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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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凍る根室。緑町、弥勒町を歩く。列車旅でどこに行く!

2日目  2014年1月7日  根室  浦幌  帯広  旭川   

 8:00前に部屋を出て、町を歩く。雪は残っているが、ほとんど積もってはいない。雪は凍っている。雪のないところも凍っている。だから普通に歩けない。根室は坂の町である。何度かころびそうになった。

 警察署、根室公園の前を通り、港のほうに坂を降りていく。海は見えているが、歩いているところから根室港には行けないようだ。根室港の東に金比羅神社があり、その辺りまで歩こうと思っていたが、このペースで歩いていると他には行けなくなりそうだ。少し引き返し、銀座大通りに入り西に歩く。普通の通りがうつくしい。雪の根室という表現は適していないと思う。氷の根室だ。いや凍る根室だ。空気が澄んでいるなかを差し込む太陽の光線は弱いくせに眩しい。

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 弥勒町船だまりに行ってみるが、船はあまりなかった。緑町大通りを歩いていると教会があった。イオンの横の坂を登って国道44号線に出る。ここは昨日、納沙布岬行きのバスが通った道路だ。

 馳星周が根室を舞台に小説「雪月夜」を書いた。さっきから歩いてきた緑町や弥勒町が何度も出てくる小説だ。おもしろくて読み返したが、2度目はおもしろいとは思わなかった。ただ、ますます根室を好きになった。

 たいして歩いていないのに時間だけが経ってしまった。根室市役所に寄ってみる。私はたまに市役所や役場に寄る。行政機関はどこでもいっしょのように思われるが、特別な市や町の行政機関には特別な何かがある。例えば、宜野湾市役所には基地に関する掲示板があり、市民が誰でも短いメッセージを掲示できるようになっている。ほとんどは「普天間基地出ていけ!」のメッセージだ。破綻後の夕張市役所は何ひとつ変わらないように思えたが、かなり地味になっていた。そのかわりに本来ハローワークにあるような求人情報が置かれていた。根室市役所で発見したものは、謹賀新年の北方領土スタンプだ。年賀はがきなどに押せるようになっている。それを押して根室の人は友人知人に送るのだろう。もらったほうは、話のタネになる。2014年の北方領土カレンダーをもらってきた。大きいので8つ折りにして持って帰らなければならないのが残念だ。三井住友銀行のカレンダーよりはおもしろい。

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 宿にもどり、10:00前にチェックアウト。歩いて5分のマルシェデキッチンに向かう。なかのパン工房で
パンを買い、イートスペースに持ち込んで食べる。昨日来たときにコンセントを2つ発見してあったので、パソコンをつなぎ、旅日記を書く。

 11:00前にマルシェデキッチンを出て駅に向かう。11:13発の釧路行き快速はなさきは入線していたが、十数人の客が並んで改札が開くのを待っていた。

 「北海道&東日本パス」4日目の使用開始である。昨日の釧路発の快速ノサップは途中9つの駅に停車したが、この快速はなさきは途中4つの駅にしか止まらない。11:50、昨日、下り列車を待った厚床駅に停車する。昨日忘れていたことを思い出した。ここは旧標津線が走っていた駅だった。昨日、下り列車の待ち時間の間に列車を降り、駅舎の外に出て写真を撮ったとき、見覚えのある駅だと思ったのだが、すっかり忘れていた。2006年、レンタカーで旧標津線のいくつかの駅を見て回ったことがあった。そのとき、最初にこの駅に車を付けたのだった。

 浜中駅に入る手前で列車は警笛を鳴らした。線路に動物がいたのかと思ったら、そうだった。3匹の鹿が線路の外に出ていった。カメラを向けたが、写真を撮ることはできなかった。12:13、茶内駅に着く。下り列車の待ち合わせが5分あったので、外に出て写真を撮る。

