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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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やってみるさ~。起業家たちのコザ。

11日目 2013年12月13日  那覇  コザ

 7:00過ぎに起床。朝から旅日記を書く。9:20にチェックアウト。外は傘を差している人と差していない人が半々ぐらいだ。傘を差さないで歩き始めるが、途中で雨足が強くなる。慌てて傘を差すが、雨足はさらに強くなった。スコールだ。折りたたみの小さい傘ではほとんど役に立たない。靴のなかに水が染み込んでくる。通りを歩く人はいない。みんな建物の軒先に避難している。避難したのは沖縄かりゆし琉球ホテルなは。ロビーの一角でコーヒーを飲んで一息つく。

 11:10頃、ホテルを出る。雨は小降りになっていた。バスターミナル2階のみつ食堂は満席だった。こんなに人気がある店だったのか。昼ご飯はあきらめ、近くのコンビニでおにぎりを買う。
 
 11:30頃、屋慶名行きのバスに乗る。道路はかなり混んでいて、那覇を抜けるのに時間がかかった。途中の道路もそれほどスムーズに進んだわけではない。大謝名から真栄原経由で、いつもより15分ほど余計に時間がかかっている。バス内でおにぎりを食べる。

 道路幅が広がり、両側に背の低いビルが林立し始めるとコザだ。前回来たのは10ヶ月ほど前だ。懐かしさはない。また来たなという感じだ。胡屋バス停で降りる。コザミュージックタウン音市場に入って驚いた。いつ来ても閑散としていたが、賑わっている。いや正確に書いておかなければいけないだろう、閑散としているコザミュージックタウン音市場にしては、まあまま賑わっているといったところだ。

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 13:00頃、赤坂ホテルに向かう。ここは何年も前に泊まったことのあるクラウンホテルのすぐ近くにある。クラウンホテルは、おじいとおばあが経営している素朴なホテルだ。デイゴホテルと並び、気に入っているホテルの1つだが、今回の旅はホテル料金を最安値で乗り切りたい。

 赤坂ホテルは悪くない。見栄えはちょっとあやしい感じがしないでもないが、フロント付近はバックパッカー宿の雰囲気を少しだけ醸し出している。部屋は満足できる。1泊3,500円だ。小さい場末のホテルといっても、やはりコザのホテルである。那覇のビジネス系のホテルとは異なり部屋には余裕がある。

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 ホテルを出て少し歩き、国道330号線を渡る。街歩きスタートである。まず中央パークアベニューをコリンザのほうに向かう。いつものコースを歩いているだけなのだが、コザには驚かされる。新しい店ができているのだ。

 そもそもコザは廃れた感じのする街だ。アーケードのある銀天街や一番街はその象徴だが、中央パークアベニューも例外ではない。しかし毎回来るごとに新しい店が出ている。特に今回はそう思った。

 コザはスクラップアンドビルドが進む街だ。多くの店が撤退していったが、その都度いくつかの店が出店している。普通、廃れた感じのするコザで新しく商売をするのは難しい、と考える。しかしそう考えないで、いやそう考えた上でなおかつ、やってみようとする人が多いということなのだろう。

 コザは起業家精神にあふれる街なのかもしれない。起業をする際に慎重であることは必要だ。リスクがあるのなら、それを回避するためにリスクマネジメントを発揮し、リスクを軽減していく。あるいはビジネス自体をやめてしまうのが起業のセオリーだ。だから実際はそうしているのかもしれない。そうしておいた上でも、結果として撤退していかなければならないことはある。長い目でみれば、そのほうが多いだろう。
 
 慎重な起業は存在する。慎重すぎる起業というのも存在する。そして慎重ではない起業というのも存在する。コザに多いのがどのタイプなのかはわからないし、起業に必要な個人的な意志と用意周到さなどそもそも計りようなどない。おしなべてコザの起業はこうなのだと定義付けをすることにも意味はない。

 判断が早いという言い方はできる。やってみた、うまくいかない、すぐにやめる。良い点は、大怪我をしないということだ。傷が浅いので再生までの時間は短い。

 懲りない面々であるという言い方ができるかもしれない。この言い方は語弊を含む。1回の失敗であきらめない、ちょっとしたことでへこたれないタイプが次のチャレンジを可能にする。

 コザは変わり続けることができるからこそのコザなのだ。だから経済が順調だとは思えないコザで、次々と店が誕生しているという事実に旅人は驚く。

 今年の9月にコザ一番街は「THE空き店舗内覧会」を行った。空き店舗を公開し、なかを見てもらい、そこで開業したいという人を募集しようというものだ。起業する人には店舗改装などにかかる費用の半分以下(最高1,000,000円)の補助があるらしい。写真を見た限りでは、内側がきれいな物件もあれば、物が残っているので片付けが必要な物件もあった。

