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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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2日目 2017年6月28日 福井 勝山 越前大野

えちぜん鉄道で勝山へ

 えちぜん鉄道福井駅でHさんと合流。福井駅東口のアオッサの1階にあるのはユトリ珈琲店なのだが、3階にもカフェがあるようだ。モーニングセットがよいらしいとHさん。

 あるはずの「オシロイヤ」はなかった。「食べログ」に掲載されていたのだが、見つけることができなかった。閉店した可能性がある。

 福井駅の北側を走るお泉水通り沿いにある三の丸ビルの「YEN」に行ってみた。ここもHさん調べである。地元客が多そうなカフェで、厚めのトーストを食べながら行き先を確認した。JR九頭竜線(越美北線)で越前大野駅に向かった場合、もっとも早く発車する列車は11:00台発になっていた。えちぜん鉄道勝山永平寺線は30分に1本の電車が運行されている。

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 福井駅でえちぜん鉄道勝山永平寺線の電車に乗った。

 えちぜん鉄道勝山永平寺線  福井 10:09発 → 勝山 10:58着 

 福井駅を出た電車は郊外を走っていたが、そのうち車窓の家々は少なくなった。終点の三国港まで平坦な地形を走る三国芦原線とは異なり、勝山永平寺線の電車は徐々に高度を上げていった。山のなかに入っていくというより、山の裾野を上っていく路線のようで、山側ではない左手(北側)の視界は広がっていた。九頭竜川が流れているはずで、緑のなかのところどころに集落はあった。

 途中、永平寺口駅に停車した。Hさんも私も永平寺を気に入っているが、今日は行かない。

 下2枚の写真の1枚目は1999年3月30日の永平寺駅(2002年、東古市駅=現永平寺口駅と永平寺駅を結ぶ永平寺線が廃止され、それとともに廃駅になった)、2枚目は永平寺。

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 昨日の三国芦原線と同様、勝山永平寺線の電車にもえちぜん鉄道は女性のアテンダントを乗せていた。無人駅が多いえちぜん鉄道の運賃収入はこのアテンダントたちに掛かっている。ふわっとした雰囲気のアテンダントが多いようだが、運賃の徴収率100%という使命を背負っているはずである。

 録音された音声で次の停車駅の案内が車内に流れていた。宍道湖(島根県)に沿って走る一畑電鉄のアテンダントは旅の案内にも力点が置かれていたが、えちぜん鉄道のアテンダントがマイクで案内をしたのは1ヶ所だけだった。勝山駅に近くなった小舟渡駅・比島駅間で「車窓絶景100選」の案内があった。

 「関東の駅100選」は有名であるが、「車窓絶景100選」を初めて知った。はっきり書いておこう。離れていた九頭竜川が線路に寄ってきたところで、それまでの沿線風景とは異なる場所を電車は走ったが、絶景ではなかった。「絶景」という言葉の意味が問われる車窓である。

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 後日「車窓絶景100選」をチェックしてみた。根室本線4ヶ所、函館本線3ヶ所など北海道の鉄道沿線が20ヶ所入っていたのはよいが、一方でまんべんなく全国に散らすため多くの鉄道会社を選ぼうとした意図も垣間見えた。えちぜん鉄道勝山永平寺線は後者に入るだろう。南海電鉄高野線の九度山駅・極楽橋駅間が入るのなら、山間路線の多くが選出されるだろう。信越本線の青海川駅周辺が入っていない、只見線が1ヶ所しかないなどあちこちで異議が上がる選考といわざるをえない。


勝山を歩いた

 勝山駅に着いた。駅舎は1914年(大正3年)開業以来のもので、2004年(平成16年)に登録有形文化財に登録されていたが、それほどいいとは思わなかった。駅員に観光案内所を確認したが、道順はイマイチわからなかった。

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 1988年に小型肉食恐竜の歯化石が発見され、2000年7月勝山市に福井県立恐竜博物館が開館した。この博物館はおもしろかったそうである。なかなか勉強になったとHさんは言った。

 福井駅西口広場に鳴き声が出る大きな恐竜像があり、JR福井駅構内、えちぜん鉄道福井駅構内のベンチには恐竜が座っていた。勝山駅前広場にも恐竜像があった。恐竜博物館の近くにはホワイトザウルスという白い恐竜像があるらしい。恐竜博物館からバスで恐竜発掘現場まで行くことができる。えちぜん鉄道は「えちぜん鉄道恐竜セット券」を発売している。

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 福井はあの手この手で「恐竜」を押し付けてくる県である。クイズ番組で出題してほしい「どの場所でも恐竜が目に留まる県はどこですか?」。しかし恐竜にあまり関心を持つことができない私は、福井県や勝山市の期待に副うことができない。

