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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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5日目 2017年2月8日 大原 摺沢 花巻

すばらしかった丸全旅館

 楽天トラベルで、丸全旅館は2月20日まで満室になっていた。どうしても泊まりたかったので、3日前の2月5日の朝、盛岡駅から電話を入れてみた。エアコンなしの部屋でよければ、ということで泊めてもらえることになった。ファンヒーターを入れてくれるらしい。楽天トラベルでの素泊まりの宿泊費は4,300円だが、4,000円でいいですよ、と言ってくれた。

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 予定より2時間ほど早く着いたが、布団は敷かれていた。浴衣、タオル、バスタオルが部屋に置かれていた。

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 予約の際に素泊まりであることを伝えていたが、昨日のチェックインのとき、朝ご飯付きに変更させてもらった。追加した朝ご飯は部屋まで運ばれた。朝ご飯付きで5,000円だった。

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 ご主人と女将さんは素朴で親切で細かいところに配慮が効いていた。配慮は旅館のあちこちからも感じられた。例えば、モノの配置、細部への清掃などである。高級旅館なら当たり前のことであるが、丸全旅館と同じような宿泊費で雑な宿泊先はいくらでもある。

 築100年、木造3階建て、硝子張りの丸全旅館の写真を撮った。屋根、廊下や欄干の一部に使われている「赤」に特色があるといっていいだろう。欄干の一部に塗られた「赤」はややもすればけばけばしい印象を与えるが、あえて積極利用していると思われる。キッチュとしてのおもしろさである。古典的な風味を守っている旅館とは一味ちがう。

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大東町大原を歩いてみた

 女将さんに見送られて10:00前にチェックアウトした。

 大原の町並みを歩いてみた。この小さい町を歩くのに要する時間は15分ほどである。

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 町の真ん中を走っているのが平泉と陸前高田の今泉を結ぶ今泉街道で、大原はちょうどその真ん中ぐらいにある。

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(参考)

 陸前高田の今泉を気仙川が流れている。気仙川の対岸にあるのは“奇跡の一本松”である。東日本大震災の大津波は今泉を飲み込んだ。2011年6月29日にレンタカーで国道45号(東浜街道)を走った。今泉を含む陸前高田は壊滅していた。現在の今泉は陸前高田都市計画の今泉地区被災市街地復興土地区画整理事業が進行中である。今泉地区112.4haがその対象となっている。事業の完成予定は2019年3月31日である。

 下の2枚は2011年6月29日の今泉周辺。

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 大原には蔵造りの商家が残っていた。全体としてこじんまりまとまっている印象はあるが、1つ1つの建物は平入りであったり、妻入りであったりする(出入り口の設置場所によって建物は平入りと妻入りの2つに分けられる。平入りは、建物の平側(棟に対して直角方向)に出入口を設ける形式であり、妻入りは建物の妻側に出入口を設ける様式である)。

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 江戸時代の大原村は宿場町で、足軽も配置されていた。産物は砂鉄・生糸・紅花・養蚕などであった。明治以降も大原村は宿場町であり交易市場であり続けたが、国鉄大船渡線が開通し摺沢駅が開設してからは衰退の一途を辿った。

 町のなかに「水掛祭りの里」という掲示板があった。ここに来るまで知らなかった。300年ほど前から行われている奇祭である。祭りの日は毎年2月11日と決まっているようで、3日早く来てしまったことになる。沿道の人たちから水を浴びせかけられながら、裸の男たちが「火防祈願」「無病息災」「家内安全」を願って走るらしい。女人禁制の祭りで、女性は水をかけることも走ることも許されていない。

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 一関観光協会が発行している30ページの観光ガイド「いちのせき」に大原の町並みは載っていない。掲載すべきだろう。

 大原は増田よりライトである。「大人の休日倶楽部」の吉永小百合が歩くより、「いくぜ、東北」の松岡茉優のほうが似合う。鉄道のない増田をJR東日本がCMに使ったのだから、大原も取り上げてほしい。

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 大原の西北にある山吹棚田は観光ガイド「いちのせき」に記載されていた。40枚の水田があるらしいのだが、この季節に行く意味はない。


大原→摺沢→一ノ関→花巻

 今泉街道から少し離れた大東バスターミナルに向かった。

 一関市営バス 大東バスターミナル10:40発 → 摺沢(すりさわ)駅前10:57着

 摺沢に向かう途中のバス停脇に小さなカッパの像があった。すぐ脇に「曽慶川かっぱ伝説」の掲示板があったが、バスのなかからでは読めない。岩手県にはカッパ伝説が多い。

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 摺沢駅で切符を買った。花巻まで85.5km、運賃は1,490円である。切符は途中下車前途無効である。ドラゴンレール大船渡線に乗った。

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 JR大船渡線 摺沢11:28発 → 一ノ関12:08着

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 途中で猊鼻渓のある砂鉄川を渡った。

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 一ノ関駅で東北本線の盛岡行きに乗り換えた。昨日の旅日記にも書いたが、大原も摺沢も(旧)大東町にある地名である。その大東町は2005年9月、一関市、花泉町、千厩町、東山町、室根村、川崎村と合併し、一関市となった。JRの駅の名称は「一関」ではなく「一ノ関」である。