 行政のサポートは実施されつつある。この地域は無料のKOZA Wi-Fiが利用できるようになった。30分で接続できなくなるのはちょっとせこい気がしないでもないが、再接続できるので問題はない。この前来たとき試験運転していた中心市街地循環バスは、今年の4月から本格運転していた。一方で車での買い物客を誘致するための駐車場マップはかなり以前から配布されている。起業のサポートはすでに実施段階に入っている。それ以上は行政の出る幕ではない。

 一方でNPO系の店や施設が増えている。ゆんたくまちやは映画ポスターが展示してあった。それで観光客の関心を引こうとしているのは、夕張(北海道)や青梅(東京)と同じ発想だ。ポスターはおそらく50年代のものに特化している。それは何かを考慮してのことかもしれない。店の奥はカフェになっていて、地元の人も立ち寄れるようになっている。琉球職業能力開発学院は、民間の教育サービスのスクールなのかどうか判別がつかなかった。ファミリーサポート・ジョブカフェ(沖縄市ファミリーサポートセンター)というところも新しくできたようだ。

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 こういう半ば公共的な施設が必要なのかどうかは疑問である。コザミュージックタウン音市場を始め、コザBOX、FMコザ、コザ・インフォメーションセンター、ヒルストリートなど同じような施設がコザにはかなりあるのだ。コザは住民にたいしても旅人にたいしても昔から、それなりに手厚いだろうと思えるサービスをしてきている。
 
 コザのニューヨークレストランは何年も前に廃業している。Aサインバーのある有名店だった。1度食事をしたことがあったが、それっきりになっていた。いつ廃業したのかはわからない。閉じられた店の奥を覗き込んだことが3度あった。誰も使わなくなった暗い店内に椅子などが乱雑に置いてあり、ピンボールのマシンがあった。今回、驚いたのは、ドア横の看板だけがロサンゼルスレストランに変わっていたことだ。悪い冗談かと思った。夜、インターネットで検索すると引っかかってきた。

 あるコミュニテイとRBCビジョンが共同で制作した地域コンテンツムービーのタイトルがロサンゼルスレストランだ。東京から来た男が廃業したロサンゼルスレストラン(実在したニューヨークレストランがモデル)を復活させようとする物語で、3分×5話で完結している。「平成23年度中心市街地域活性化事業 商業活性化地域連携モデル事業」からの助成金を制作費の一部にしているらしい。2分の予告編を観た。全編を観ていないので本来、論評はできないし、助成金とやらの出所も知らない。しかしあえてリスクを承知で書いてやる。

 まったく行政とは阿呆の集まりだ。ムービーを勝手に作るのは自由だ。それは趣味だ。趣味のテーマがコザの復活に関係するのなら、助成金を出すのか。このムービーが何を呼び起こすのか。これは起業家とは何の関わりもないことだ。こんなものに助成金を出すのなら、ゲート通りのタトゥーの店に、長年そこで営業していることへの感謝状でも送ってやれ。

 さっきリスクを承知でと書いたが、まったく取るべきリスクがあるのかね。

 行政がどれだけビジネスの周辺を掘り起こしても、再生の核となるのは起業家だ。常に天から金が降ってくる行政に、金の効果的な使い方は身に付かない。起業家は自分のこととして金を使う。その過程で雇用を創出し、商品やサービスを提供し、金を流通させる。行政は当然のこととして税金を徴収する。この「当然のこととして」の意識が、行政が進歩しない理由そのものだ。

 起業家の生き方とその実践の過程で練り上げられる思考と手法は周囲のモデルとなるだろう。それこそが周囲を鼓舞するのだ。それができれば、コザの小さな4番バッターたちが、オレンジレンジほど有名である必要はない。

 コザのおもしろさはまちがいなく、あとから現れるチャレンジャーの存在だ。そういうコザに期待しているというわけではない。私が期待してもしなくても何の関係もない。ただ、コザの商店街に突然出現している店を見てきた。衰退しているだけの町はすぐにわかる。コザは、衰退のなかでも、それにあがない続け、新しいものを出せる街だ。私はコザのがらんどうのような感じが好きだ。同時に、角を曲がったところに突然出現する奇抜な店はコザのもう1つの魅力であると思っている。

 巨大商業施設コリンザは、キーテナントがことごとく撤退した。ビッグワン(デイスカウントストア)が撤退し、ベスト電器が撤退し(電池を買ったことがある)、コールセンターが規模を縮小した。ハローワークや沖縄市民小劇場あしびなーが入っているが、商業施設としては失敗である。

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 コザミュージックタウン音市場は当初、失敗感が漂っていたように思う。目の前の歩道橋を撤去したのは正解だろうが、なぜこんな役に立ちそうもないものを造ったのだろうというのが最初の感想だ。しかしもしかしたら少しずつ地域に馴染んできているのではないか。

 揶揄した書き方をすると、高齢者は1階に置かれた椅子を休憩場所として使っている。ほとんど誰も行かない3階に置かれた数個のテーブルは女子高生の放課後のおしゃべりの場となっている。そこはコザのエアポケットでもある。つまり人はかなり自然発生的に集まりつつあるのだ。

