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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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5日目―2 2017年6月4日 北九州(門司港 小倉) 

関門海峡を渡る

 下関から北九州に向かう。今下関駅にいる。JRで行くことにした。

 下関と門司を結ぶルートは6つある。

[1] 山陽本線は3,614mの関門トンネルを通る。

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[2] 山陽新幹線の新下関駅と小倉駅の間にある新関門トンネルは18,713m。東海道・山陽新幹線のなかで最長のトンネルである。

[3] 関門橋は高速道路の橋である。下の2枚は1998年5月4日の関門橋。下2枚のうちの2枚目は壇之浦パーキングエリアから。このときは神奈川県から車でやって来た。中国自動車道から九州自動車道に入った。

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[4]関門トンネルは国道2号のトンネルである。同名であるJR山陽本線と区別するため、関門国道トンネルと呼ばれている。

[5] 関門連絡船。下関と門司を結んでいるが、巌流島経由で行く航路が新設されていた。下の2枚の2枚目は2007年3月29日の巌流島の宮本武蔵と佐々木小次郎像。このときは巌流島から門司に行く航路はなかった。

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[6] 徒歩。関門橋の近くに関門人道トンネルがある、下の2枚は2007年4月1日の海底トンネル。

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[X] 山口宇部空港から北九州空港行きの航路はもちろんない。両空港間の直線距離は30kmくらいである。

[X] 泳ぐ。海流の速さは時速18kmといわれている。オリンピック選手が泳ぐスピードは時速5km。流されるだけでなく、途中最低でも数隻の船に遭遇するだろう。自殺行為である。

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 晴れた日にはフェリーが一番楽しい。徒歩は変わった体験として記憶に残るだろう。

 JR山陽本線  下関 14:14発 → 門司 14:21着

 JR西日本とJR九州の共同管理駅である門司駅で鹿児島本線に乗り換えた。

 JR鹿児島本線  門司 14:37発 → 門司港 14:45着


門司港レトロを歩いた

 終着駅の門司港駅で下車した。

 門司港駅の開業は1891年(明治24年)である。10年後の1901年(明治34年)に関門連絡船が運航を開始した。

 1911年(明治44年)から下関駅・小森江駅間で貨物の輸送が始まった。貨車をそのまま乗せて船が海峡を渡っていた。門司港駅の衰退はこの頃から徐々に始まっていたのかもしれない。

 行き止まりの直線のホームに広告はまったくない。すばらしすぎる。賑わっていた頃の門司港駅がイメージできる。「駅」といってはいけない気がする。「停車場」と呼ぶのがふさわしい。

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 柱の上部から天井に掛けての梁の部分にレールが使われていた。戦後の一時期にホームの屋根が建て替えられたのだろう。

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 駅構内のあちこちにレトロな雰囲気が残されていた。

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 駅を出たとき、駅舎そのものを見ることができなかった。1914年(大正3年)に建てられた駅舎のことである。出る場所を間違えたのかと思い、ぐるりと歩いてみたが、それらしきものは見当たらなかった。駅員に確認した。門司港駅は修復中で、白い壁にすっぽりと蔽われていた。

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 駅周辺を歩いてみた。

 旧門司三井倶楽部。アインシュタイン夫妻が宿泊した部屋と林芙美子記念堂がある。林芙美子当人は下関生まれだと言っていたらしいが、没後20年余り経って、誕生の地は門司市小森江(現北九州市門司区)と発表された。だからここに記念堂があるのだろう。それはどうでもいいことだが・・・

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 作家の角田光代が語ったことがずっと頭のなかにある「林芙美子の『下駄で歩いた巴里』っていう文庫を読んだら、彼女こそまさに元祖バックパッカーだったなぁと思って」。尾道の林芙美子像は着物を着た旅姿である。これがちょっとフーテンの寅さんっぽいのだ。

 旧大阪商船。わたせせいぞうのギャラリーがある。

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 第一船だまり周辺を歩いた。下関だけではなく松山と結ぶ高速船も運航されていた。

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 8月に関門海峡花火大会がある。門司港、下関の両岸どちらから見ても楽しいだろう。


懐かしの門司港/10年前と19年前

 下の11枚は2007年4月1日の門司港レトロ地区。

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 下の5枚は1998年5月4日の門司港レトロ地区。

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門司港の錦町と清滝

 2007年も1998年も門司港レトロ地区つまり観光コースを歩いただけだ。今日は門司港駅の南東側を歩いてみる。

 国道3号線の門司港郵便局前交差点から南東方向に歩き、栄町銀天街に入った。端から端まで歩いたが大きな特徴はない。普通の商店街の部類に入れていいだろう。古い店は主に西日本シティ銀行側(東北側出口)に集中的にあった。とりわけ「平民食堂」「藤原商店」はレトロだった。