 JR東北本線 一ノ関12:28発 → 花巻13:18着


花巻駅でやるべきこと

 花巻駅で下車した。まずやるべきことは今夜の花巻駅周辺での居場所を確認することである。東京駅行きバスの発車時刻である24:55までの時間をつぶす場所を決めておく必要がある。

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 駅の出入り口に、駅舎の閉鎖が23:45であると表示されていた。トイレは23:40で閉まるようだ。駅にいた場合、バスの発車時刻の1時間ほど前に駅舎を追い出されることになる。駅で過ごすことは止めにした。外は0℃ほどになるだろう。

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 花巻に向かう電車のなかで調べていた。花巻駅から10分ほどのところにイトーヨーカドーがあり、そのなかにミスタードーナツがあった。イトーヨーカドーもミスタードーナツも閉店は21:00となっていた。岩手県道298号沿いにあるマクドナルドの閉店時刻は23:00、ガストは(翌日の)3:00となっていた。なんとかなりそうだ。観光案内所で駅周辺の居酒屋の場所を確認してみたが、居酒屋に1人で入った場合、間が持たない。

 観光案内所では、花巻温泉のホテルの日帰り入浴についても尋ねた。日帰り温泉の終了時刻は21:00までとなっていたが、花巻温泉から花巻駅にもどるバスの最終時刻は18:30である。花巻温泉に遅くまでいることは無理であるだけでなく、花巻温泉に行くかどうかを迷ってしまった。


花巻の遊郭跡探しは不発あるいは惨敗

 先に行きたいところがあった。花巻駅を出て岩手県道103号に南に歩いた。500mほど行ったところにあった「賢治最中本舗」を左に折れ、最初の信号を右に折れた。その辺りからアーケードが出現した。

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 1959年4月創業のマルカン百貨店が廃業になったのは2016年6月である。あるサイトによると売り上げのほとんどの部分を大食堂で占めていたとか。

 そのまままっすぐ南に歩いた。双葉町に入った。飲み屋街である。それほどおもしろいと思わなかったのは、表通りに飲み屋が出てきており、何本かある路地に飲み屋が入り込んでいなかったからである。退廃的な場末感はあったが、一方でどこかあっけらかんとした感じだった。怖いもの見たさからくる、路地の奥に引っ張られるような感じはなかった。

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 双葉町の東が豊沢町である。この辺りから建物は歯抜けのようになってきた。

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 その東に東町があった。「裏町」と呼ばれ遊廓が置かれていた場所である。『日本遊里史』(上村行彰/1929年)によると貸座敷数9、娼妓数39となっている。

 結果を書くしかない。どこをどう探しても、遊郭跡はなかった。

 八幡宮、稲荷神社、旅館、銭湯の存在はその近くに遊郭があったことを示す材料になるのだが、2つあった神社の、それぞれの掲示板からは何もわからなかった。八坂神社はスサノオノミコトを祀った神社であり、大町童児稲荷神社は珍しい「こども稲荷さん」だった。

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 一般家屋にあったタイルを写真に撮ってみた。撮るべきものが見当たらないのでそうしただけである。古い板金工場も写真に撮った。理由は同じである。

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 唯一あったホテル花城の周辺を歩いてみたが、遊郭の片鱗はなかった。ホテルの名称である「花城」の2文字だけが、遊郭の存在を臭わせる。元遊郭だった可能性がなくはないが、それは想像の域内である。

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 遊郭の残滓を見つけるという点においては惨敗である。私がその場所にたどり着けなかったという可能性もゼロではないが、おそらくそうではない。花巻の遊郭跡は消滅しているのだと思う。

 盛岡、大曲、横手、北上、水沢、一関、花巻。すべての街で遊郭跡はその傷痕をとどめていない(帰宅してから水沢をグーグルマップでチェックしていたとき遊郭跡なのかどうか判別がつかない建物を見つけただけである)。理由は、岩手県、秋田県の遊郭の規模が大きくなかったことにある。ふつうなら県庁所在地やそれに相応する都市にだけあるのだが、両県の場合は小都市に分散していた。だから崩壊に向かうのも早かったということなのだろう。


宮沢賢治の町、花巻

 花巻駅にもどることにした。

 「宮沢賢治生家跡」があった。歩道にそのことを表記した石碑があるだけである。その後ろにある家の表札には賢治と同姓の名が記されていた。血縁の方が住んでいるようである。   

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 「賢治の広場」の前に上町バス停があった。少し待つとバスがやってきた。花巻駅を通過してイトーヨーカドーに向かうバスだった。

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 宮沢賢治のゆかりの地を目的として歩いたわけではないのに、「賢治最中本舗」「宮沢賢治生家跡」「賢治の広場」など次々と賢治の名前の付いた店や施設が現れた。花巻は宮沢賢治の町である。観光案内所でもらった「花巻旅図鑑」で確認すると、花巻市内だけで「宮沢賢治記念館」「宮沢賢治イーハトーブ館」「宮沢賢治童話村賢治の学校」「賢治耕作の地」「雨ニモマケズ詩碑・賢治祭」の5つの施設があった。

