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日本細見紀行 

日本各地の旅日記
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5日目 2016年11月6日 米沢 峠 滑川温泉

上杉の町を歩いた 謙信より鷹山!

 8:40にホテルモントビュー米沢をチェックアウトした。リュックをホテルに預けるかどうかを迷ったが、持っていくことにした。

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 米沢でやりたいことはひとつもない、どこかで朝ご飯を食べること以外は。そう思いながら歩いていたが、時間が早すぎた。それに今日は日曜日である。多くないカフェやレストランはことごとく閉まっていた。

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 松岬公園の方向に歩いていたので、堀に囲まれた公園に着いてしまった。公園のなかには上杉神社とその宝物殿である上杉神社稽照殿がある。上杉神社でお参りをした。

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 米沢といえば上杉謙信である。乱世であればそういうことになる。

 しかし治世であれば、上杉鷹山であろう。

 ケネディ元大統領が尊敬した日本人であり、「なせばなる、なさねばならぬ、なにごとも」の名言を残した。その政治的手腕で、米沢藩の窮地を立て直したことは現在にスライドして解釈しやすい偉人であるといっていい。

 米沢市民はこの人を愛している。紀州で「徳川吉宗」と呼び捨てにしても問題ないが、米沢で「上杉鷹山」と言ってはいけないらしい。「上杉鷹山『公』」と言わないといけないというのは本当だろうか。

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 米沢市上杉博物館が開いていたので入ってみたが、入り口が開いていたというだけだった。展示物を見るためには待たなければならなかった。

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 上杉の町である米沢には米沢織物歴史資料館や酒造資料館東光の酒造などもあるのだが、イオンに行くことにした。イオンのショッピングセンターならカフェがあるだろう。

 米沢市上杉博物館から山形県道13号を北に向けて歩いた。途中にあった白根澤合資會社には米沢市景観賞のプレートがあった。

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 下の1枚は2007年7月31日の白根澤合資會社。上の写真と建物は変わっていないようだが、外灯が新しくなっていた。

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 途中にあった古い家。

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 下の1枚は2007年7月31日に撮った同じ家。写したい場所は変わらないということなのだろう。家の前にあった自動販売機は取り払われている。

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サティとイオンと『スイングガールズ』と

 北に歩いていた道を途中でじぐざぐに歩き、山形県道152号沿いにあるイオンに着いた。

 イオン米沢店はかってサティがあったところである。サティの前はジャスコだった。ジャスコ→サティ→イオンと建物の主は変遷を遂げた。戦国の世は謙信の時代だけではない。流通戦争は戦後から今日まで続いており、ダイエー倒産以後も止むことがない。

 イオンがまだサティだった頃、そこは映画『スイングガールズ』(主演/上野樹里、貫地谷しほり、本仮屋ユイカ)のロケ地の1つだった。ビッグバンドジャズを始めた女子高校生を撮った映画は、その後の女子高校生ブームの先駆けになった。

 下の写真は2016年11月6日つまり今日のイオン。

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 下の写真は2007年7月31日のサティ。

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 映画『スイングガールズ』のなかでは、サティ前の広場でガールズが演奏していた。2007年7月にサティを見に来たあと、山形鉄道フラワー長井線に乗った。この沿線もロケ地である。

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 イオンのショッピングセンターにカフェはなかったが、古いタイプのミスタードーナツはあった。今年の5月に、自宅の最寄り駅にあるミスタードーナツが全国の店の先陣を切りカフェ型の店舗としてリニューアルされた。ついこの前、ドーナツ業界での生き残りを賭け、ミスタードーナツは値下げを行うと発表した。ドーナツ業界は戦国時代に入った。この流れを作ってしまったのはコンビニエンスストアにドーナツを置いたからなのだが、ドーナツ市場はコーヒーマーケットほど巨大ではなかったということが証明されてしまった。どこもかしこも戦国の世である。

