FC2ブログ

日本細見紀行 

日本各地の旅日記
2018年11月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2019年01月
TOPスポンサー広告 ≫ 1日目-1 2017年7月23日 修善寺 八丁池周辺 TOP静岡 ≫ 1日目-1 2017年7月23日 修善寺 八丁池周辺 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | Comments(-) | Trackbacks(-)

1日目-1 2017年7月23日 修善寺 八丁池周辺 

中伊豆の山へ!
 
 何日も続いた九州豪雨の被害のメディア報道が少なくなってきていた7月22日、秋田県で豪雨があった。災害報道は一挙に秋田県にシフトした。この日たまたま雨雲レーダーをチェックしていた。報道はされていなかったが、静岡県北部の山のなか、富士山周辺でも線状降水帯は激しい雨を降らせていた。

 2007年1月の成人の日が絡んだ連休、爆弾低気圧の予報の出ているなかを旅したことがあった。爆弾低気圧の影響で鉄道がストップしては困る。移動手段がないと旅にならない。しかし旅の途中でストップするのは問題ない。

 爆弾低気圧が予想されるという天気予報が出た日にJRに電話を掛け、運行状況を確認した。爆弾低気圧を体験してみたくて豪雪地帯に出かけた。翌日小出駅から只見線に乗った。只見線の気動車は会津若松駅まで遅れることなく走った。爆弾低気圧が猛威を奮ったのはそのあとだった。会津若松駅で乗り継いだ磐越西線の電車は豪雪のなかで止まった。電車は一度動き始めたが、また止まった。停車中の車内の灯りが消えた。停電のなか救援はどうなるのだろうかと心配したが、車内の電力は復旧し電車は動き始めた。予約してあった郡山のビジネスホテルにチェックインすることはできた。その夜は一晩中、轟轟という空の音が郡山に響いていた。

 静岡県北部にあった雨雲が消える可能性があったが、明日は伊豆半島辺りに移動するかもしれない。しかしその時点での伊豆半島の各市町村の翌日の降水確率はどこも10%程度だった。リアルタイムの雨雲レーダーとは異なり、1日4回ほど書き換えられる天気予報はのん気なものである。

 半ば衝動的に翌日の伊東の宿を予約した。自宅を出たのは早朝である。

 相模鉄道本線    鶴ヶ峰 5:02発 → 横浜  5:18着

 JR東海道本線   横浜  5:28発 → 小田原 6:21着
 JR東海道本線   小田原 6:22発 → 熱海  6:45着
 JR東海道本線   熱海  6:49発 → 三島  7:01着

 横浜駅から三島駅までの98.9kmを3本の列車に乗り継ぐことになるとは思わなかった。三島駅で伊豆箱根鉄道駿豆線に乗った。

P7230001.jpg

 伊豆箱根鉄道駿豆線 三島  7:11発 → 修善寺 7:45着

 沿岸バス(オロロンライン/北海道)、仙台空港アクセス線などでは美少女系アニメキャラクターが使われているが、伊豆箱根鉄道でも採用されていた。ペイントされていたのはたまたま私が乗った一編成だけのようである。外装の一部ではなく窓を含めた側面全部がペイントされていた。アニメキャラクターの設定は何人かいるようなので、そのうちの1人を「踊子」風にしてもよいと思うが、東京駅発の特急「踊子」が1日2往復乗り入れている伊豆箱根鉄道がこれ以上「踊子」を使うことを、伊豆全体に路線網のある東海バス(東海自動車株式会社)は快く思わないかもしれない。東海バスこそ「踊子」をキャラクターにすべきであるが、頻繁に切符の種類を変えるこのバス会社が営業のアイテムとしてアニメを採用する方針は今のところないようである。

P7230003.jpg

P7230008.jpg

 8ヶ月ぶりの修善寺駅である。駅のなかにある観光案内所の始業時間は9:30になっていた。これでは何の準備もできない。駅前をぶらりと歩いたあと、駅構内にあるセブンイレブンでコーヒーを買って、バスを待つことにした。500mlの水のペットボトルを2本、昼ご飯用のおにぎりとパンを買った。