 2階のJAはお引き取りいただこう。店舗が空いているからといって、業種にかかわらずテナントを決めるという馬鹿なことは、テナントがある程度集まった今はもう止めたほうがいい。1階のすき屋は店舗スペースを半分か3分の1にしていただこう。全国統一のチェーン店において、コザにだけ合う商品開発はとうてい無理である。つまり、満席になるはずがないすき屋の広大なスペースは無駄だ。おそらく今まで、施設側は広いスペースをまず店舗で埋め、次に人で埋めることだけに専念してきたはずだ。これからはスペースごとの人の密度を高めるための工夫が必要だろう。そこにコザ・オリジナリティを追求しないでどうする。打てる4番候補が周囲にひしめいているというのに、肝心の基幹施設を今のレベルに留めていいはずがない。それはやる気のある、そして懲りない面々に失礼というものだ。ここはまだスタートしたばかりだ。コザの中心として周りを引っ張っていかなければならないのはこれからなのだ。

 街の変貌は那覇の国際通りでももちろんあるが、店舗単位での変遷にあまり興味はない。国際通りにあった覆面レスラー中心のプロレス団体はどうなったのだ。ドン・キホーテやジュンク堂の前はどうなっていたのだろう。見てきたはずなのに、まったく覚えていない。おそらくそれらは私にとってどうでもいいことなのだろう。

 ただ那覇全体の変貌に興味がないわけではない。最初に行ったときの那覇は汚かった。国際通りは暑いだけだった。国際通りにあった歩道橋の上で、ここはいったいどういう街なのだろうと思ったことを覚えている。むせかえるような雑踏のなかで、どっちに行けばいいのだと迷っていた。

 一昨日に見たガーブ川中央商店街組合の「なつかしのまちぐゎー展」は、那覇の変貌をよく表したものだった。それは私の体験したことのない那覇だった。私はそこで古い白黒写真を眺めながら、私のなかのどこか深い部分に向かってそろりそろりとエレベーターを降ろしているような感覚でいた。

 中央パークアベニューから1番街やサンシティを通り、ゲート通りに出る。そこから嘉手納基地のほうに歩く。この辺の店は派手だ。途中のゴヤ市場はあいかわらず寂しげな感じだ。古い看板は近くの天ぷら屋の大きな看板に負けている。カフェは2、3軒あるが、店の多くは米兵向けの服や帽子を売っている。ほとんどの店は大きな看板を掲げ、派手な店舗造りをしている。

 高速道路の下をくぐり、嘉手納基地の玄関前まで行く。ここまで入るのは自由なはずなのだが、写真を撮っていると、米兵が寄ってきた。日本語で、高速道路の下から基地側は写真撮影が禁止されていると言われた。撮りたければ広報を通してくれということだ。目の前でデジカメの写真を2枚消去したのだが、まだ1枚残っている。それをブログに載せるかどうか考えながら、来た道をもどっていく。右手にクラウンホテルが見える。ここはまだ泊まったことがない。

 コザミュージックタウン音市場にもどり、休憩する。店でコーヒーを買い、テーブル席に座って飲む。旅人をゆっくりさせる場所をありがとう。もうすぐクリスマスか。ここを応援してやるか。

 そのあと中の町社交街のほうを歩く。ネオンがぽつぽつ点いている。雨が冷たい。夜がコザをつつもうとしている。

 17:50前に、コザミュージックタウン音市場にもどり、Mさんと会う。Mさんが2度行ったことがあるというおでん小町に行く。ここは沖縄おでんの専門の店で、メニューはおでんしかない。おでんの定番メニューに加え、てびちなども食べる。出汁はてびちから取るようで、それがここのおでんの味の基本になっているようだ。てびちは忘年会などの注文もきており、その準備が忙しいらしい。
 
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 そのあと胡屋十字路近くのRed Kitchen & Cafeに入る。コロナ、ブラジリアンピザ、ポテト。おでんの味が吹き飛ぶメニューだ。注文したものは少ないが、量が多く食べきれなかった。客は、私たちとあとから入ってきた人だけだ。店は流行っていないのか、それとも私たちの来る時間が早すぎるのかわからない。もともとブラジリアン系統の店らしいが、タイ料理などのメニューもあるし、泡盛を飲むこともできる。

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 Mさんとはコザや沖縄を旅したときの話などをした。韓国、旅全般、ブログの話もした。共感できること、見解が一致することは多い。ところどころで感じ方が微妙に異なるところもある。しかし共感できる部分も含めて、もしかしたらそれは大したことではないかもしれない。お互い旅好きで、コザで会うことができるということがとても貴重なことなのだ。

 沖縄県営鉄道の話もした。与那原駅が修復することを教えてくれたのはMさんだ。彼が言う「沖縄に山手線の電車が走ったら、どうしますか?」。そんなことは想像していなかった。それだけは駄目だ。あんまりだ。いくら何でもひど過ぎる。きっと私は沖縄山手線を避けて、沖縄を旅するだろう。
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