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 厚床駅で2人下車し、1人乗車する。浜中駅で1人下車する。茶内駅で1人下車し、3人乗車する。次の厚岸駅には2回来ている。2回目は車で寄っただけだが、1回目は愛冠岬に行くためここで降りた。駅にレンタサイクルは当然なく、愛冠岬は遠かった。厚岸の町中を歩いているときに見つけた自転車屋にお願いし、自転車を貸してもらった。あとから2人の女の子が自転車に乗って愛冠岬にやってきた。私が自転車を借りるのを見て、自分たちもそうしたらしかった。快速はなさきはその厚岸駅では2人を降ろし、10人ほどを乗せた。厚岸駅で快速はなさきはやや重量を増やし、釧路に向かった。

 列車は途中でまた警笛を鳴らした。鹿が2匹、枯れたススキのなかに逃げていった。やはりカメラは間に合わなかった。

 根室から釧路に向かう列車は2本の快速を含め、1日8本しかない。釧路駅着13:20。13:47発の帯広行きに乗り換える。乗り継ぎが悪くないのは、私が乗り継ぎのいい列車を選択しているからだ。快速はなさきの前に5:58発と8:22発の釧路行きがあるのだが、それらの早い列車に乗っても、今日の目的地に着く時間は同じなのである。

 改札を抜けて、駅構内でパンとコーヒーを買う。1番線にはスーパーおおぞら8号が停車していた。この型の電車はほんとにかっこいい。引退した500系のぞみもかっこよかったが、これには及ばない。車両の形式を確認したかったが、車両側面の下のほうにそれを表すものはなかった。

 スーパーおおぞらが発車したあと、1番線に1両の気動車が入ってきた。13:47発の帯広行きだ。これはおそらく古いタイプの車両だろう。しかし白に緑の帯が入っており、根室線の銀色の車両よりは私の好みである。帯広までの途中駅は13しかない。その全部に止まるが、帯広着は17:15である。計算してみると、駅間移動時間は平均18分という数字が出てきた。全駅ともに、隣の駅まで18分かかるということだ。本州ではあり得ない長さだ。さすが北海道である。

 昨日根室駅でもらっておいた道東を中心とした小冊子の時刻表が今日の私のガイドブックだ。途中の駅名を知っているのは、音別と池田であるが、降りたことはない。

 音別で多くの人が降りた。車内は5人だけになった。そのなかに昨日、納沙布岬でバスを降りた若いカップルがいた。男のほうは欧米系の風貌だが、言葉は完全な日本語でしぐさも日本人のそれだった。

 音別の次の駅は尺別という駅だが、小冊子の時刻表には載っていなかった。直別という駅も載っていない。駅間の距離があるのは、さすが北海道だと書いた記述については、ここで訂正しておく。時刻表は主な駅のみを抜粋して記載しているようだ。

 原野に倒壊した家屋があった。かなり古いものだ。もしかしたら十勝沖地震の被害家屋かもしれない。

 列車は海に沿って走っている。海はときどき見えて、しばしば隠れる。書いてみて、この表現はおかしいと思う。車窓を、海を軸に2分すれば、海が見えるか見えないかのどちらかになる。つまり両方を合わせれば100パーセントになる。しかし、ときどきとしばしばを合わせて100パーセントにはならないだろう。正確性を欠いた表現だ。「海が見え隠れしている」これでいい。

 窓から差し込んでくる日が弱い。列車が山あいに入ってから、とくにそう思う。葉の落ちた針葉樹林の枝が空を刺している。

 山あいを抜けると風景は少しだけ広がった。浦幌駅に入る。列車が停止したとき、アナウンスがあった「ここでの停車は30分になります」。やってくれるぜ、JR北海道。旅人を飽きさせないぜ、JR北海道。躊躇なく列車を出て改札を抜ける。駅員に15:55発であることを確認して町に出る。30分ということは1キロ先まで行ってもどってこられる。

 駅前からまっすぐ広い道路が伸びていた。そこを歩き始める。駅前に民宿があり、少し離れたところに旅館
があった。町は新しい。古い家屋はまったくない。2階建てか3階建ての箱型の家が広い間隔を空けて通りの両側に並んでいる。本州ならつまらない家並みと言いたくなるのだが、もともと北海道はこんな感じなのだ。家と家との間が欠けているのではなく、余裕がある間隔設定になっていることがわかる。それが北海道の家並みだ。

