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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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6日目 2016年11月7日 滑川温泉 福島 飯坂温泉

よいお年を! 今年最後の送迎車で峠駅へ

 福島屋のスタッフは交代で勤務し、常時十数人が宿にいる。そのスタッフたちの、2016年の宿仕舞いは今日の昼である。私を送り出したあとスタッフたちは解散となるが、2人(今年は3人)が冬場も勤務を続ける。たまに峠駅から雪道を歩いてやって来る旅人の多くは冬山登山の客である。自炊棟しか開けない福島屋は山小屋としての機能を発揮することになる。

 よいお年を! 

 最後の片付けをしていたスタッフに言われた。私が昨日からの唯一の泊り客だと知られている。11月7日にこの言葉を聞いた日本人はほとんどいないだろう。

 福島方面行き列車の、峠駅の始発は7:35で、その次は8:25である。3本目は13:25発になってしまう(昨日米沢から乗ってきた列車である)。8:25の福島行きに乗ることを昨夜伝えていた。

 道路の一部に溜まっていた水は凍っていた。私だけを乗せた今年最後の送迎車は8:00前に福島屋を出た。

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 山のなかをうねうねと走りJR奥羽本線の峠駅に着いた。


峠駅ふたたび

 電車が来るまで15分ほどの時間があった。モグラ駅である土合駅(JR上越線)ほど珍しくはないが、それに次ぐ珍しさはある。

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 列車が到着する5分ほど前に「峠の力餅」の売り子がホームに立った。

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 昨夜「峠の力餅」についてHPで調べてみた。昼過ぎには2本の列車が峠駅に到着する。福島発の下り列車が峠駅に着くのが13:20。米沢からやって来る上り列車が峠駅に着くのが13:25。最初の列車で「峠の力餅」が売り切れてしまった場合、5分後の下り列車にたいし商品の補充ができない場合もあるらしい。

 日本国有鉄道時代、長大編成の客車の窓を介して「峠の力餅」が売られていた。松本清張ならこの5分を利用した推理小説を書いたかものしれない。

 峠8:25発 → 福島8:54着

 峠駅は無人駅である。自動券売機は備え付けられていない。近隣の駅も同じ状況だと思われる。JR東日本はこの区間の往復12本の列車をワンマンにしていないようだ(推測である)。乗客への車内での切符の販売ということよりも、冬の時期の積雪などに緊急対応するためであるような気がする。隣の板谷駅、赤岩駅では使われていないスイッチバックの跡が車窓にあった。昨日見過ごした米沢側の大沢駅と合わせると、(米沢側から)大沢、峠、板谷、赤岩の4駅連続スイッチバックになる。列車はすさまじい勾配を下っていた。

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福島のどこに行く?

 福島には何度か来ている。最後に来たのは、昨年の夏の青春18きっぷの最終日(9月10日)である。宮古(岩手県)からの帰り、越河(こすごう)駅から救済タクシーに乗せてもらい福島駅に来た。台風18号が鬼怒川を決壊させたときである。  

 下の1枚は2015年9月10日の福島駅。

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 福島でやることを決めていなかった。昨夜友人のブログを読み返してみたが、福島の街歩きの記載はなかった。

 福島駅の観光案内所で福島市の地図と飯坂温泉のパンフレットをもらい、駅ビル内にあるドトールコーヒーに入った。ネットに接続し福島市周辺をチェックしてみた。第一候補は一度行ったことのある飯坂温泉である。御倉邸(旧日本銀行福島支店長役宅)は阿武隈川に面したところにあり、福島城址も近い。岩谷観音は少し遠いがバスで行ける。


飯坂温泉へ

 福島駅東口の北側にある福島交通と阿武隈急行電鉄の乗り場に向かった。1面しかないホームを2つの鉄道会社が共有している不思議な駅である。福島交通飯坂線に乗った。1ヶ所に見どころが詰まっているのは飯坂温泉しかなかった。

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 福島交通飯坂線は路線総延長わずか9.2kmのくせに、起点から終点までの運賃は370円というバカ高さである。同距離の場合のJRの、幹線の場合は190円、地方交通線の場合は200円である。

 福島交通の運賃がいかに高いかを証明するために、首都圏でもっとも運賃が高いと思われる北総鉄道北総線についても調べてみた。たまたま370円の料金表示があった高砂・秋山間はわずか6.2kmだった。9.2kmにもっとも近かった京成高砂・松飛台間8.9kmの運賃は450円だった。福島交通に謝罪します、運賃の高さを糾弾されるべきは北総鉄道だった。