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 岩手県交通バス 上町14:19発 → 花巻駅前14;25着


ホテル花巻(花巻温泉)で日帰り入浴

 上町バス停で乗ったバスを花巻駅前で下車した。

 しばらく待って台温泉行きのバスに乗った。台温泉は花巻に10ある温泉のうちの1つで、花巻温泉の奥にある。山間のひなびた雰囲気のある温泉町に15の温泉宿がある、そのうち8つの宿で日帰り入浴をやっていることはわかっている。本当は花巻温泉よりも台温泉に行きたいのだが、台温泉から花巻駅に向かう最終バスの発車が17:42だった。あまりに早すぎた。

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 岩手県交通バス 花巻駅14:50発 → 花巻温泉15:12着

 バスはイトーヨーカドーを経由した。下車したのは台温泉の手前にある花巻温泉バス停である。「歓迎・花巻温泉」のアーチを潜った。

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 花巻温泉の宿泊施設は4つある。いずれも巨大ホテルである。1990年代の始めに仕事の関係で4つのうちの1つである、ホテル花巻に泊まった。そのとき、4つのホテルはすべて同じ系列であると聞いた。

 ホテル千秋閣、ホテル花巻、ホテル紅葉館、佳松園のうち、日帰り入浴をやっているのは千秋閣、ホテル花巻、ホテル紅葉館の3つである。ホテル花巻に行ってみることにした。外観はほんのわずかにくたびれた感じがした。ホテル花巻の手前にあるホテル千秋閣のほうが新しそうだった。入ってみてさらに古そうだったら、出てこようと思っていた。

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 ホテル花巻の入口ドアを開けた瞬間、2人の女性が近づいてきて「今日はどういった御用で」と尋ねられた。「日帰り入浴を利用したい」と答えると、それではスリッパに履き替えていただいて、となった。一連の流れでそこまで運ばれてしまった。やんわりとした対応だったが、逃げる隙を与えなかった。

 2階の様子をなんとなく覚えていたが、どこがどうだったという細かいところまでは思い出せなかった。

 湯にいたのはみんな泊り客のようだった。

 入浴を終え、ロビーでコーヒーを飲んだ。断られる可能性があると思いながら、コンセントがあるのかを尋ねると、1ヶ所だけあった柱の近くの椅子に案内された。

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 17:00前、30人ほどの中国人の団体が到着した。レセプション付近にいたスタッフが総出で出迎えていた。バスのなかからスーツケースを運び出し、レセプション前に並べることが主な仕事らしい。一瞬ロビーが賑やかになったが、中国人たちが部屋に入ってしまうとまた静かになった。

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 最終バスに乗るために、18:15頃ホテル花巻を出た。


花巻の夜の過ごし方

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 花巻温泉18:30発 → 一日市18:43(頃)着

 花巻駅行きのバスがどういうルートを通るのかを知っているが、帰りのバスはイトーヨーカドーを経由しなかった。ガスト、マクドナルドにもっとも近いバス停をドライバーに尋ねてみた。一日市バス停で下車しイトーヨーカドーまで歩く、そのあとイトーヨーカドーの北側にある自動車教習所の東の道をまっすぐ進むとガストの目の前に出ることを教えてもらった。

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 一日市バス停からイトーヨーカドーまでは5分もかからなかった。

 今日は2月8日。[8]のつく日のイトーヨーカドーは「ハッピーデー」である。ミスタードーナツに入った。腹が一杯になるものを食べたかったが、このあと別の店に入る必要があった。

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 21:00、閉店になるミスタードーナツを出た。自動車学校の東側の細い道を10分ほど歩くと、岩手県道298号に出た。県道の反対側にガストがあり、そのすぐ北側にマクドナルドがあった。この通りはバイパスのような自動車道なのだが、観光案内所でもらった「花巻旅図鑑」によると「花巻スイーツ通り」となっていた。ケーキ屋、ベーカリー、カフェ、レストランがあるようなのだが、それらの店が開いている時間帯ではない。

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 マクドナルドは23:00に閉店する。翌日の3:00に閉店するガストに入った。ワイルドプレート(あらびきハンバーグ+牛カルビ+ヒレカツ)を食べた。

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 花巻観光協会の発行している花巻飲食店情報誌の名称は「注文が多い料理店」である。この情報誌に、さっき入ったばかりのホテル花巻の特別優待入浴券が付いていたことをガストのなかで知ることになった。

 ガストには3時間いた。予定通りである。


東京へ

 0:20過ぎにガストを出て、0:35頃、花巻駅に着いた。自由通路を潜って西口ロータリーに移動した。

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 発車時刻の10分前くらいにオリオンバスは到着した。オリンパスのカメラでオリ(オ)ンバスの写真を撮ってみた。花巻駅からは7、8人が乗車した。

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 花巻駅西口ロータリー0:55 → 東京駅八重洲南口8:24(頃)着

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