 九頭竜川に架かる勝山橋を渡り、勝山の中心部に入った。

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 郵便局から3つ目の通りを左に折れた。本町通り商店街のアーチがあった。キーワードは「ゆとりと創造」。言葉通りであるのなら、ゆっくり歩くことができる通りには創造的な店があるのだろう。

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 山岸まさひろ氏の選挙事務所に、勝山藩長柄道中図を描いた看板があった。絵のモデルがあるのだろうか。

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 本町通りは伝統的な町屋が連なる通りである。

 料亭「板甚」は勝山の老舗料亭で、隣は「ふくや」。

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 北陸銀行の「行銀陸北」の看板はすばらしい。暖簾もなかなかよい。

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 銘茶「みのや」の2階には窓の代わりに横板が張られていた。板と板の隙間から外が見えるのだろう。

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 本町通り沿いの駐車場の奥にハンバーガー店「NALU」。

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 「ムロヤ陶器店」は家庭陶器金物、ガラス食器、衛生陶器の店である。

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 醤油味噌醸造の「松屋」は本町通りのイチ押しである。おばあさんが店のなかを説明してくれた。

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 呉服「沢田屋」は端正な佇まいである。呉服の店の多い通りである。

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 立派な店がいくつかあり、古い家屋はしっかりと管理されていた。

 福井県道131号に突き当たった。

 福井県道131号を少し東に歩き、2つ目の通りを右(南)に折れた。左手に勝山市公民館と勝山市役所があった。気温が上昇しており、少し休むために公民館に入った。夕張、根室、宜野湾など特殊な問題を抱える地域の役所を見学する価値はあるが、勝山市役所におもしろいものはないだろう。

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 勝山駅から延びている通りに出た。東に行ったところのファミリーマートで飲料を買いさらに東に歩いた。

 下の8枚は2008年7月29日に歩いたときのものである。中心部は今とほとんど変わっていない。「ムロヤ陶器店」「松屋」「沢田屋」「斎藤食品店」などは健在である。

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 下の2枚も2008年7月29日の勝山。遊郭だったところである。2008年7月は今日よりも広いエリアを歩いたようだ。そういうことをすっかり忘れていた。ブログを書くために過去の写真をチェックしなければ、思い出せなかった。

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 元町交差点を渡ったところの左手にある「はたや記念館ゆめおーれ勝山」に入った。織物の記念館である。繭から機織りまでの工程がわかりやすく展示されていた。機織り体験をすることもできる。2階には、明治から使われていた木製の糸紡ぎ機が動いており、当時の工場の様子の再現がされていた。掲示されていた写真は当時の勝山の産業と女子労働者の様子や生活がよくわかるものだった。明治初期から中期まで日本の産業の中心は繊維産業だった。勝山がその一翼を担っていたことを知った。

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 Hさんは機織りに関心があるようで、機織り機を友人に譲ってもらう機会があるらしい。一部屋を占拠されてしまうことになりそうだ。

 「はたや記念館ゆめおーれ勝山」は町歩きの休憩場所としても悪くない。
 
 勝山駅のほうに歩いた。Hさんが見つけた、本町通りの近くの「おいしい、ちよ鶴」に入った。福井名物のソースカツ丼を食べるつもりだったが、「おいしいものランチ」を注文した。地元で採れた野菜を中心にしたランチは、見た感じが明らかに女子向きだった。それはつまり明るく色とりどりで品数が多くヘルシー感があるということである。

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京福バスで勝山から越前大野へ

 勝山駅にもどらないで、「おいしい、ちよ鶴」の近くのバス停でバスを待った。勝山駅を発車するバスがここを通るはずである。勝山駅の発車時刻は確かめてあった。

 京福バス勝山大野線  尊敬光寺前バス停 14:46発 → 大野六間バス停 15:13着

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 バスの左手の奥のほうに越前大仏が出現するかどうかを気にしていたが、大仏は屋内にあることをバスのなかで知った。越前大仏は相互タクシーの創業者が建立した日本一大きい大仏である。

 五重塔が見えたが、すぐに家々の間に隠れた。それを2度ほど繰り返したが、写真を撮ることはできなかった。五重塔の隣に大伽藍が見え隠れしていた。越前大仏はそのなかにあると思われる。

 バスが勝山を離れようとしたとき、畑の向こうに勝山城(博物館)が見えた。周辺に建物はなく城全体がきれいに見えた。天守閣からはよい眺めなのだろう。

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越前大野を歩いてみた

 大野六間バス停で下車するのがよいとバスのドライバーは言った。下車したあと、バスの走ってきた方向に少し歩き、七間通りに入った。そこは七間通りの真ん中付近だった。16世紀の楽市楽座の時代から400年続く朝市が毎日開かれている通りである。とりあえず西に歩いてみた。

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 七間(朝市)通りが本町通りとぶつかるところに山本醤油味噌醸造元、朝日屋があった。