P7230012.jpg

P7230011.jpg

 八丁池口に行くバスは4月から10月の間の土休日だけにしか走っていない(GWと11月は毎日走っている)。今日はこのバスの発車時刻に合わせてやって来た。バスには数人が乗り込んだが、全員が終点まで行くとは限らない。

P7230010.jpg

 東海バス  修善寺駅バス停 8:40発

 修善寺駅を発車したバスは狩野川を渡ったところで下田街道(国道136号、国道414号)に入った。「日本の道100選」が忘れ去られた理由は、そもそも道を100本選定することが観光につながるのかという根本的な疑問とともに、つまらない道が選ばれすぎたからだと考えているが、下田街道(=天城路)はつまらなくない。

 バスが走る下田街道の両側つまり東西には山がある。前方も後方も山である。「天城路はすべて山のなかにある」といってもまちがいではない。天城路は、木曽路のような切り立った山のなかではないと考えがちだが、伊豆の山は急峻である。「房総半島には山も海もある」というのは千葉県民の共通認識で、伊豆半島もそれに近いと考えられがちであるが、伊豆半島の2倍の面積を誇る房総半島の最高峰である愛宕山の標高はわずか408mである。最高峰がもっとも低い都道府県は千葉である。一方、東西の幅の最長が40kmほどしかない伊豆半島の最高峰は天城山・万三郎岳の1,406mである。東・西・南の三方が海に面した狭い伊豆半島に1,000mを越える山は他にもある。その真ん中を走る下田街道は急峻な山あいを往く道路である。

 中伊豆を南に走るバス旅は60万年前のフィリピン海プレートの海底火山の隆起のあとを往く旅でもある。火山活動は終わっているが、半島は今なお本州中央部を押し込み続けている。「天城路はすべて山のなかにある」だけではなく「天城路は窮屈な山あい」である。

P7230023.jpg

 天城路つまり下田街道沿線に集落が広がっているところはほとんどない。国道に寄り添うように家々があり、観光客を目当てにした飲食店がある。そんななかをバスは徐々に高度を上げていった。

P7230016.jpg

 曇天のぱっとしない天気のなか、バスは月ヶ瀬、湯ヶ島を通過した。湯ヶ島は中伊豆の中心である。旅館がまとまってあり、そのうちの1つに川端康成が『伊豆の踊子』を執筆した福田屋がある。

P7230018.jpg

P7230020.jpg

 下の1枚は2006年9月10日に撮影した福田屋。川端康成が伊豆を旅したのは19歳のときである。

DSCF0027_201708040124592ad.jpg

 伊豆は川端康成のものである。

 バスは浄蓮の滝バス停を通過した。

P7230024.jpg

 下の2枚のうちの、上の1枚は1997年2月9日、下の1枚は2006年9月10日の浄蓮の滝。2枚の写真に変化はない。

IMG_0008_201708040145516d3.jpg

DSCF0020_20170804014659d8c.jpg

 道の駅「天城越え」で2人がバスを下り、3人が乗り込んできた。「天城越え」は『伊豆の踊子』と『天城越え』(松本清張)を象徴するものであったはずだが、いつしか石川さゆりのものになってしまった。

P7230027.jpg

 バスは新天城トンネルに入った。

P7230031.jpg

 旧天城トンネル(天城隧道)は新天城トンネルの(山の)上のほうにある。下の1枚は1997年2月9日の旧天城トンネル。長さは446mである。旧天城トンネルを車で通ることはできるが、2車線道路ではないので対向車が来ないことを祈りつつ走り抜けるしかない。今でもときどきドラマや映画のロケ地として使われている。

IMG_0012_20170804014903d5a.jpg

 暗いトンネルに入ると、冷たい雫がぽたぽた落ちていた。南伊豆への出口が前方に小さく明るんでいた。『伊豆の踊子』の、20歳の一高生と14歳の踊子を含む一行は(旧)天城トンネルを抜け下田まで歩いた。