 大人1名、小学生1名、幼児2名が利用できるという意味不明の1日フリーきっぷを800円で買った。そのタイプしかないのだから仕方がない。飯坂温泉に9ヶ所ある共同浴場の1ヶ所に入ることができるのは魅力かもしれない。

 福島10:55発 → 飯坂温泉11:18着

 飯坂線の車窓がぱっとしないことを知っている。電車のなかで飯坂温泉のパンフレットを見ていた。


芭蕉を一瞥し円盤餃子の店に直行した

 飯坂温泉駅に着いた。

 やって来たのは2016年ではない、1689年(元禄2年)である。松尾芭蕉は飯塚(飯坂温泉のこと)で苫屋(とまや/苫で屋根を葺ふいた粗末な家)に泊まったため、好意的な感想を記していない。尾花沢の紅花問屋である鈴木清風をほめちぎったのとは対照的である。『奥の細道』の、土地による記述内容の差は受けた待遇による差である気がしてならない。

 駅前にあった芭蕉像を一瞥し(写真を撮るのを忘れた)飯坂温泉観光協会に入った。車内で熟読した飯坂温泉のパンフレットによると、円盤餃子を食べることの店の営業時間はすべて17:00開店になっていた。飯坂温泉観光協会で“昼から”円盤餃子を食べることのできる店を尋ねてみた。2軒あると即答された。優秀な観光協会である。

 飯坂温泉観光協会のすぐ近くにあった「麺飯酒家万来」に入った。この店の場合は、餃子の数は22コと決まっているようだ(他店は20コぐらいだと思う)。円盤餃子だけを注文した。この注文の仕方によって、観光客だとバレてしまった。

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 店が混んできた。あとから入店した夫婦と相席になった。この夫婦も円盤餃子を注文した。食べている最中だった私に質問が飛んだ。

 どうですか、22コを食べられますか?
 10コ目を越えたところから少しお腹が一杯になってきましたが、大丈夫です

 大きくない餃子を黙々と食べた。

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 円盤餃子は飯坂温泉にだけあるのではない、福島名物である。


飯坂温泉を歩いてみた

 飯坂温泉は鳴子温泉、秋保温泉とともに奥州三名湯のひとつに数えられている、これはよい。しかし、古くはヤマトタケルの時代にまでさかのぼる、あるいは飯坂温泉の開湯は2世紀頃である、ということになれば、本当なのだろうかと疑ってしまう。古い温泉であることを表現したい場合の歴史の持ち出し方に疑問ありである。

 芸妓組合が今もあるらしいことは注目してよい。歓楽系の温泉地であることに疑いはない。

 「麺飯酒家万来」から西北に歩いた。古い店がなくはないが、通りは整備されており古くレトロな温泉街というわけではない。通りは右に流れるようにカーブしていた。なかむらや旅館、ほりえや旅館などがあるところで温泉街の雰囲気がでてきた。

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 その先にあったのが旧堀切邸である。飯坂温泉だけではなく福島市全体としても観光資源の上位に入るスポットである。名家の土蔵「十間蔵」は福島県内で最大で最古であるらしく「主屋」の歴史的価値は高いらしい。しかしまあそれはどうでもいい。

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 堀切家の出目は16世紀ぐらいから判明しているようである。堀切良平の長男善兵衛、次男善次郎は日本の近代政治史に残る活躍をしたようである。善兵衛の経歴はあざやかである。10期当選の政友会の衆議院議員で、高橋是清蔵相の大臣秘書官、のちの高橋総理の総理大臣秘書官、加藤高明内閣の農商務参与官と商工参与官、衆議院議長、犬養毅内閣で大蔵政務次官になっている。松岡洋右外相に乞われて駐伊大使になり、日独伊三国の協力関係の構築にあたった点については、結果として汚点になってしまったといえなくもないが、近代日本に十分貢献した人物であった。

 善次郎は神奈川県知事、若槻禮次郞内閣の復興局長官(関東大震災の復興を目的とした局だと思われる)、東京市長、斎藤実内閣において法制局長官などに就任した。戦後の幣原内閣下では内務大臣を務めている。

 堀切家が興味深いのは、教科書には登場しないまでも明治から昭和の近代史の重要な政策に関わっていたことである。

 飯坂温泉の魅力は摺上川の両岸に旅館が立ち並んでいることである。新十綱橋を渡って国道399号を南に歩いた。

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 下の写真の建物の形状と駐車スペースの位置から判断すると、元コンビニエンスストアだったはずである。コンビニエンスストア跡のコインランドリーはとくに地方で頻繁に見るようになった。

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 中規模の旅館が通り並んでいた。

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 右手に見えてきた十綱橋渡れば、飯坂温泉駅や飯坂温泉観光協会に出るが、もう少し南に歩いてみた。