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 本町通りを少し南に歩き右(東)に折れた。

 越前大野城が見えた。「天空の城」として売り出しているが、雲海に包まれた越前大野城を見ようとすると、城の西1kmにある犬山城址(標高324m)の南出丸下に行かなければならない。そこに行くコースは3つあるが、今日は行かない。

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 大野公民館があった。越前大野の昔の写真が展示されていた。

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 大野公民館の少し北に武家屋敷旧内山家があった。

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 南に歩いた。迷いかけたが、御清水(おしょうず)に着いた。環境庁指定の「名水百選」に選ばれている湧き水である。湧き水が上がってくる丸井戸が「水飲み場」である。ペットボトルに水を入れた。味がない普通の水だった。「洗たく場」「野菜洗い場」に向けて水が流れている。洗ったあとの野菜くずが水に浮いていた。

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 七軒(朝市)通りにもどった。和菓子、酒屋など様々な店が並んでいた。勝山の北陸銀行の看板は右から左に読ませる「行銀陸北」だったのに、越前大野の北陸銀行は左から右である。

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 Hさんがパンを買うというので入ったパナデェリアでコーヒーを飲んだ。

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 七軒(朝市)通りにも湧き水があった。

 花垣(はながき)に入った。花垣は、蔵元である南部酒造の地酒の銘柄であり、販売店名である。メディアにも頻繁に取り上げられている。店は新しいが、奥のほうは古そうである。数種類の地酒の試飲ができた。あまり時間がないなかHさんは熱心に試飲していた。

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 花垣の近くにあった大門屋は呉服店である。1階は「シルクduカフ」になっていた。Hさんがここに来てみたかったのかどうかはわからないが、呉服の展示場になっている2階で牛首紬(うしくびつむぎ)の説明を熱心に聞いていた。

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 下の5枚は2008年7月29日の越前大野の中心部である。つまり今日歩いたところ。

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 下の4枚は2000年1月1日の越前大野。このときは真冬の越前大野城に登った。この頃の大野城はまだ「天空の城」とは呼ばれていなかった。
 
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 少し急ぎながら越前大野駅へ。

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 越前大野駅に着いた。17:10発の列車に乗れない場合、次は19:18発になる。JR九頭竜線の越前大野駅・福井駅間の列車本数は1日9往復である。反対方向の(終点)九頭竜湖駅に向かう場合の列車本数は1日5往復になる。

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 下の1枚は2000年1月1日のJR九頭竜線。ゆるキャラがない時代である。ゆるキャラはシンプルにデフォルメされたものが多いのでデザインは子供っぽくなる。車両の外装に使った場合、遊園地の乗り物っぽくなってしまう。今日の九頭竜線の気動車の外装はまさにそれである。「JRじゃない、大野鉄道だ」と言ったのは「私じゃない、Hさんだ」。

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 下の1枚は2000年1月1日の九頭竜湖駅。山のなかの、九頭竜線の終着駅である。九頭竜線の正式名称は越美北線である。福井県側はJRであるが、岐阜県側は長良川鉄道の越美南線である。JR発足(国鉄分割民営化)時に第三セクターになり現在に至っている。越美南北両線がつながることは永遠になくなってしまった。ちなみに前述の「車窓絶景100選」に長良川鉄道は入っていないが、えちぜん鉄道永平寺勝山線よりはよい景色を見ることができるだろう。

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 JR九頭竜線 越前大野 17:10発 → 福井 18:03着


沖縄料理「南風(ぱいかじ)」で、福井2日目の夜
 
 福井に着いた。

 深夜食堂ふう飲み屋あるいはバルのようなお洒落系など検討したが、どういった店に入るのかを決めていたわけではなかった。

 ガレリア元町商店街を抜けたところにあった沖縄料理店が目に留まった。半ば衝動的に沖縄料理「南風(ぱいかじ)」に入った。

 カウンターの近くに沖縄民謡ライブの掲示があった。カウンターのなかにいたスタッフが、沖縄民謡ライブの写真に写っている人と同一人物らしいことをHさんが気が付いた。

 そのスタッフとスタッフの姉妹は南風ファミリーという沖縄民謡のグループを結成していた。毎月第4金曜日に店の奥でライブをやるらしい。私たちが話したのは飛武呂(ひむろ)さんである。

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 ちょっと立ち寄っただけだった。このあとHさんも他の店に行くつもりだったと思う。そんな感じで飲み始めたのだが、結局、最後まで居ることになってしまった。

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 店内に沖縄のムードが溢れかえっていたわけではなかった。派手であることが多い沖縄料理店にあっては少し地味な感じもしたが、居心地はよかった。私たちはこのあと、Hさんが乗るえちぜん鉄道の終電の時間までたわいのない話をすることになった。
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