 2017年のバスは不意に左折し国道136号を外れた。山のなかの専用道路に入っていった。少し走ったところでバスは停まった。ドライバーがバスを下り、道路を封鎖していたチェーンを外した。ここから先は専用バス・タクシー道路に入るので一般車両は入ることができない。

P7230032.jpg

 車の行き違いが困難な山道をバスは上った。途中に3頭の鹿がいた。

P7230035.jpg

P7230038.jpg


八丁池を歩く
 
 東海バス 八丁池口バス停 9:53着

 バスは八丁池口バス停に着いた。数人が下車した。ログハウス風の待合室があったが、そこはいつもの旅のような駅前ではなく田舎の田園地帯でもない。天城路はすべて山のなかである。

P7230039.jpg

P7230040.jpg

 灰緑色の山に囲まれた八丁池口バス停の上空は灰黒色だった。雨が降り出しそうだった。1時間半ほど前の修善寺の降水確率は10%だったが、ここは変わりやすい山の天気の支配下にある。

 八丁池に向かうルートはいくつかあるが、寒天林道を歩くことにした。整備された道はあちこちで傷んでいた。補装はところどころで途切れ、やがて土の道になった。

P7230042.jpg

P7230044.jpg

P7230045.jpg

P7230046.jpg

P7230047.jpg

 三筋山への分岐を示す案内板を右手にやり過ごした。

P7230043.jpg

 さらに10分ほど歩くと、コルリ歩道への案内板があった。このまま寒天林道を歩き続けた場合、6倍程度の距離を歩くことになる。ショートカットするためにコルリ林道に入った。

P7230050.jpg

 林道に入ったことを少し後悔した。道はなかった。ブナ、ヒメシャラの樹林帯の急斜面を上るしかないようだ。どの方向に上っても林道の出口に着くのならよいが、そうではなさそうだ。ところどころにある赤い杭に沿って上るのが正しいルートらしいが、杭が常に見えるとは限らない。これを林道と呼んではいけないだろう。

P7230051.jpg

P7230057.jpg

 落ち葉の堆積は斜面をすべりやすくしている。落ち葉もその下にある土も水をたっぷり含んでいる。

 コルリ林道を抜け大幅に迂回してきた寒天林道に出た。

 雨がぽつぽつ降ってきた。強い雨ではない。樹木を抜けてきた雨粒はその量をぐっと減らす。一方、肌にまとわりつく湿気の密度は高い。レインウェアを着ることにした。

P7230060.jpg

P7230062.jpg

P7230063.jpg

P7230064.jpg

P7230065.jpg

 すぐにオオルリ歩道への案内板があったが、寒天林道をそのまま歩くことにした。オオルリ歩道はコルリ林道と似たような、道のない上り斜面のようだ。下り斜面になる帰りのルートで歩くことにした。

 寒天林道を20分ほど歩くと、右手に青スズ台歩道への案内板があった。

P7230061.jpg

 この辺りは野鳥の森でもある。案内板によると16種類の鳥が生息している。夏場にしかいないのはホトトギス、ミソサザイ、コマドリ、コルリ、マミジロ、ウグイスであるが、そういう親切な解説も鳥の種類に関心のない私には無用である。歩き始めたときから鳥の声が聞こえていたが、何の鳥の鳴き声かさっぱりわからない。

P7230069.jpg

 少し歩いたところにトイレがあった。

P7230074.jpg
 
 トイレのあるところから寒天林道を逸れ2分ほど歩いたところに展望台があった。靄が覆っており、見えるはずの八丁池はまったく見えなかった。

 トイレのあった場所にもどった。ここから八丁池まではほとんど下り坂のようだ。それは、帰り道が上り坂であることを意味している。登山をしているのだから上り斜面を歩くのは仕方がない。嫌なのは、せっかく苦労して稼いだ高度を無にする下りである。

P7230073.jpg

 10分ほど歩いて八丁池に出た。八丁池口バス停からここまで約1時間である。

P7230078.jpg

P7230079.jpg

P7230081.jpg

P7230080.jpg

 八丁池の標高は1,173mである。池の周囲が八丁(約870m)あるので、八丁池と呼ばれるようになった。しかし八丁を歩くことはできない。池の周囲はモリアオガエルの生息地であり、保護のため池の周囲の半分は通行禁止になっている。