 見かけた飲み屋は2軒だけ。駅前からまっすぐ伸びた道路は300メートルほどで、別の道路と突き当たる。その道路はおそらく鉄道と並行しているのだろう。開いている商店はなかった。というより駅に通じる道路に商店はほとんどなかった。食堂はあったが、開いているのかどうかわからなかった。主に右手のほうに曲がったり脇道に入ったりしたので、わかりやすい道だったはずなのに帰るときに少し迷った。1分もかからず修復できたが、少しあせった。パソコンや服が入ったリュックは列車のなかなのだ。

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 駅前までもどってくるが、ここまで人を見ていない。聞こえてきたのは車の走行音と駅前近くのニューラッキーから漏れてきたパチンコ音だけだった。駅前に、コズミックホールという名前の施設があった。商工会などが入っているらしい。なかに入ってみると、入口に職員が2人いて、奥のテーブルの1つで女子高生が3人おしゃべりをしていた。人がいて、人が集まる施設があるのはよいことだ。ところでこの町は浦幌町というらしい。浦幌町で私が会ったのは5人だけだ。
 
 この近くにどうやら道の駅うらほろがあり、フレッシュバーガーを450円で売っているらしい。どこにあるかわからない浦幌町博物館ではレコードコンサートを行ったり、フォト・サークル21が15周年写真展をやっていることがわかった。近くにある浦幌町森林公園ではふるさとのみのり祭りが9月の第4日曜日に行われるらしい。

 どこかの踏切がカンカンカンと鳴り始めた。下り列車が来たようだ。あわてて駅にもどり、乗車する。対向列車が2両編成でやってきて、先に出ていった。それから少し経ったあと、私の乗った列車は出発した。充実した30分だった。

 豊頃町の2つの駅を過ぎた頃、日が落ち風景はほとんど見えなくなった。私の根室本線の案内もここで終わる。16:40に池田駅に着く。沿線最大の駅である。1分停車ですぐに発車。 

 帯広着は定刻通りだった。18:03発の新得行きに乗ると、新得に着くのは19:03だ。そこでの乗り換えは、18:29に帯広を発車してあとからやってくる快速狩勝になってしまう。快速狩勝は旭川行きなので、帯広でそれに乗れば新得で乗り換えをせずに済むのだが、その列車の新得での停車時間は3分である。列車を降りて駅前を見るわけにはいかない。18:03に乗ると、新得での乗り換え時間は11分に増える。11分あっても何もできないことを承知しているが、「北の国から」で蛍が新得駅に行くシーンがあったのを覚えている。まあどうでもいいことだ。18:03に乗るか18:29に乗るかは帯広の町次第だ。

 帯広の駅を出たときの感想は、でかい、である。駅前の骨格が太いと言っていい。帯広を通過したことはあっても、降りたのは1978年以来だから、ほとんど初めての町だ。
 
 駅前の都通りを南に向けて歩く。途中、きれいな照明のオブジェがあった。帯広は至るところがライトアップされている。そこから平原通りに入り、藤丸まで歩く。そこはショッピングモールのようなビルだ。ちかくに広小路というアーケードがある。帯広の通りは広く、歩道も広い。街は碁盤の目のように区画が割り振られていて歩きやすい。並木はライトアップされているし、ネオンもきれいに見える。おそらく町全体の工夫なのだろうと思う。ただ路地がない。旭川がそうだ。路地がない街は、飲み屋などが表に出てくる。その分、街は明るくなるが、深みはなくなる。駅にもどろうとするとき、そんなことを考えていた。