 下の1枚はカフェ型のミスタードーナツ鶴ヶ峰店(横浜市旭区)。2016年10月1日撮影。

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 朝ご飯をドーナツにした。コンセントを使うことができたのをよいことに、ドーナツを3個食べ、コーヒーを3杯おかわりした。2時間ほどいることになったが、旅日記がそれほど進んだわけではなかった。

 さて、朝ご飯が終われば、次は昼ご飯である。米沢を歩く気はなくなっていたが、米沢駅までを歩くことにした。イオンからは30分ほどかかる。

 途中、ラグパティというインド料理の店があった。昨日赤湯温泉から高畠まで歩いたとき、途中にあった店である。チェーン店のようだ。

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 下の1枚は2016年11月5日赤湯温泉付近で見かけたラグパティ。

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米沢牛の店で昼ご飯

 米沢駅周辺には米沢牛の店が10軒以上あった。「まるぶん」で牛鍋定食を注文した。固形燃料付きの丸鍋に入った霜降り肉が配膳された。生卵に浸して食べた。牛肉はほどよい柔らかさでうまかった。ステーキでなければ米沢牛はそれほど高くはない。

 入店したのは12:00前だったが、すぐに満席になった。待っている客が出始めたのでゆっくりはできなかった。

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 米沢駅から福島行きの奥羽本線の列車に乗った。

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 米沢13:08発 → 峠13:25着


滑川温泉福島屋の予約/4月バージョン

 峠駅の南4kmのところにある滑川温泉はすべて山のなかである。そこには福島屋という一軒宿がある。

 福島屋を知ったのは今年の3月である。偶然テレビで観た『秘湯ロマン』でやっていた。特に温泉に興味があるわけではないが、旅の途中でときどきは温泉に入っていた。猛吹雪にあった1月の奥尻島(北海道)で、路線バスのドライバーが勧めてくれたのは神威脇温泉だった。「島の秘湯ランキング」で全国7位にランキングされた温泉は荒れ狂い雪をまき散らす日本海に面していた。低気圧で青ヶ島行きの船が運航停止になった八丈島では暇つぶしにバスで行った、末吉地区の「みはらしの湯」に浸かっていた。

 旅の途中で立ち寄った湯とは別に、湯治宿には興味があった。大川温泉(岩手県)のような湯治の宿で1週間ほど本を読んで過ごしたいと思っていた。

 2016年の4月初旬。3泊4日で宿泊したい旨のメールを福島屋に送った。回答はすぐにあった。

 ・冬場の営業を停止している。
 ・その期間、自炊棟に宿泊することはできる。宿泊棟には宿泊できない。
 ・その期間、食事はなく売店は開いていない。
 ・その期間、送迎はない。
 ・今年の営業開始は4月28日である。

 4月27日までの営業休止期間中の福島屋の自炊棟に宿泊できるが、問題は積雪と食事だった。奥羽本線の峠駅から福島屋まで4kmの山道である。営業休止中は送迎がないので歩くしかない。再度の問い合わせで、道路は積雪状態であることがわかり、4月初旬に行くのは断念した。米沢市の除雪が入るのは4月半ば過ぎである。


再チャレンジ。滑川温泉福島屋の予約/11月バージョン

 滑川温泉への関心はしばらく遠ざかっていたが、11月2日に仙台に行くことを決めたとき急浮上してきた。『沈黙の艦隊』のヤマトのように。

 さっそく11月6日から2泊の予定で予約を入れようと10月28日にメールを送った。翌日下のような回答があった。

 ・前日の11月5日で今年の営業を終える。
 ・それ以降の送迎はできない。
 ・それ以降の売店は閉まる。
 ・11月6日以降も自炊棟で宿泊できる。宿泊棟では宿泊できない。

 まだ紅葉のシーズンである。こんなに早く今年の営業が終わるとは思わなかった。11月5日に営業を停止する旨は3日後の11月1日にホームページに掲載された。

 11月6日に1泊することにした。2泊の予定を1泊にしたのは食事が気になったからである。自炊棟にはガスコンロ、フライパン、鍋、包丁、まな板が用意されているらしい。電子レンジはない。1泊分の食事を持ち込むことはできるが、2泊目以降をどうするかは問題だろう。