 池を覗き込み周辺の草むらを探ってみたが、モリアオガエルはいなかった。モリアオガエルを知らないので、正確にはカエルがいなかったと書くべきだろう。

P7230092.jpg

P7230096.jpg

 「天城の瞳」といわれる美しさはなかったが、靄は池を審美的にしていた。それは悪くない風景で、歩を止め休憩するにふさわしい場所だった。

 八丁池は天城山の火口湖であるとされていたが、活断層のズレによってできた窪地に水が溜まったというのが最近の説である。今でも火口湖であると記されていることは多い。

P7230089_20170804021708623.jpg

P7230091_20170804021710460.jpg

 八丁池口バス停からここまで誰にも会わなかったが、池の一角にある草場にハイカーが1人いた。

P7230087.jpg

 さっき通過したトイレのところにもどった。八丁池口バス停のほうに少し歩いたところに青スズ台歩道への入口があった。寒天林道を逸れ青スズ台歩道に入った。道ははっきりしていなかったが、迷ったわけではなかった。

P7230098.jpg

P7230101.jpg

P7230103.jpg

P7230104.jpg

P7230113.jpg

 樹木林のなかでセミが激しく鳴いていた。ところどころでセミは飛んでいるが、地面に下りてしまうセミもいる。カメラを近づけても、飛び立つ力は残っていない。まもなく寿命を迎えるのだろう。

P7230114.jpg

 薄褐色のカエルがいた。あとで調べてみた。モリアオガエルではない。赤ガエルのようであるが、確定できない。

P7230109.jpg

 標高1,236.7mの青スズ台休憩所に出た。草木が生い茂っている展望台から河津方面が見えるはずであるが、空との境界線がはっきりしない灰色の海があるだけだった。伊豆大島の輪郭はぼんやりとしていた。

P7230117.jpg

 ベンチに座って、買ってあったパンを食べたが、虫が寄ってくるので長居することはできなかった。

 ときどき雨粒が落ちてきたが、途切れ途切れである。

 オオルリ林道に入った。道がはっきりしない。赤い杭を探しながら下りるが、方向に確信が持てない。コルリ林道と同じように、湿った落ち葉が堆積し滑りやすくなっている。曇天の森の地表に光は届いていない。

P7230120.jpg

P7230121.jpg

 必要なのは斜面を下りる、慎重さと注意深さだった。薄黒色のブナ林の急斜面を下り寒天林道に出たときほっとした。

P7230123.jpg

 少し歩くと三筋山への案内板があった。

P7230126.jpg

 三筋山への歩道はわりと整備されていた。

P7230127.jpg

P7230128.jpg

P7230132.jpg

 ひたすら歩く工程に入ったようだ。

 ところどころでアップダウンがあったが、多くは下り坂である。

P7230133.jpg

P7230139.jpg

P7230140.jpg

 登山道を大量の雨水が流れたのだろう。侵食は激しかった。段差には木がはめ込まれ、土砂の流出を防ぐための補強がされていたが、階段状の上部の土がえぐられており、木のハードルだけが残った状態になっていた。

P7230138.jpg

 途中から急な坂になった。一方的な下り坂が続いた。

P7230145.jpg

P7230149.jpg

P7230151.jpg

P7230152.jpg

P7230153.jpg

P7230155.jpg

 奇妙な人工音が聞こえてきた。車の走行音ではないようだ。何の音なのかわからない。

 山を下りたところが広場になっていた。小さな広場には小さな東屋があり、さっき八丁池で見かけた人がベンチに座っていた。少しの時間、話をした。仕事がてらに土日には伊豆の別荘に来ているらしい。仕事ができる知的な感じの人だった。広場の近くにある駐車場に車を止め、八丁池まで往復したらしい。

 「稲取まで車で送りましょう」と言われた。心が動いたが、誘惑的な申し出をお断りした。三筋山まで歩いてみたい。
スポンサーサイト

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。