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 少し古いビルの壁に「北のうまいもん通り マルヒロセンター」と書かれているのを見つける。覗いてみると、ビルのなかの1.5メートルほどの通路の両側に小さい飲み屋が集まっている。なかに入って通り抜ける。まあまあおもしろい。こういうところもあったのだと思って、ビルの反対側に出たとき、さらにおもしろそうな路地が待っていた。「いきぬき通り北の屋台」と銘打たれたその一角は屋台通りだった。2メートルほどの通りの両側にそれぞれ10軒ぐらいの屋台が店を出している。そこを通り抜けたら、今度は「十勝乃長屋」と「和み小路」という2つの並行した飲み屋街があった。そこを抜けたところが名門通りだ。どんどん奥に引っ張られていく。帯広はおもしろい。「十勝乃長屋」と「和み小路」は「いきぬき通り北の屋台」より造りがしっかりしている。つまりハリボテでなく付け焼刃でもない。「いきぬき通り北の屋台」よりほんの少しだけ料金は高いかもしれない。

 名門通りはほんのちょっとだけ廃れた感じのする通りだ。あくまでちょっとだけなのだが、そこだけ道に雪と氷が残っていた。つまり道路を放置状態にしていた。

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 それにしても「北のうまいもん通り マルヒロセンター」を見つけていなければ、帯広のおもしろい場所を素通りするところだった。まだそういう場所があるかもしれないので、さらに進んでみたが、広い通りの一角に出ただけだった。ここで街歩きは事実上終わりである。あとは駅にもどるだけだ。おそらく昼間に来るとそれほど大した場所ではないかもしれない。しかし期待をしていなかっただけに帯広の街歩きはおもしろいものになった。

 駅ビルに入ったところにある豚丼のぶたはげからよい匂いがしてきた。その誘惑に負ける。7、8分で料理を出せるというので、豚丼を注文する。豚丼は十勝の名物である。料理にこだわりがあり、うまいし、おいしかった。

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 18:03発新得行きに乗るつもりでもどってきたが、これで18:29発の旭川行きに乗るしかなくなった。新得駅前を見ることはできなくなった。

 新得を出た列車は富良野を経由して旭川に向かう。根室駅でもらった小冊子の時刻表は旭川周辺をカバーしていなかったが、帯広駅で道内ポケット時刻表をもらった。これでどうやら北海道全部の列車のダイヤがわかるようになった。私は旭川までの列車の時刻しか調べてきていなかったので、明日からどう動くかの予定も立っていなかったのだ。
 
 道内ポケット時刻表で、富良野駅で滝川行きの接続があることがわかった。それがあるのなら、滝川のホテルを予約すればよかったのだ。私が調べた滝川行きは池田発18:50、滝川着が23:32で、それしかないと思っていた。それだと少し遅いので、旭川行きにしたのだ。富良野で20:39発に乗り換えれば、21:32に滝川に着くことはできたのだ。そうすれば滝川のホテルを予約していただろう。

 帯広発の列車は、富良野線に入ってから、英語のアナウンスも流れ始めた。観光路線はやはり違うと言いたいところだが、同じ列車内のテープなのだから、全駅で流せるようにしたほうがいいだろう。

 雪は降っていないが、列車が富良野線に入ると雪景色になった。富良野線のそれぞれの駅の光が雪に反射して
青白く輝いている。

 11:12に根室駅を出てからの列車乗り継ぎ旅は21:42の旭川駅着で終わる。快適な旅だったのに、疲れている。列車の乗り過ぎからくる疲労だろう。今夜のホテルは旭川駅からまっすぐ進んで右手に折れたところにあるはずだ。記憶ではそうなっているが、名前を覚えていない。疲れているのでメールを確認する気にもなれないが、それではホテルに行けないので、列車が旭川駅の2つか3つ手前の駅に着いた頃に、パソコンを開く。HOTEL KANDA。そうだった、ホテル名が英語だった。2,980円。普通のビジネスホテルなのだが、競争のある地域はホテル料金がぐっと下がってくる。根室の民宿は素泊まりで4,200円だった。札幌にあるが、根室にないもの。旭川にあるが、根室にないもの。函館にあるが、根室にないもの。それはホテルの値下げだ。

 このホテルは22:00までにチェックインしろと楽天トラベルのサイトにあった。途中コンビニでビールを買ってチェックインしたのは21:55だった。
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