20分ほど休憩させてもらう。暖房はないが、外よりましだ。この間、雪は降りっぱなしだ。

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 14:50の滝川行きのバスに乗る。20分ほど乗って砂川の町に入るが、このバスは砂川駅には止まらない。砂川駅の近くの市立病院前で降りる。そこには北海道中央バスのターミナルがあった。砂川の町を歩いてみる。西のほうに大きな遊水地があるが、町並みはそこで終わっているので、砂川駅のほうに歩く。町は東西に薄く、南北に長いようだ。すぐに砂川駅に着いた。駅前には島旅館があった。2005年に来たとき、すでに廃業しているようだったが、建物だけは今もそのまま残っていた。駅の正面南側におもしろそうな通りがあるので、入っていく。かなりレトロだ。多くはないが、喫茶店や食べ物屋が営業している。そういう通りは明るくなる。しかし中央市場と書かれた建物は店が数店あるだけで活気はなかった。

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 砂川駅に入る。私は今まで停車している列車のなかから何度か砂川駅を見てきた。最初に見たのは、広い駅構内だった。函館本線の列車が止まるホームは、昔、歌志内線の列車も止まっていたホームだ。そこから何本かの線路をはさみ、ぽつんと離れたところに上砂川支線のホームがあった。函館本線のホームと上砂川線のホームは長い路線橋で結ばれていた。私は停車した函館本線の列車のなかからそれを見ていたのだ。
 
 夏の夜、函館本線の上り列車が止まった。稚内からの帰りだったと思う。離れた上砂川線のホームに1両の気動車がエンジン音を震わせえ止まっていた。ホームと列車の灯りが鉄路を照らしていた。
 
 1994年に上砂川支線は廃止になっている。それでも砂川駅の上砂川支線専用ホームはしばらくの間、ぽつんと放置されていた。やがて函館本線のホームとの間にあったレールがはずされていく。上砂川支線ホームは孤立していた。路線橋は残っていたが、おそらく路線橋のなかの通路は閉鎖されていたのだろう。

 2005年、旭川でレンタカーを借りた私は、美瑛と富良野を周った。翌日、上芦別駅を経由し、歌志内、上砂川に入った。それはここまで書いてきた通りだ。その日の最後は砂川だった。砂川の駅前に車を止めた。それまで函館本線の列車で通過するだけの町に初めて入った。そのとき函館本線と上砂川支線をつなぐ路線橋は撤去され、新たな路線橋の工事が行われていた。まさか上砂川支線のホームを活かすのかと思ったが、そうではなかった。路線橋はホームとホームを結ぶものではなく、駅の表玄関側と裏側を結ぶものだった。それは工事中だったのだ。止めた車の近くにあったのが島旅館だった。

 2014年1月8日。もちろんというべきだろうか、とっくにというべきだろうか、駅の表と裏をつなぐ連絡橋は完成していた。9年ぶりだ。それは想像以上に大きいものだった。駅の表玄関側は単なる入口(自由通路西口)だったが、反対側の出口は大きな建物が造られていた。連絡橋の通路はその建物のなかに入っていく。そこは地域交流センターゆうとなっていた。駅のなかには「お菓子で花咲く“まち物語”SUNAGAWA Sweet Road」のパンフレットが置かれていた。ちなみに砂川には北海道子どもの国という大きなテーマパークがあり、5月5日にはフェスティバルもやっている。それらは私の旅には関係がない。

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 砂川駅17:15発の電車に乗る。雪は降っていないが、真っ暗な雪景色のなかを電車は走る。17:51に岩見沢駅に到着。17分の待ち合わせで18:08発のいしかりライナーに乗る。この電車は速い。18:43に札幌駅に着く。
 
 地下鉄ですすきのに出る。昨日電話で予約しておいた雪国食堂に行く。雪国食堂は栃木出身のママがやっている隠れ家的な店で、この店のファンが集まる。今回で3回目だ。2002年に札幌から増毛、留萌経由で稚内に行ったとき友人に紹介された。お通しの量が多い。ビール、ワインを飲みながら、家庭料理を食べる。味がしっかりしていてうまい。冬はおでんもある。ほっけがうまかった。

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 そこから南に7、8分歩いて、オリエンタルホテルにチェクインする。2,250円。
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