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 かって錦町には新町遊郭があった。錦町公民館の周辺だと思われる。少し離れた小高いところに三宜楼が見えていた。

 途中にあった古民家チャイハナのグリシェンカフェ。「グリシェン」は花壇の意。ウイグルとウズべギスタンをコンセプトにしているらしい。なかはまったりしている感じだ。オーナーらしき人に入っていかないかと誘われた。寄るかもしれないと伝えて、その場を去った。入りたい気持ちはあったが、帰りは通り過ぎることになった。

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 お食事「いろは」。おそらく今日の一押しになるのだろう。

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 萬竜は中華料理店。

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 三宜楼が近付いてきた。

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 錦町の南側は清滝である。

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 門司は大陸貿易の拠点であった。清滝には最盛期の大正から昭和にかけて10軒以上の料亭があったといわれている。旅館は多く、芸妓数は200、置屋は20軒以上だったといわれている。三宜楼は門司の繁栄を象徴する料亭である。

 三宜楼のすぐ近くに料亭大和が残っているはずだ。三宜楼の周辺を歩き回った。この辺りは丘陵地帯になっており、坂道の路地を行き来したが、狭いエリアを15分ほど歩いても見つけることができなかった。

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 そこですよ、とおばあさんが教えてくれた。もう営業をやってないんですよ、大和は。人は住んでいますけどね。

 三宜楼の隣が料亭大和だった。

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 そっちのほうを上っていくとくねくねしていて帰ってこれないですよ(私がうろうろしていたところである)。わたしはずっとここに住んでいるのでなんでも聞いてくださいね。


ふたたび門司港レトロ

 九州鉄道記念館の横を通り、第一船だまりにもどった。

 下の1枚は黒川紀章が設計した103mのマンションである。31階は展望室である。左側は1912年(明治45年)に建てられた煉瓦造りの旧門司税関。

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 バナナマンとバナナマン・スティック。ゆるキャラらしい。バナナの叩き売りは門司港が発祥の地らしいのだが、よくわからない。2体作るのなら、1体のほうを昔の服装をモチーフにしたほうがよかったのではないかと思った。

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小倉のタンガ・テーブルにチェックイン

 門司港駅から鹿児島本線に乗った。

 JR鹿児島本線  門司港発 16:56発 → 小倉 17:08着

 小倉駅で下車した。南口からは福岡県道36号沿いに北九州モノレールが南に走っている。

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 北九州モノレールを運営しているのは北九州高速鉄道株式会社である。定款によると、広告宣伝業、飲食店業並びに食品雑貨、薬品、酒類及びタバコ等の販売業、損害保険代理業、生命保険の募集に関する業務、旅行業務などいろいろやっているのだが、鉄道事業は北九州モノレールの運営を指す。普通、高速性能に劣るモノレールを「高速鉄道」といわないだろうと思い調べてみたら、大阪モノレール線と国際文化公園都市モノレール線を運営しているのは大阪高速鉄道株式会社だった。

 北九州モノレールの西側の通りを南に歩いた。南に向かう商店街は2本あった。商店街の名前がころころ変わり把握しにくい。ジグザグに歩いたのでそう思うのかもしれない。明日確かめてみることにする。

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 大阪のよう。

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 ギラヴァンツ北九州はJ3リーグのフットボールクラブである。小倉駅の北にあるミクニワールドスタジアムをホームとしている。

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 商店街のなかにあった丸亀製麺で夜ご飯。

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 タンガ・テーブル(Hostel & Dining Tanga Table)にチェックインした。下関のウズハウス同様、お洒落なゲストハウスである。

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Comment

編集
いよいよ九州ですね
門司のタワマンは福岡在住時代に建設されたのでよ〜く覚えています
大批判されましたが、完売だったですね
NHKで当時、作家の佐木隆三さんが住んでいた番組を観ましたが、窓から関門海峡が見えるのが素敵でした
小倉のスナックでも話題でしたね
できれば住みたいところ候補です
2017年06月29日(Thu) 23:49
No title
編集
Maxさん

下関に行き関門海峡を見たら、必ず九州に入りたくなります。なぜか必ず、なんです(笑)

門司のタワマンのこととか佐木隆三さんが住んでいたこととか、今までも思っていたことですが、Maxさん日本のあちこちのことをホントよく知ってますよね。

関門海峡が見えるのは気持ちいいですよね。下関のウズハウス(ゲストハウス)は窓から関門海峡、屋上からは関門橋が見えました。僕は下関側から見る関門海峡のほうが好きです(笑)
2017年06月30日(Fri) 12:12












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