 正式な営業期間中であれば(今年の場合は4月28日から11月5日まで)、自炊棟に宿泊して食事だけをお願いすることもできるが、それができなくなるのである。

 1泊分の食事を持ち込むことにして11月6日に1泊することで予約を完了した。峠駅に13:25に着くので、そこから歩いていく旨を予約の際に伝えていた。


奥羽本線の峠駅

 11月6日、米沢駅で乗った福島行きの奥羽本線の列車は定刻に峠駅に着いた。

 青森から秋田、山形を経由して福島に至る路線が奥羽本線である。新庄・福島間には山形新幹線が走っているが、米沢・福島の間の駅で新幹線の停まる駅はない。峠駅は奥羽本線のなかでもっとも標高の高い駅である。1日の列車本数は6本である。

 駅は、吾妻連峰の険しい斜面が切り立つなかにある。豪雪地帯であるが、11月初旬に雪はなかった。蒸気機関車の全盛時代は難所であった。福島を出た列車は、峠駅を含む前後の4駅をスイッチバックで切り返しながら米沢に着いた。山形新幹線が開通した際にスイッチバックは廃止されたが、遺構はそれぞれの駅構内や近辺に残されている。

 峠駅の駅舎は木造のスノーシェッドで覆われていた。スイッチバックの設備を積雪から守るための施設である。線路のすべてを覆う巨大な山小屋である。豪雪地帯であることを感じてしまう。

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 2両編成の列車の一番前のドアから降りようとしたとき、他のドアからも降りようとした人たちがいた。こんなさびしい駅で随分多くの人が降りるものなのだと思ったのは間違いだった。ホームで待っていた(2人の)売り子から峠駅名物「力餅」を買う人たちだった。列車の窓が開かなくなってから駅弁は駅で購入するものとなったが、JRがまだ日本国有鉄道だった時代、旅人は窓を開けて駅弁や茶を買っていた。

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 信越本線の横川駅ほどではないが、奥羽本線の峠駅も売り子がホームに立っている駅として有名だったらしい。今日初めてそのことを知った。

 大きな駅ではない峠駅で停車時間は短い。売り子さん(男子)たちはてきぱきと売りさばいていた。峠駅名物「峠の力餅」は10個入り1,000円である。販売元は峠駅から徒歩1分のところにある「峠の茶屋」である。駅周辺の店はここだけである。

 今日の昼ご飯を、米沢で米沢牛を食べるか、峠駅の「峠の茶屋」で山菜入り雑煮そばを食べるかで昼前まで悩んでいた。


送迎車で滑川温泉の福島屋に向かった

 驚いたことにスノーシェッドのなかに駐車場があり、車が3台止まっていた。ホームに近いところに止まっていた車には「福島屋」の文字がはいっていた。

 送迎車のドライバーが予約のいきさつを知っているとは思えなかったが、尋ねてみた。

 今日は営業をやっていないのではないですか? 送迎はないと伺っていたのですが?

 やっていますという回答だった。13:25に着く列車でやって来て、峠駅から歩いてくる人がいるので、迎えにいってくれとレセプションに言われたということである。

 名前を伝えた。送迎の対象者は私だった。

 車のなかでメールのやり取りをもう一度細かく伝えてみた。本当は昨日までの営業だったとドライバーは言った。

 福島屋は営業日を1日延長したらしい。それが私の宿泊に直接関係しているのかどうかはわからなかった(チェックイン後に確認したホームページには、今日から営業を停止していると告知されていた)。

 送迎用バンは駅を出るといきなり急な坂を上り続けた。道は狭い1本道でほとんどの場所ですれ違いはできない。道のり4kmの半分ほどは急な上り坂だった。それ以降は平たんなところとやや下るところがあったが、道のりの最後はまた急な坂になった。

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 この山道4kmをリュックを背負って上るのは重労働である。送迎はありがたかった。