 さびれた感じのスナックや飲み屋があったが、さびれた感は一定レベルに止まっている。

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 ラヂウム玉子の販売元があった。

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 歩いて来た道をもどった。十綱橋を渡り飯坂温泉駅の北側にある波来湯(はこゆ)に入った。温泉設備は新しく風情はどこにもない。一度見たことのある古い波来湯はレトロで、温泉は川に向かう階段を降りたところにあった。川が近かった。そこは2008年に一度休止し現在の湯を建設したのだと思われる。現在の湯船は建物の地下にあった。それは古い湯船に行くために川への階段を降りたのと同じ場所なのかもしれない。

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 かって波来湯のすぐ近くに「若喜旅館」があったが、1994年1月に死者5名、負傷者3名の火災を出し廃業に追い込まれた。それはその年の正月のニュースになった。そのとき新聞記事を見たことを今でも覚えている。1997年5月に行ったときは、焼け焦げた跡はまだ残っていた。

 下の4枚は1997年5月5日の飯坂温泉。

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 飯坂温泉に9ヶ所ある共同湯は定休日を分散している。飯坂温泉最古の湯である鯖湖湯(さばこゆ)も建て替えられたばかりのようで、外から見る限り、芭蕉が入ったといわれているような古さはなかった。月曜日(今日)が定休日だったので入ることはできなかった。

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美術館図書館前駅で途中下車してみた

 飯坂温泉13:50発 → 美術館図書館前14:09着

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 XX県立美術館前といった駅名はあるだろう。しかし「美術館図書館前」駅は珍しいというより、他にない。1924年の開業時は森合駅であった。この地にあった福島大学経済学部森合キャンパスが移転し、その跡地に福島県立美術館と福島県立図書館が完成した。それを受けて、1991年に駅名を改称した。福島交通としては、どちらか一方だけを選択して駅名にすることができなかったのだろう。

 美術館図書館前駅で下車してみた。飯坂温泉にまた来ようと思ったのは、この名称の駅を昨夜見つけていたからだ。途中下車するつもりだった。1面2線のホームと小さな駅舎があった。駅名を表示した看板はなかなかいい感じである。

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 せっかく下車したのだ、駅から100mほど離れた福島県立美術館と福島県立図書館に行ってみた。月曜日は両館ともに休館日だった。

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 下の1枚は美術館図書館前駅の近くにあった旅館。

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高速バスで東京へ

 美術館図書館前14:34発 → 曾根田14:36着

 曾根田は駅舎のある駅である。福島交通で駅舎のある駅は多くない。駅舎はレトロではなかった。やや期待はずれである。1駅先は終点の福島駅である。次の15:01発の電車を待ってもいいのだが、福島駅までの800mを歩くことにした。

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 福島交通飯坂線の線路を越え、東北本線と奥羽本線の踏切を渡り、東北新幹線の高架下を潜った。福島駅西口に向かって歩いた。

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 福島駅東口は商業施設が集まっている駅の表口である。西口にも高いビルはあるのだが、商業施設があまりない。駅近くにあったコラッセ福島に入ってみた。12階建ての新しい建物の1階に福島県観光物産館、2階に福島市産業交流プラザが入ってみた。福島県パスポートセンターや行政サービスのコーナーもあった。

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 1階の休憩スペースにしばらくいたあと、リッチモンドホテルの前にある西口ロータリーに移動した。そこは予約してあるさくら高速バス(さくら観光)の乗り場である。バスは郡山、須賀川を経由し東京に向かう。

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 福島駅(西口バスロータリー4番乗り場)15:30発 → 東京駅(八重洲口鍛冶橋駐車場)21:18着予定。


     終
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Comment

編集
山形、福島の旅お疲れさまでした
全然行った事の無い所が多くて参考になります
山形の思い出は、仕事ですが山形から伊丹空港行きの飛行機に乗った事です
こんなルートを見つけて嬉しかった事を覚えています
何故なら、東京から山形に行く新幹線車内で電車酔いしたからで、新幹線で酔った事に驚いており、極力乗りたくない路線になってます
なので、なるべく仙台からバスで行く様にしてます
2016年11月15日(Tue) 19:04
No title
編集
Maxさん。

山形から伊丹空港なんて、山形の人かごく一部の大阪の人しか知らないですよね。人の知らないルートを見つけるというのは密かな快感です。鉄道と路線バスを組み合わせれば、全国のところどころには残っています。

新幹線では普通酔わないです。昔の紀勢線と中央西線は、初期の頃の「ふりこ電車」が特急で走っていました。私も中央西線の特急しなので途中下車しようなかと迷うくらい酔いました。
2016年11月16日(Wed) 02:25












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