 (今年の)夏の大雨で脱衣所が流された、とドライバーが話してくれた。そういった苦労話を聞くことができた。


山間の一軒宿で

 200余年の間14代に渡り守ってきた山間の一軒宿にチェックインした。

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 売店は開いており自動販売機は動いていた。それにはやや拍子抜けした。何のサポートもない宿に泊まる覚悟をしていたので、米沢のセブンイレブンでおにぎり、パン、水の1リットルボトル、缶コーヒー、どん兵衛(これは持って帰ることになった)を買い込んでいた。
 
 自炊棟に案内された。宿泊棟と自炊棟は別になっていた。自炊棟は江戸時代の建物をそのまま使っていた。部屋と廊下の仕切りは障子だった。部屋の鍵はなかった。テレビがないのは好都合だった。

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 古い火鉢が置かれていたが、使われていないようだ。使っていいのかどうかわからなかったというより、どう使っていいのかがわからなかった。

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 かって日本の温泉宿に多くあった「自炊部」は、現在の宿泊形態でいうところの「素泊まり」である。「自炊棟」という言葉を残しているということ自体が古い温泉宿であることを示している。

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 福島屋の周辺を散歩した。

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 少し下ったところに姥湯温泉への道案内があった。姥湯温泉は滑川温泉よりさらに山のなかにある。福島屋からの距離は4kmであるが、アップダウンがあり1時間ではとうてい行けない。4月に福島屋に3泊で予約をしようとしたのは、途中の1日でこの姥湯温泉まで歩いてみようと思ったからである。姥湯温泉の一軒宿である枡形屋は、福島屋より1日早い11月4日が今年最後の営業日になっていた。

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 風呂に入ってみた。岩の露店風呂には誰もいなかった。前川の渓流沿いにあり水の流れが響いていたが、あまりに寒すぎた。

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 館内にはまだ何人かいたが、みな日帰り客だった。彼らは車でやって来て車で帰る。16:00前に客は誰もいなくなった。

 少し経ってから、檜風呂に入った。もちろん誰もいなかった。乳白色の濁り湯が浴槽に注がれていた。加水、加温、循環消毒は行っていないようで、湯は使い捨てである。

 風呂は混浴となっているが、女性客は女性専用タイムに入ると思われる。私しか宿泊していない今日はそういうことは関係ない。湯から硫黄臭がしていた。湯温はやや熱めであるが、丁度よい。

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 16:00頃から宿はばたばたし始めた。あちこちで従業員総出の清掃や片付けをやっていた。廊下から聞こえてくる声には活気があった。今日で仕事が終わるという、楽し気な大掃除の気配が伝わってきた。

 多くの人が働いていたことに驚いた。翌朝の送迎の際に確認したところ、交代で常時15名ほどが働いているとわかった。おじさんおばさん、あるいはおじいさんおばあさんが中心であるが、若い人が2人いた。

 夕方になって山間を吹き抜ける風の音がすさまじくなった。気温が急激に下がることによって空気の流れができているのだろう。それが轟音となり峡谷を震わせていた。

 ストーブを借りることにした。部屋はほんのりと暖かくなったが、十分とはいえなかった。

 やがて従業員たちの声もしなくなった。宿泊客が私だけの静かな宿になった。

 ネットを使いたい人はその旨を記載してください、と予約の際の注意書きにあった。「ネット希望」とコメント欄に付け加え予約をしていた。部屋の障子を開けたところにルーターがあった。部屋のネット環境は申し分なかった。

 パソコンを開いて旅日記を書いていたが、止めた。

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 持ってきた本をこの旅で初めて開いてみた。この宿ではそうすることがふさわしい気がした。どこから読み始めても美しい文章で書かれている『華麗なるギャッピー』(フィッツジェラルド)は私の定番の、旅の本である。米国人がこの作家を読むのがわかる気がする。彼らは孤独なのだ。もっともこの一軒宿とはまったく結びつかない。

 みしみしとする廊下をときどき歩いた。玄関まで行って部屋にもどった。それを何度か繰り返した。要するにうろうろした。

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 また檜風呂に入ってみた。

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 部屋にもどったときまだ18:00過ぎだった。一軒宿の夜は始まったばかりだった。
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